おそ松さん

□リクエスト
2ページ/11ページ



 カラ松は夢を見ていた。


 悪魔の格好をしたおそ松にお菓子の国に連れて行かれる夢だ。

 女神のチョロ松はソーダの泉にいて、
 赤頭巾のトド松はお菓子の家の中にいた。
 ピーター・パンの十四松は妖精の一松とバウムクーヘンの森を飛びながら駆けている。
 
 兄弟が楽しそうにお菓子の世界を謳歌しているなか、カラ松はマシュマロだらけの落とし穴に落ちていた。

 デビルおそ松に落とされたのだ。

 沢山のマシュマロたちに埋もれながらカラ松は兄に怒りの声を上げようとした。しかし、フニフニと弾力性のあるマシュマロたちが口を塞いでなかなか声を上げられない。


「ん……んん……ん〜〜っ、ぎ……ギルティ!! おそ松ッ!!」


 右手の拳を固めて叫んだ瞬間、穴の縁から石臼が投げ込まれて、ゴツンという重そうな音と共に視界は真っ暗な闇に包まれてしまった。

 ーーーーところで、目が覚めた。





◇◇◇






 頭に走った衝撃にカラ松は目を覚ました。

 まるで、誰かに思いっきり拳骨を落とされたように頭が痛い。

 ソファーから身を起こすと目の前に不機嫌そうに顔を歪めた四男・松野一松が立っていた。

 何だかわからないけど怒っている。



「……」



 一松はくるりと背中を見せるとそのまま部屋から出て行ってしまった。
 一体何だったのだろうか。また、ブラザー達を痛め付けてしまったのだろうか。
 何故か痛む頭を片手でおさえながら、弟が出て行った部屋の入り口を困惑したように見つめていた。





◇◇◇





 カラ松は順列的に二つ下にあたる弟のことがよくわからない。

 わからないけれど、カラ松は一松のことを愛している。
 自分と血を分けし、運命の六つ子であり、親愛なるブラザー。
 一松は自分のことを卑下し、自分にも他人にも毒を吐くけれど、カラ松にとってはやっぱり可愛い弟にしか見えない。
 一松がどんなにカラ松を拒絶しても関係なかった。

 一松がカラ松の胸倉を掴もうが、
 石臼を投げようが、
 サングラスを割ろうが、
 意味もなく蹴ろうが、
 猫を使って屋根から突き落とそうが、
 手をつねようが
 そんなことは関係ない。

 一松は愛すべきブラザーの一人であり、可愛い弟なのだ。

 良好とは言いがたい一松とカラ松の仲だか、二人は毎晩、隣同士で寝ている。

 意外なことに一松はカラ松に対していつも辛口の塩対応であるが眠っているときは、温もりを求めてか隣にいるカラ松の方に身を寄せて密着して眠るのだ。安らかな寝顔はどこか幼くて、甘えるように身をすり寄せてくるさまはまるで仔猫のようでとても可愛い。なので、毎晩カラ松は無意識のうちに甘えてくる弟を抱き締めて目を閉じるのだった。




 最近のカラ松のブームはフリーハグであった。

 本日も世界に愛と安らぎを提供するためにフリーハグの板を手に街角に立つ。
 誰も来ないけれど、カラ松はちっとも気にしない。これは自分で決めたことである。
 世界にLOVE&PEACEを伝えるためにここに立っていることが大事なのだ。

 街角に立つこと数時間、やがて一人の男性が近付いてきた。

 少しくたびれたスーツを着た五十代くらいの男だった。



「ハグしてもらって良いですか?」

「良いですよ」



 カラ松は手に持っていたフリーハグの板を壁に立て掛け、両手を広げて男を受け入れ、抱き締める。

 男の両手が腰に回されて、尻を撫でられる。しかし、気のせいかと思い、無視する。暫くお互いに抱き締め合って、回した手をほどいてくっついていた体を離すと、相手もあっさり離れていった。



「ありがとう。とっても癒されたよ。また、お願いしてもいいかな?」

「あぁ、喜んで。その疲れた翼を休める止まり木となろう!」



 男は笑って去って行った。人波の向こうに消えていく背中を見送っていると、背後から引ったくるように腕を引っ張られ、体を無理やり振り向かされた。

 ボサボサに跳ねた黒髪。紫のパーカーにマスク。手には猫缶が入っているだろうコンビニ袋を提げている。猫の餌やりに来たらしい弟は、眠たげな半目に何故か確かな敵意を持ってじろりとこちらを睨んでいる。まるで、親の仇を見るような、或いは何かを咎めるような鋭い視線に射抜かれて、カラ松は知らない内に弟を怒らせてしまったかと、背中に冷たい汗が流れるのを感じる。



「クソ松、さっきのオッサン誰?」

「え……知らない」

「はぁ?!」

「ひっ」



 カッと瞼が見開かれ、剣呑さが増した血走った瞳の凶悪さに気圧されて思わず涙目になる。



「てめぇは見ず知らずのオヤジに誰彼構わずに抱き着くのかよ?!」

「……た、頼まれたら……一応……」

「あ?」

「ヒィッ」



 そんな怖い顔で睨まれたって困る。だって、そうしなかったらフリーハグにならない。



「……んで……」

「え?」

「何でそんなクソみたいなことやってんの?」

「世界にLOVE&PEACEを広めるために」

「はぁ?」



 一松の目がスッと細められ、乱暴に胸倉を掴まれる。



「ふざけんな。殺すぞ。クソ松」

「ひっ」

「いつからこんなことヤり始めたの」

「一ヶ月前から……かな? 」

「…………」

「……いちまつ?」



 俯いて黙り込んでしまった弟の様子が気になって下から覗き込むように名前を呼ぶと、暗く悲壮な決意を滲ませた強い視線とかち合った。



「……殺す」



 え?



「お前を殺して僕も死ぬ」



 不穏な宣言をした一松がカラ松の首元に手を伸ばしてきたので、慌てて身を捩って背後に下がる。



「ノンノンノン! 落ち着け、一松! ウエイトだウエイト!! どうして、そうなった!?」



 本当にどうしてそうなった!?

 一松から逃げるように涙目で背後の壁にぺったり背中をくっつけ、尋常ではない鬼気迫る弟の気迫に怯えて体が震えた。



「お、……お、おしえてくれ。お前は何を怒っているんだ?」



 恐る恐る問いかけたカラ松の顔のすぐ真横を一松の拳が通りすぎる。ドっ、ゴンと硬質的な何かが衝突し、顔の横で小さな破片がパラパラと落ちていく。チラリと視線だけをずらして見ると、獣の手が壁にめり込んでいた。なんて強力な猫パンチなんだ……。大きく口をあけて真っ青な顔で震えているカラ松を獣化した弟の顔が睨んでいる。



「シャーッ!!」

「ヒィッ」



 俺の顔を見ろ!!と言わんばかりに威嚇する鳴き声に、カラ松はさらに身を縮こまらせる。獲物に狙いを定めたギラついた瞳が恐ろしくて体が凍り付いたように動けない。気を抜いた瞬間に、本当に殺されそうで目を逸らすこともできない。



「フリーハグの何がダメなんだ! 一松」



 眉尻を下げて涙目で問いかける兄の質問に、今まさに、カラ松に飛びかかろうとして爪を立てていた一松の動きがピタリと止まる。



「は? ……フリーハグ?」



 カラ松をガン見したまま、コテンと小首を傾げる弟に、唾を飲み込んで頷く。



「見知らぬ人々とハグを通してLOVE&PEACEを生み出す崇高な活動だ」



 一松から視線を外さずに体を下に傾けて、背後の壁に立て掛けた看板を拾い、板に書かれた文字を向けてみせると、猫人間の顔がみるみる険しくなっていった。



「クソ松! てめぇ、紛らわしいんだよ!」



 怒鳴るやいなやカラ松の手から板を引ったくると、それを地べたに叩き付けて両足でおもいっきり踏みつけた。





◇◇◇




 長男と次男を除いた兄弟がいない子供部屋で、おそ松はカラ松と二人きりで向かい合っていた。



「ということが、この間あってだな。おそ松、俺はまたブラザー達を傷付けてしまったのだろうか?」

「え、お前、フリーハグなんかしてたの?! 腹がイタイ!! イタイよー! ヒーッ!」

「え、大丈夫か? おそ松」

「お前のせいで肋イタイよー。誰か助けてー。赤塚センセー!」

「Oh……ブラザーを傷付けてしまう俺ギルトガイ……」

「ヤメテー! お前マジでお兄ちゃん殺す気なの?」

「……」

「でも、兄ちゃんお前のそういうとこ嫌いじゃないよ?」



 不安そうな顔の弟に、気付くと兄はにんまりと口元を緩めて、弟の頭を撫でた。



「お前は変わらなくていい。ずっとこのままでいいよ」

「しかし、今のままではブラザー達を傷付けてしまう」

「大丈夫。他のヤツらも時期に慣れるから」

「そうか……」

「あ、でもフリーハグ? ……だっけ?アレはやめといたほうがいいかもなぁ……。一松を怒らせちゃったんだろ?」

「フリーハグさえも弟を痛めつけてしまうとは……。なんて俺はギルティガイなんだ!」

「……お前、本当にバカだねぇ」

「え?」

「本当に見てて飽きないわー」

「え……」



 おそ松が面白そうに笑いながら、失礼なことを言う。そのとき、ガラガラと玄関の引き戸が開く音がして誰かが帰ってきた。

 帰宅したのは一松だった。

 居間にいる兄二人を無視して通り過ぎようとした弟は、歪に凹んだ野球バットを持っていた。



「おかえりー、一松。あれ? お前、十四松と遊んでたの?」



 そそくさと足音を立てないように通りすぎようとした背中に、目ざとく気付いたおそ松が何気なく質問する。固まったように廊下で足を止めて、居間を振り返る一松は煩わしそに眉を寄せている。



「違う。……ちょっと野暮用があって借りただけ」



 そのまま、チラリと部屋にいるカラ松を見てキッと睨むと、不機嫌そうにフンッと鼻を鳴らしてさっさと二階に上がっていった。



「……あ〜、そういうことね」



 納得したように頷くおそ松の向かいでカラ松は、なぜ一松が帰って来て早々に自分を睨むのかわからずに涙目で戸惑っていた。




End
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ