BL 艶罪 本編

□艶罪
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 syuitirou・asanami
 想い続けていた彼女が死んだと、調査をさせていた男から聞いた時、この胸は張り裂けそうになった。高校時代の彼女は、私が担任をしていた時に妊娠したと云い、自主退学して子供を産み、私の前から姿を消した。運転手を長いことしてくれていた息子を使って、彼女を探させて、見付けた時瑠維は3歳だった。それから見守るように支持を出し、隠しカメラで撮らせた写真を見た時に感じたのが、もしやこの子は私の子供ではないかと思った事だ。葬儀場に足を運び、遺影を見た時、私は崩れ倒れそうになるのを足を踏ん張り耐えた。一緒に連れて来ていた孫の詞音に前以って、瑠維の写真を見せていたので探して来るように云い、初めて対面した時の歓喜は言葉にならない程に、私の心を震わせた。
「瑠維君? だね」
「………はい」
少し躊躇うような仕草で、瑠維が答える。
「お母さんにとても似ているね」
瑠維は双眸を見開いた。
「母を知っているんですか?」
大きな瞳を輝かせ、私を見上げる姿は、何度も夢に見ていた姿そのままに、その存在が目前にあった。母親の話しをしてやると、何度も頷いて涙を流していた。瑠維が眠った後、私は瑠維の叔母だという一馬美沙に、瑠維との養子縁組の話しをする為、足を運ぶ。彼女が瑠維の母親の小夜から、私との事を聞いていませんようにと願い、対面したがどうやらそれは杞憂に終わったようだ。それから7日法要当日、私は同席を許して貰い、再びあの瑠維を眼にする事ができた。同伴には顧問弁護士の火崎真を連れ立った。30歳の彼は、縁無しの眼鏡を右手の人差し指で神経質そうに触れる。
「お忙しい処、時間を割いて頂いて恐縮です。
先日お話しした件ですが」
私は一馬美沙に頭を下げて、話しを切り出した。築40年という木造アパートで、6畳2間の狭さに驚いたが、そんな事を考えている場合ではなかった。瑠維を私の手元に引き取る為だけが、胸中を騒がせる。
「どうか頭を上げて下さい。そのお話しですが、本当に?」
葬儀当日に話した、養子縁組の話しをまるで、夢の出来事のように感じていたのだろう。
「本当です。失礼、私はこういう者です」
胸ポケットから名詞を取り出すと、美沙に手渡した。名詞には『火崎弁護士事務所・火崎真』と記されている。写真付きだ。キッチンから4人分のお茶を淹れて、瑠維が美沙の隣に座った。親の躾が良かったのだろう事は、見ていて判る。
「失礼ながら、瑠維君を育てるには美沙さんの御負担は大きいかと。こちらにいらっしゃる朝波氏は中高一貫の、学校の理事をなさっています。瑠維君の学力を高める為にも、悪い話しでは無いと思うのですが」
内容によっては失礼な云い方だが、確かに母子家庭の美沙には有り難い申し出だった。     美沙は湯気の立つ湯呑みを見詰めて、隣に座る瑠維を見、箪笥の上に置いた姉夫婦の遺影と2つの骨壷を見る。瑠維は10歳の子供とはいえ、賢い子なのだと調査で調べている。 生活の負担に、きっとあの小さな胸は痛めているのだろうか。私はあの夜に、『元教え子とはいえ、黙って見過ごす事は出来ない。ぜひ、私にあの子を引き取らせて貰えないだろうか』と、云ったのだ。心優しい足長おじさんにでもなった気分だ。と私は思う。
瑠維は私を見詰めて、美沙を見る。
「美沙叔母さん、俺行くよ」
 美沙が双眸を見開いた。私は勝利に眼を細めた。昨夜から悩んで考えていた事だ。
「瑠維」
瑠維は顔を横に振った。美沙に荷を負わせない為に。心優しい少年は語る。
「朝波さんの好意に甘えようと思うんだ。向こうへ行っても、皆に会えなくなる訳じゃないしね」
泣きながらだが、美沙は瑠維を抱き締めるのを見て、私はほっと安堵の息を吐いた。
「では瑠維君、話しは早い方が良い。準備が出来たら云ってくれるかい?」
2人は顔を見合わせて私を見た。
「2人のお嬢さんとは、離れるのが辛くなるだろうから。今日はこのまま君を家に連れて帰りたいんだが、性急過ぎるかな?」
 私の言葉に、瑠維は少し考える素振りを見せてから、ふわりと微笑んだ。まるで小夜が還って来たかのような錯覚に陥る。
「いいえ。そんな事は…。両親と住んでいたアパートは、昨日引き払いましたし、俺の荷物そんなには無いから……」
「瑠維」
美沙は眉根を寄せるが、瑠維はもう決めたのだと云って、押入れからボストンバック2つと、ランドセルを取り出して来た。
「書類に関しては、朝波氏と後日改めて伺います。小学校は変わらずに、車での送迎を致しますから、御心配には及ばないかと思いますので」
「…そうですか。瑠維をどうか、宜しくお願い致します」
美沙は頭を下げた。

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俺は美沙叔母さんから葬儀の日に訪れた朝波氏が、俺を養子に欲しいらしいという事を聞いて、心底驚いた。何故? と思った。と同時に、あの綺麗な詞音にまた会えるのかとも思った。そしてその日が訪れた。ブランド物の高そうなスーツに、身を包んだ秀一郎は、映画に出てくる俳優のようなカッコ良さがあった。この人が俺を家族として望んでいてくれる。そう思うと面映い。小さなテーブルを挟んで、大人が3人、顔を突き合わせて話し合っている。狭い家なので声は聞こえていた。 一緒に来ていたスーツ姿の男の人は、火崎という顧問弁護士らしい。なんだか気難しそうな人だと思った。詞音の姿が見えなかった事に、落胆している自分に驚く。この想いが何なのか、気付いてはいけない気がする。行くと決めて荷物を纏め、外へ出ると美沙叔母さんに、俺は改めて頭を下げた。黒いBMWが、アパートの前に横付けされていて、ドライバーズシートから、白い手袋を嵌めた長身の男が降りて来た。男はリアシート側のドアを開けて、こちらにお辞儀をしている。俺もぺこりと頭を下げた。ナビシートに火崎、リアシートに秀一郎と俺が乗り込んだ。俺はウインドウを下げると、歩み寄ってきた美沙を見上げた。
「瑠維、身体に気を付けてね」
「叔母さんもね、時々顔を見せに来るよ」
美沙は頷くと、走り出す車を見送った。俺はルームミラーに映る運転手の男を見て、秀一郎を見た。運転手の男はまだ若く、20代と思われる。服の上からでも判るが、がっしりとした体躯だ。俺が落ち着かないのを秀一郎が微笑する。
「彼は高塔といって、彼の父親が隠居した後に仕事を引き継いで貰ったんだ。高塔、話しておいた宮園瑠維君だ。明日からこの子の送迎を頼むよ」
秀一郎は前半を瑠維に、後半を高塔に話しを移した。高塔が軽く会釈をしたので、俺も慌ててお辞儀をした。
「…高塔さん宜しくお願いします」
「こちらこそ、お願いします」
俺はルームミラーに映る高塔を見て、それに気付いた高塔がふっと、微笑んだ。まるでお父さんみたいだと俺は思った。
 3メートルは在るだろうか、鉄柵の向こうに大きな2階建ての洋館が見えて来る。鉄柵の門が開くと、頭上に在る監視カメラを俺はぽかんと、馬鹿みたいに口を開けて眺めた。監視カメラなんて、お店でしか見た事が無かったからだ。車ごと敷地内に入ると、玄関前に横付けされた。先に降りた高塔が、リアシート側のドアを開けてくれる。そんな事をされたのは初めてだ。
「あ、ありがとうございます」
俺はドキドキしながら降りると、反対側のドアが開き、秀一郎が降りてナビシート側から火崎が降りた。程なくして、家の中からエプロンをした、使用人らしい姿のふくよかな女性が出て来た。
「お帰りなさいませ旦那様」
「ああ、ただいま」
「あらま、此方の方ですか? 今朝お話し下さったおぼっちゃんは」
「そうだよ。瑠維君、此方は通いで来て貰っている家政婦の志野原さん。身の周りで何か足りない物が有ったら、志野原さんに云っておくれ」
 紹介されると志野原はにっこり微笑んだ。
「瑠維様、私の事はおばちゃんとでも、思って甘えてくださいね?」
微笑む志野原に俺も微笑み返す。
「宜しくお願いします」
「ささ、リビングに紅茶を用意して有りますよ?」
 志野原が秀一郎に云うと、中へ入るように促された俺は、一歩玄関を入ると、その広さに圧倒された。大きな吹き抜けに、玄関脇の
螺旋階段。美術の本で見た事のある絵画。大小の観葉植物に高そうな大きな壺。いったいいくらぐらいするんだろうと、庶民的に考えてしまう。
「こっちだよ」
秀一郎に云われて後に連いて行く。高塔は車庫に車を入れる為、中には入らずに背を向けて行った。背は180は有るだろうか。高塔の後ろ姿は父親を思い出させた。今日から此処が我が家になる。家族が居る。詞音が…居る。胸の奥が熱くなった。30畳程もあるリビングで、出された紅茶を飲んでいると、学校から帰って来た詞音がリビングに顔を出した。
「只今帰りました」
「お帰り詞音」
秀一郎が云うと、詞音の視線が俺に向けられた。俺の鼓動がドクンと鳴る。頬が熱くなるのを感じた。
「おかえりなさい」
「瑠維君ただいま。君の部屋を案内するからおいで」
詞音が歩み寄り、俺に手を差し出した。俺はお姫様のように自分の手を添える。その時、秀一郎がコホンと咳をした。
「詞音、火崎君に挨拶は?」
「そうでした、御免なさい。瑠維君が来るのを楽しみにしてたので、火崎さんこんにちは。また今度俺のピアノの腕前聴いて下さいね」
「楽しみにしていますよ?」
「じゃあ、すみませんが失礼します」
ぺこりとお辞儀をすると、俺もつられてお辞儀をし、2人でリビングを出た。
「あら、詞音様お帰りなさいませ。お茶は」
「志野原さんただいま。おやつを俺の部屋へ持って来てくれる?」
「畏まりました」
 詞音は俺の手を握って、玄関脇の螺旋階段へ向かった。

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詞音が帰って来た時の、瑠維の横顔を見た時私の胸は一瞬ズキリと痛んだ。瑠維が頬を染めてはにかんだからだ。私は子供相手に嫉妬しているのだ。そんな馬鹿なと、自分自身に叱咤する。瑠維は私の息子かも知れないのに……。この胸苦しさは何なのだ。廊下で詞音と志野原の声がして、直ぐに志野原が、クッキーとお代わりの紅茶をワゴンに乗せて中に入って来た。
「詞音様の笑顔を久しぶりに見ました」
「そういえばもう2年になりますね。詞音君の御両親が、飛行機事故で亡くなったのは。
きっと自分の境遇に、瑠維君を重ねて見ているんでしょうね」
火崎が私を見て云う。詞音の両親(正しくは、私の息子夫婦)は結婚記念の祝いで行った、海外旅行中にテロリストによる威嚇射撃の的に遭い、死んでしまったのだ。跡継ぎを亡くした私は、孫の詞音を金沢から引き取り、正式な跡取りとして、今こうして一緒に暮らしている。
「瑠維様がいらして下さってよう御座いました。きっと素晴らしい家族になりますでしょう」
エプロンの裾で、志野原が目頭を拭いていた。私は2階へ上がった瑠維を想い、この複雑な感情に悩んでいた。
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