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□旅の途中で希望の歌を歌おう。
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 旅の途中で希望の歌を歌おう。
 遠く離れた君に届くように。


「ラーグ、ワタシね変な夢を見たの」
 隣に横たわる少年の黒く長い髪を少女は撫でる。持ち上げるとさらさらと指の隙間から落ちて、白いシーツに黒髪が広がった。
「へえ、どんな夢だったんだ?」
 普段は閉じられている少年の目が好奇心によって大きく開かれた。額の青い石が陽光を反射して瞬く。少女は自らに似た少年の顔に触れながら、夢の内容を語り聞かせた。
「ワタシは旅をしてたの。とっても面白くて優しい人達と一緒だったんだよ! .......でもね、ラーグとは離れ離れだったの。ラーグは『願いを叶えるミセ』って所にいたの。そう! それとね、ワタシ達、お餅みたいな変な生き物だったんだよ! モチモチでふわふわな兎みたいなの!!」
 よっぽど可笑しかったのか、少女は肩を震わせて笑う。少女の白い長髪が少年の鼻を擽った。色素の薄い少女の肌が紅潮して、朱に染まった。
 少年は華奢な腕を伸ばして、少女の輪郭を優しくなぞる。カーテンから射し込む日の光に、白い少女は溶けてしまいそうであった。
「本当に夢だったのか」
「え?」
 黒々とした大きな瞳を見開いた少年は、ベッドから起き上がると不思議そうな顔をした少女の頬に口付けをする。
「『あの人』が言ってたぞ。胡蝶の夢の話。蝶がみた男の夢か、男がみた蝶の夢か。もしかしたら、ソエルのみた夢が現実で、今が夢なのかもしれないぜ」
 怯えたように少女は真白のワンピースの裾を握った。きつく目蓋が閉じられた顔を、恐怖に強張らせる。少年はいつもとさして変わらない声のトーンで続けた。
「それにな、俺も同じ夢をみたんだ」
「そうなの?!」
 薄く目を開き、少女は少年の存在を確かめた。少年の黒色は、どこにあっても等しく同じように変わらず気高い。どんな闇にも決して紛れない黒を、少女は時に羨ましく思う。
「なあ、ソエル。これが夢だとしても、これが現実だとしても、俺達はいつも一緒だ。離れていたことなんて夢の中でも現実でも一度もない。だから、俺はソエルと一緒なら、どっちが現実でもいいと思う。ソエルは、違うか?」
「ううん。ワタシもそう思うよ!! ラーグと一緒ならどっちだっていいの!」
少女は少年に抱き付く。衝撃で少年はベッドへと沈み込む。ベッドに占領された狭い部屋の中、歩けない二人はただ眠りを貪り、お互いを慈しむことしか出来ない。
 それでも互いが側にいるのなら、それ以上の幸せなど存在しないのだろう。
 微笑んだ二人はまた眠りにつく。雪のように純白な布団に包まれて、浅い夢を繰り返す。
 胡蝶の夢の続きを何度も繰り返す。いつか夢と現実の境界線が曖昧に溶けてしまう日まで。


 旅の途中で希望の歌を歌おう。
 遠く離れた君に届くように。
 けれどきっといつも隣にいる君に伝わるように。
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