BL 艶罪 本編

□艶罪
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rui・asanami
 あなたを好き。この想いだけが真実。
「さあ、私にその白い肌を見せておくれ」
大きなテラスの窓を背にした男の、肩越しに見える青い月を俺は、ぼんやりと見詰めていた。今日は17歳の誕生日だ。なのに…これから自分はこの男に抱かれる。大切な人を守る為に。大切な人の夢を守る為に。
白いガウンの紐を解くと、白く皇かな肌が現われた。が、同年齢よりも華奢で、とても『青年』とは呼べない。するりと床に落ちたガウンの下から、現われた白い裸身を、男の双眸は喜悦に見開かれた。男の手が差し伸べられる。俺はゆっくりと歩み寄って、男の腕の中に抱き締められた。
 あれは俺がまだ10歳の時だった。
両親の死は交通事故だった。トラック運転手の居眠り運転だった。俺は泣き腫らした紅い眼を祭壇に向けると、2つの棺と白い百合の花々が在り、中央に父母の写真が飾られている。弔問客は学校の教師やクラスメイト、会社役員。そして自治会の役員と近所の人達という、小さな葬儀だ。大人達の声に耳を澄ませれば「まだ小さいのに」という声と、夫に先立たれた叔母にはまだ小さな娘が2人居るから、とても甥の面倒までは無理だろうという、好奇の眼だった。小さいな溜息を吐くと、隣に座る叔母の一馬美沙が、俺、宮園瑠維の小さな肩に手を添えた。
「瑠維疲れたでしょう? 奥でアヤとマミと3人で休んでらっしゃい」
この時、10歳になったばかりの俺は、頷いて正座を解くと、喪に服した客に一礼して、式場を出た。すると2人の小さな女の子が、正面玄関脇の植木に向かって、お喋りをしている。父が生前プレゼントしてくれた、青いスポーツ・ウオッチを見ると、夜の九時を過ぎていた。
「2人ともどうしたの?」
歩み寄ると、2人の少女が振り返る。
「にゃーにゃが居たの」
2歳のマミが立ち上がって、俺の手を握る。左右に髪を結わかれて、大きな瞳で見上げて来た。
「親子のね、白い猫が居たの」
4歳のアヤが云うと、植木の根元を指差した。黒と白の仔猫の他に、母猫らしい大きな白い猫がいる。
「…奥に行こう。お布団用意してくれているから。もう眠る時間だよ?」
俺は眼を細めて2人の手を握った。
「…へえ、猫が居るの?」
ふいに声を掛けられ、俺はぴくんと肩を震わせる。後方へと振り返ると、見たこともない少年が立っていた。黒い子供用のスーツに、甘く優しい微笑。肩までのストレート・ヘアーは、夜風にふわりと揺れて甘い香りがした。
(誰?)
「お兄ちゃんだあれ?」
アヤが俺の後ろに隠れて、顔だけを出して少年を見上げる。マミもそれを真似して見上げていた。
「俺は朝波詞音。おじい様に連れて来られたんだよ。君が瑠維君?」
優しく眼を細めて、詞音が右手を差し出した。白くて長い指。俺は迂闊にもぽうっとしてしまって、その手に自分の手を添えた。
「おじい様が君に逢いたがっている。おいで、
宮園瑠維君」
その声は、前に近所の子供達と行った、教会で行われたクリスマスの、声楽隊の賛美歌のようだと思った。導かれるまま、再び式場に足を踏み入れると、白い煙を上げるお香の前で、手を合わせて涙を零す紳士が立っていた。その向こうで寺の和尚さんがお経を上げている。他の線香をあげる人達の波に合わせて、その場を離れた紳士は、俺を見ると双眸を見開いて、優雅な足取りで俺に歩み寄って来た。少し白髪が見えるが、顔立ちは詞音が大人になったら、こうなるだろうと思わせる程、似ていて優しげなモデルなのかと思える程に、顔のパーツが整っている。背も高く欧米人のようだ。
「瑠維君? だね」
「……はい」
こくりと頷くと、紳士は手を伸ばして柔らかなる俺の頬に触れた。不快には思わなかった。自分にも祖父と呼べる人があるなら、きっとこんな感じなのだろう。父の両親は父が産まれて直ぐ亡くなり、施設で育ったと聞いたし、母もまた叔母と2人、父と似た境遇で親がなく、父と同じ施設で育ったという。
「お母さんにとても似ているね」
俺は驚きに双眸を見開いた。
「母を知っているんですか?」
胸にふわりと温かい物が生まれ、俺は紳士を見上げた。
「あの、ちび達を奥で寝かせますから、そこで話しを聞かせて下さい」
事の他、俺は母『小夜』が好きだった。いつもおやつは手作りで、そのせいかどうか判らないが、いつも甘い香りがしていた。白いレースのエプロン。ベランダから学校へ行く俺に、姿が見えなくなるまで手を振ってくれた母。おはようのキスも、おやすみなさいのキスも、いいかげん小さな子供じゃないからと云っても、悪戯っぽく笑っては抱き締めて来た。
「ちび達?」
そこで初めて、詞音の両サイドで手を握られた、小さな少女を2人を、瞳に映した。
「ああ、判った。叔母さんは大丈夫かい?」
「はい」
俺は先頭に立って、詞音に手を引かれるアヤとマミと、そして紳士を2階の和室へと通した。10月に入ったばかりの宵闇はまだほんのりと暖かく、過ごし易い。4人分のお布団が準備されていて、手前にお茶が用意されていた。
「2人とも歯を磨いて、パジャマに着替えておいで」
俺に云われて、自分達の荷物からパジャマと歯磨きセットを出すと、隣の部屋へ行く。
隣とは2間続きになっている。俺は3人分のお茶を出すと紅く泣き腫らした眼を、向かい側に座る紳士に向けた。
「名前を云っていなかったね。私は朝波秀一郎といって、君のお母さんの元教師だったんだよ」
「教…師? 先生なの?」
小首を傾げる仕草が愛らしかったのか、秀一郎と詞音が眼元を緩める。
「ああ、今は理事をしているが若い頃は教壇に立って、クラスを請け負っていたんだ。君のお母さんとは、高校で私が担任をしていたんだよ。笑顔が綺麗で面倒見の良い生徒だった」
秀一郎の話を聞きながら、俺はぽろりと涙を零した。
「判ります。母はいつも微笑んでいて……」

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俯く瑠維を、そっと秀一郎は抱き締めると、色素の薄い髪を撫でている。瑠維が泣き疲れて眠るまで、秀一郎は抱き締めていた。やがて静かな寝息を立てる瑠維を、俺はそっと覗き込む。眼元は紅く、涙の跡が白く残っていた。
「おじい様、瑠維君を家に?」
「なんだ、聞いていたのか」
 小さな瑠維の背を、トントンと優しく叩きながら秀一郎は俺を見た。
「火崎さんと話しているのを、聞いたんです。
俺は構いませんよ? こんなに可愛い子が家族になるのは、歓迎ですから」
 火崎というのは、朝波家の顧問弁護士だ。
「そう云ってくれると私も嬉しいよ。急な話しだが養子縁組も考えている」
秀一郎はこうと決めたら曲げる事をしない。彼は間違いなく、瑠維を引き取るだろう。その眼に映るのは、愛しくてならないという、熱を孕んだ物があるのを、まだ子供だった俺は気付かなかった。布団に瑠維を寝かせると、2人の少女も眠っているのを確かめて、俺達は階下の式場へ、瑠維の叔母の美沙の元へと、足を向けたのだった。
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