おそ松さん

□リクエスト
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 布越しに優しく撫でられて背筋にゾクゾクとした震えが走る。ズボンのチャックが下ろされ、開いた隙間に手をいれて下着の中に大人しくおさまっていた性器をボロンと取り出された。



「班長さん、これ……」



 衣服の外に晒されたペニスを目にした男は、一瞬、その瞳が痛ましそうに歪めた。眉尻を下げて「誰かに、付けさせられたのか?」と恐る恐る問いかけられたので、「いや、自分で付けた」と淡々と返す。

 僕は自分のペニスを少し改造していた。亀頭と陰茎に一つずつピアスが付いている。いわゆる性器ピアスというやつだ。

 男は僕の返事に「そうなのか」と少し驚いた顔をしたものの嫌悪感はないらしく、初対面の男のチンコを躊躇いもなくパクリと口の中に入れてしまった。引いていない様子を見ると、彼はこの手の改造チンコを見慣れているのかもしれない。

 僕は、マフィアのボスとして生きてきたけれど、実は女との性経験はない。率直に言うと童貞である。生きるために散々悪いことをしてきた僕は、人間嫌いになっていた。残飯漁りしていた頃から付き合いのあるジャッロとローザ以外の人間には気を許すこともなく、部下とのやり取りも殆ど二人を通して行っていた。なので、組織の中でも、ボスの顔を知っているのはほんのひと握りの人間だけである。人間嫌いの僕が女と付き合いがあるわけなく、恋人がいたこともないので、異性とのセックス経験もない。性病で死んだ育ての親を思い出して、商売女に手を出す気にもなれず、ひたすら自分で自分を慰めていた。そうして、一人遊びを続けた結果、後ろ向きで自虐的な性格が性癖の方面でマニアックに作用してソロプレイを極めてしまい、失神するほど痛いという性器ピアスを行うところまで到達してしまったのだ。

 初めて体験するフェラに童貞は驚き、狼狽え、その口腔内の温もりと柔らかくうねる舌の動きに翻弄された。ぐねぐねと柔らかくな舌が擦る度に甘やかな痺れが電気信号のように全身に広がって脳髄まで刺激する。喉の奥まで包み込み、キュウッと締め付けられて、息を詰めることしかできない。一人で行う自慰では味わえない温かな快感。こんなに気持ちいいのは初めてだ。気持ちいい。もっと。もっと欲しい。まだるっこしい甘やかな快感では足りない。


「……ねぇ、ちょっと膝立てていい?」


 そう言うと男は、僕の意図を察したのか、チュッとリップ音をたてて僕のモノから一度口を離した。座り込んでいた姿勢から膝立ちの姿勢になると、何も言わずとも男は再び僕の性器を咥え込んだ。口内の柔らかな粘膜に包まれながら、ピアスごとヌルヌルと舐められ、裏筋も舌で擦られる。背筋が震えて思わず背中を反らせると、こちらを見上げている澄んだ瞳と視線が合う。青味がかかった瞳が笑いかけるようにふにゃりと緩められた。

 その瞬間、再び心臓が大きく跳ねる。なんとも言えない気持ちが胸をざわめかせた。

 気が付くと、さらなる刺激を求めてクソ犬の頭を掴んで喉奥目掛けて激しく腰を振りまくっていた。



「うッ……うぅッ……」



 亀頭のピアスが喉奥をゴンゴン突きまくり、陰茎のピアスがガチガチ歯にぶつかる。苦しげな声に興奮する。ひと振りごとに竿全体を締め付けられ、頭のてっぺんまでジンジンと痺れるような熱が膨張していく。僕を見上げる瞳が熱っぽく潤んでおり、もっと泣かせたくなる。けれど、グングンと迫りくる射精感を抑えられそうになかった。



「うッ……! 出るッ」



 グッと頭を抱え込むように押さえ付け、狭い喉奥に刺すように腰を突き挿れたまま、身体の内に溜まっていた熱を一気に放出した。

 射精後の、快楽の頂点に登りつめて熱が引いていく独特の気怠さを感じつつ、押さえつけていた頭を解放する。すると、男は一滴残らず僕の雄汁を吸い取るように口を窄めて軽く吸い付きながら、ピアスを舌で擦りつつ、ゆっくり時間を掛けて顎を引いてチュパッとリップ音をたてて離れていった。射精した後なのに、敏感なところをチュ〜ッと吸われて気持ち良くなってしまい、再び体が誤作動を起こしそうになった。

 唇を離した男が僕を見上げてパカンと口を開いている。舌の上には、ついさっき、僕が吐き出した精液。僕としっかり視線を合わせたまま、見せつけるようにゴクンと喉を鳴らして嚥下した。



「ん……美味しかった!」



 顔色を変えずに、まるで当然のように僕の白い欲を飲み干した男は、清々しいほど無邪気な笑顔で「班長さんも、気持ち良かったか?」と聞いてくる。どうしてだろうか。無性に押し倒してやりたい。目の前で無邪気に笑う男ともっとえろいことをしたいと欲望がむくむくとめばえる。しかし、当たり前のように飲み干した様子が何だか手慣れているように見えて、少し複雑な気持ちになった。僕はコイツの恋人でも何でもないのに……。けれど、そのような不満はできるだけ顔に出さないように気をつけて「うん。気持ちよかったよ」と淡々と返すと相手はとても嬉しそうに頬を染めて「それは良かった!」と喜んでくれた。

 えぇ、気持ち良かったです。とても、気持ち良かったとも。



 (でも……)



 モヤモヤとした想いと腹の底に燻ぶる性衝動をを振り切るように、手早くイチモツをズボンにしまうと、どこからかグ〜と腹の鳴る音が聞こえてきた。

 音の発信源は恥ずかしそうに笑う男の腹だ。



「たいしたモンはないけど、何か食べてく?」



 気が付いたらそんな言葉を口走っていた。




◇◇◇





 とりあえず、買い溜めしていたカップラーメンを二つとコンビニで買った海苔弁当を卓袱台の上にいったん置いた。そして、弁当を電子レンジで温め直して、その間にカップラーメンにポットのお湯を注ぐ。僕は箸をうまく使えないので、コンビニで貰った割り箸は使わない。食器棚からフォークを2本とり出してお湯を注いだカップ麺の前に一つずつ置いた。多分、クソ犬君も箸を使ったことがない筈だ。



「あのさ、引き止めちゃってなんだけど……アンタさ、あの怪我で置いて行かれちゃったんでしょ。今頃、アンタの仲間は心配したりしてないの……?」



 ボロ雑巾のような男を拾って部屋に連れ込んでから二時間ほど時間が経過している。『躾』と称して散々痛めつけた末に薄暗い路地裏にゴミみたいに捨てて置き去りにするような『お仲間』が、コイツを心配するなんて本当はこれっぽっちも思っていないけれど……。

 頭が悪く、人が良く、無駄に前向きで僕の言うことをホイホイ信じる馬鹿な犬。組織内では生きたサンドバッグとして飼われているであろう哀れな犬。言葉も通じない異国で捨て置かれたコイツは捨て犬予備軍だ。もしかすると、コイツにはGPSなんて大層な代物は付けられているかも……というのは僕の考えすぎなのだろうか。コイツの組織はコイツを要らないものとして扱っている。玩具のように扱いながらも、居なくなられても困りはしない程度の存在。万が一、敵に捕まっても人質にもなりはしない。寧ろ、そのまま「どうぞご自由に」と差し出されて殺される未来が容易く想像できた。


 僕の哀れみの視線など全く気づく様子もない犬は馬鹿みたいに明るく笑っている。



「別に、これぐらいの怪我はたいしたことないさ。いつもは、一人で痛くなくなるまで何処かで身を潜めてから帰ってるから、今回も別に心配はしていないだろう」



 フッと演技掛かった仕草で鼻を鳴らし、何でもないことのように告げられる。



「色々な人が俺を頑丈だなって褒めてくれた。俺は傷の治りも早いし、痛みにも慣れている。だから、どんな怪我をして置いて行かれても帰ってくる俺のことを皆は信頼してくれているんだ」



 自信満々に、驚くほどのポジティブ思考を見せ付けられた。ここまで来ると、もはや馬鹿を通り越して自己陶酔マゾ野郎だ。思考回路が普通じゃない。

 間違いなくこの男は組織において、役立たずのただの奴隷犬だ。忠実な猟犬としては全く使えない。組織を守る番犬にもなれはしない。どういう経緯でこの男がマフィアの世界に足を踏み入れることになったのかは知らないが、コイツは生きた玩具として遊ぶ以外使い道のない駄犬である。そうだ。コイツは他人の手垢まみれの薄汚い玩具だ。僕のピアス付きのチンコにも全く動じずにフェラをしてくるし、躊躇いもなく精子を飲み下す。ドッグタグの代わりに首輪を付け、飼い主の名前代わりに体には刺青も入れている。頭の先から爪先まで他人の所有物。フェラだけではなくセックスに関してはばっちり調教済みだろう。

 僕を包み込んでうねる温かく柔らかな舌の感触を思い出して、胸がモヤモヤする。高ぶる熱棒をくわえたとき、僕をイかせた時、精液を飲み込んだ時など、ことあるごとに褒めてほしそうにこちらを見上げてきた青い瞳。褒めてほしいという期待を隠さない馬鹿丸出しの顔。ふと、思い出して何だか苛々する。

 良くない思考を遮るように、チンと音が鳴って電子レンジから弁当を取り出しに立ち上がる。ホカホカの弁当を卓袱台の真ん中に置くと、男が顔を輝かせた。弁当の蓋を開けて、男の方へ寄せてやる。



「はい」

「ん?」

「ん、じゃないよ。半分食べていいよ」

「え?」



 困惑したように凛々しい眉を下げて僕を見つめる犬。何、その困り顔は……。



「何、食べたくないの?」



 試しに問いかけてみるけれど、内心では『いや、それはない』と自分で自分にツッコんだ。だって、コイツは腹鳴らしてたし。何か食べたいはずだ。現に、机の上のインスタントラーメンの匂いに目を輝かせて「待て」状態の犬は口から涎を垂らしている。 それでは何故、手を付けようとしないのか……。



「こんな小汚い作業服着た野郎の出したモンは食いたくねぇって?」



 低い声で脅すように詰め寄ると、相手は涙目になってフルフルと首を横に振って否定する。



「なら、食えよ」

「だ……だって」



とうとう青い瞳からポロッと涙が零れ落ちた。



「机の上に置かれていたら、食べられない」

「は?」



悲しげに顔を歪ませて男は話す。


「班長さんは知らないのか? 犬はテーブルの上の物には触れないんだぞ」

「はぁあ?」



 いや、そんなモン聞いたことがない。どこの国のルールだ。



「だから、下に置いてくれ」



 ポンポンと畳を叩いてご飯を置くように頼む男は、プライドがないどころか人としての尊厳をとことん奪われて、本当の犬のように地べたに置かれた餌皿から飯を食う生活を送っていたらしい。

 犬としての躾は食事にまで行き届いており、ご飯も自分から食べずに、床の上に置かれた餌を前に主人から許しが出るまで食べないように躾されきたようだ。だからといって、僕は目の前の男の言うとおりにするつもりはさらさらないけれど。ヤレヤレと溜め息をひとつ吐いて男と視線を合わせる。



「よく聞け。クソ犬。此処は俺の家だ。そして、この家の主である俺がルールだ」



 コクンと頷く男。理解していることを確認して、言葉を続ける。


「という訳で、飯はそこで食え。フォークを使え」

「え?!」

「見苦しいモンを見せんじゃねーぞ」


 戸惑う相手の手にフォークを握らせて、自ら食べるように言い付ける。男は何か言いたそうに口を開きかけたが僕がひと睨みすると、渋々掴まされていたフォークの切っ先をカップラーメンの中にいれた。

 何とかフォークを使って麺を食べようとするが今まで全く食器類を使ったことがないのか、食べ方がかなり下手くそだった。下手くそ過ぎて麺をなかなか口にいれられない。カップ麺の熱い汁があちこちに跳ねたり、麺がフォークから落ちたりと、とにかく食べ方が汚い。机が汚れる一方だ。なかなか食べることができない男は「うー……」と情けなく犬のように唸りながらも、その目には悔し涙が浮かんでいた。



「おい、フォーク貸せ」



 机の上に跳ねた汁や落ちていく麺の惨状を見かねて、返事も待たずに男の手からフォークを取り上げる。とりあえず、僕がラーメンをフォークで巻いて口元に持っていって食わせてやることにした。麺を巻き付けたフォークを口元に運ぶとパクンと食いついた。続けしててもう一口あげる。男は僕に食べさせられるのに抵抗は全くないようだ。満面の笑みを浮かべて「美味しい! こんなに美味しい物は初めて食べた」とかなり喜んでいた。まぁ、悪い気はしない。

 僕も初めてカップラーメンを食べた時はこんなに美味いものが手軽に食べられることに驚いて、二個も食べてしまった。しかし、最近はコンビニ弁当やカップラーメンばかり買って食べていせいでちょっと飽きてしまったけれど……。

 黙々とカップ麺を全て食べ終えさせ、温めた海苔弁当を半分食べさせて食事を完了させる。さて、今度は僕が食べる番だとフォークを手に取ったところで、自分のカップ麺がすっかり伸びきっていることに気が付いた。
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