読み物

□しゃるうぃーだんす。
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 チィにだけ聞こえる声で「シャルウィーダンス?」と囁く。ファイは大きくチィの手を引き、大広間の中心に躍り出た。
 今日はルヴァル城で一年に一回のみ開かれる、国民を招いての舞踏会の日だ。
 日頃懸命に働く民を労う目的で王は舞踏会を開く。セレス国は寒さ故、民も民も王も普段は慎ましやかな生活を送っていたが、この一日だけは違った。
 民はめかし込み、王城では豪勢な料理が振る舞われる。楽団が音楽を奏で、男女が対になって踊った。
 チィが舞踏会に出席することはとても珍しい。大抵舞踏会の日はいつもと変わらず、「ファイ」の側で眠りについている。それが、今回に限ってはチィも出席したいと言い出したのだった。
 無論問題は何一つなく、ファイや王はその申し出に感激した程だったが、ファイは一つ疑問に思う。チィは、ファイによって記憶の羽根から作られた、いわば人形のようなものだ。
 最低限は自立し、自分で考えることもあるが意思をもつことはない。「ファイ」の側で眠る際に、彼が寂しい思いをしないようにと、ファイが人間の形をとらせたまでだ。
 だというのに最近では意思に似たものをもち、ファイの近くにいたがる。まるで、ファイに恋情を抱いているようだ。
 ファイはチィと繋いだ手をじっと見詰めた。生白いその手は、魂がないにも関わらず人間と同じようにあたたかい。触れて、話す度にチィは益々人間へと近付いていくようだった。
 それがいいことなのか悪いことなのか、ファイに区別はつかない。ただ、目の前のチィの笑顔を、純粋に愛しいと思う己だけが確かだった。
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