BL 番外編  艶罪

□女王様は今日も憂鬱!?
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初めて高塔に出逢ったのは、高校に入学した初日だった。
クラス表の貼られた掲示板の前で、群がる生徒達を前に、火崎は溜め息を吐いて眼を凝らしながら、前方を見る。
「火崎、クラス同じだぞ!」
 中学時代から顔馴染みの綾瀬が、火崎に歩み寄って肩を叩く。
「助かったよ、こんなに多いとクラス表が見ずらくて…この眼鏡替えた方が良いかな?」
「また夜中まで勉強してたんだろ。視力低下するって云ったのに」
 綾瀬は呆れて火崎と昇降口を目指す。
 階は1年で2年は2階。3年は1階と分けられている。学年を見分けるのはエンブレムの色。
 火崎達1年は緑色だ。3階へ上がると3組のプレートを見付ける。教室の中は既に生徒達が自分の新しい机で寛いでいた。黒板に貼られた席順を確認して、机に落ち着く。
「また同じクラスだな! 知らない奴らより、知ってる奴が居た方が良い」
 綾瀬が鞄を机に置いて、火崎に近付いた。中学時代は余り仲良く喋った記憶がない。
 新しい環境のせいか、この時ばかりは寂しいのだろう。いずれ新しい友人が出来れば、火崎の事を忘れるのだろう。
 それを理不尽とは思わない。火崎だって友人ゴッコ等したいと思わない。
「あ、ちょっと失礼」
 背の高い生徒が、前列の席に着く。が、背後の生徒が黒板が見えない。
「マジ? おたく背高過ぎ。俺全然見えねえし」
 嫌そうに、目前の男に向かって云う。みんながなんだと振り返る。
「すまん、え〜と、後ろの席で代わってくれる奴いる?」
 おどけた様子で云う男に、火崎の背後の席に居た男が手を上げた。
「俺構わないよ、真後ろなら平気だろ」
「あ、サンキュー! 助かる」
 背の高い男が歩み寄って来て、火崎を見下ろした。
「宜しく、俺高塔。おたくは?」
「…火崎」
 火崎は背の高いガッチリした体躯の男が大嫌いだった。

 

 あれは火崎が幼稚園を卒園間近の時、公園で遊んでいたら、見知らぬ中年男が火崎に近付いて、道を訊いて来た。母親は友人達とおしゃべり中だ。
「◯◯さんのお宅を探しているんだが」
「それなら知ってるよ?」
「それは良かった。お母さんにはおじさんから話すから、坊やはおじさんを案内してくれる?」
 火崎は背の高い男を見上げて、その男を案内しようと砂場から離れ、男に手を引かれて公園を出た。
「荷物が有るから車に乗ろうね」
 火崎はそこで可笑しいと気付いた。だって探している家は道路を挟んで向かい側。車中に他に若い男が2人乗っているのが見えた。
「僕、忘れ物しちゃった、おじさん待ってて?」
 踵を返そうとした刹那、中年男は火崎を抱き上げて無理無理車へ乗せようとしたのだ。


 嫌な事を思い出した。あの時のその後の記憶がパッタリ途絶えて、眼が覚めたら病院のベッドの上。
 散々母親に叱られて、嫌な記憶として残っている。
「クラス委員長を引き受けるなんて、中学時代と変わらないな」
 綾瀬が呆れて火崎に云う。お昼休みのランチを済ませて、読書をしていた火崎に声を声を掛けて来たのだ。
 中学時代といっても、2月に卒業したばかりじゃないかと、火崎は云い掛けて諦めた。綾瀬をバスケットに誘ったクラスメイトが数人、綾瀬を呼んだからだ。
「お前もやる?」
 誘われたが火崎は断った。肩を竦めて教室を出る綾瀬達を見送ると、背後から高塔が火崎の背中をつついた。
「行けば良いのに」
「…は? あんたが行けば?」
 冷たく突き放したつもりが、高塔は面白がって火崎に話し掛ける。
「俺のこの身長じゃ、嫌がられるっぽいって」
 お手上げポーズで云われ、火崎はしなくて良い想像をし、フッと笑った。
「あんた、仏頂面より笑った方が可愛いな」
 火崎は耳許を紅く染めて、高塔を睨んだ。男が『可愛い』と云われて、何が嬉しい物か。
「火崎」
 不意に担任に呼ばれ、顔を廊下側に向ける。
「次社会地図使うから、スクリーン運んどいてくれ」
「はい」
(良かった。これで解放される)
 高塔に呼び止められるのを無視した。
 ようやく解放されたのだ。高塔に呼び止められるが、知った事か。火崎は渡り廊下を渡って、社会科準備室を目指し、目当ての物を見付けて、運ぼうとした。
「あ…れ? これってこんなに重たかったっけ?」
「そりゃ思いだろ」
 背後の声にビクッとして、振り返ればあの高塔がドアに凭れ掛かって火崎を眺めてた。
「代わりに運んでやるから」
(それって俺が体力ないからとか、思ってる訳?)
 悔しい悔し過ぎだろ。
「大丈夫だ!」
 持ち上げようとして、脚を滑らせて高塔に背後から抱き留められた
「ほら云わんこっちゃない」
 すっぽりと高塔の腕の中に収まって、低い声が火崎の耳許で囁かれた。
 心臓がドクンと高鳴って、火崎は首筋まで真っ赤にしている。
「…火崎?」
「っ!」
 高塔から離れて、振り返れば、授業で使うスクリーンは、高塔の右手に有る。火崎は壊したのかとホッとして、顔を高塔から逸らした。
「やっぱり俺が持つから、ドア閉めてくれる?」
「…うん」
 まだ高塔の腕の強さが身体に残っている。
 どうかしている。男にドキドキするなんて…。火崎は高塔の大きな背中を、見詰めた。
「今月学力テストがあるからな〜」
 帰り帰宅をしていた生徒達に、担任が大声で話す。もちろん生徒達はブーイングだ。
 綾瀬を見れば、既に新しい友人が出来て、一緒に帰るようだ。
 別に自分は寂しくない。今までだってそうして来たじゃないか。



 ふと眼が覚めると、肩まで掛けた毛布を手繰り寄せ、目前の長い睫毛の伏せられた男の寝顔を見上げる。
 確かこの男のマンションに来て、お風呂を磨いてご飯作って
 それから?
「う…ん」
 大きなガッチリした体躯の男が嫌いだった筈なのに、どうして何時からこうなったのか…。
 恋人のお目覚めで高塔がうっとりと、火崎を抱き留める。
「お前好い加減私のマンションに越して来いよ? 狭くてウンザリだ」
 火崎が裸の高塔に抱き締められて、暑苦しいと両手で顔を押しのける。
「それってプロポーズ?」
(は? 何を云っちゃってくれてる訳?)
 火崎は思考停止。高塔は火崎の唇にチュッとキスをして…。
「おれの嫁さんになって火崎」
 火崎は全身真っ赤になってベッドから転げ落ちた。
「大丈夫か!?」
「……高塔」
「なんだ?」
 高塔が全裸のままベッドから出て、火崎をベッドに座らせる。ありてあらゆる箇所にキスマークだらけ。後でシャワーを浴びに行ったら、火崎の怒鳴り声が聞こえるだろう。
「お腹空いた!ハムエッグ野菜ジュースプリン!」
「今用意するから、立てるか?」
 火崎は涙眼で高塔を見上げる。両手を広げて抱っこをせがんだ。高塔は微笑んで火崎を抱き上げ、浴室へ運ぶ。
「朝飯作るから、先に汗流しとけよ」
 高塔はそそくさと足早に逃げ、火崎は首を傾げて鏡を見やった。硬直状態。思考停止。キッチンに立つ高塔にまで、火崎の悲鳴は案の定聞こえた。高塔は鼻歌を歌いながらご飯作り。浴室では火崎は全身真っ赤でうなだれた。

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