読み物
□貴方へ向ける想いについて。
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【ファイ視点】
少しの微睡みのなかで気が付いたことは、その腕に抱かれているということだった。
まるでサクラちゃんにするかのように、オレの身体をいつもの担ぎ方より優しく丁寧に、君は抱き締めていた。所謂、お姫様抱っこというものだろう。
そこに彼の優しさや後悔の念が見えたような気がして、あたたかな気持ちが込み上げた。素直に感情を伝えることの少ない彼だからこそ、こういう心遣いの一つ一つがとても嬉しい。
オレは、サクラちゃん程軽くも脆くもないのだから、いつも通り、いやもっと酷く扱ってくれて構わないのに。
こういう時に限って、君は優しいね。
ふいに涙が込み上げそうになる。オレは邪魔になればいつだって、君を殺す覚悟が出来ている筈だった。けれど皆で旅をして、一緒に楽しいことや辛いことを経験して、オレは良い意味でも悪い意味でも変わってしまった。
前までのオレであれば、誰も不幸にならないように、こんなにも不用意に誰かと接して心を許したりしなかった。
それもこれも、全部君が好きだからなんだよ。君は気付いているのかな。
でも、どうせ無駄なんだ。こんな感情もどうせすぐに消えてしまう。だってオレは皆を裏切らなければならない。
自分のたった一つの願いを叶えるために。
もしかしたら、叶えられずにこの知らない土地で、今日死んでしまうのかもしれない。
そうなってもファイはオレを許してくれるだろうか。.......分からない。全てがオレには難しい。
君のぬくもりを薄いシャツ越しに感じる。一定のリズムを刻む心臓の鼓動が、オレを宥めるように鼓膜に伝わってくる。
今、君とオレの距離はこんなにも近い。君は気づいてそのいつもより険しい表情の裏に、どんな想いを隠しているのだろう。
分からないから、せめて君のもっと近くで君に触れていたい。君を感じていたい。
ねえ、黒鋼。オレは君が大好きだよ。例えこの後で君とオレがどんな選択をしたとしても。
きっと伝わらない想いを託すように、オレは彼のシャツの袖口を少しだけ引っ張った。