おそ松さん

□迷子のアリスと白兎
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 それから、涙と嗚咽混じりに【白兎】は語ってくれた。

 昔は【公爵夫人】と仲が良かったこと。

 ことあるごとに白い耳を勝手に結ばれたり、
 フォークで頭を突っつかれて「ミートパイにするぞ。クソ兎」とからかわれたり、
 巨大な毒キノコを投げつけられたり、
 【チェシャ猫】という化け猫に追い掛け回されたり、
 【白兎】自慢の自作の自画像ポスターを破かれたり、
 色んな悪戯をされたこと。

 しかし、自分にだけなぜか悪戯をする困った人だけれど、本当は猫が好きで優しくて寂しがり屋な可愛いラビットボーイであること(【公爵夫人】なのにボーイ……?と、疑問を抱いたが、涙ながらに語る【白兎】に、今は突っ込まないことにした)。
 そして、照れ屋な【公爵夫人】は【白兎】にだけ悪戯を仕掛けてくるのは本当は自分に構ってほしいと思っているのではないかと考えていたこと。

 【公爵夫人】は【白兎】を【帽子屋】や【ドードー鳥】との御茶会に招いたり、
 自分にだけ美味しいパイを食べさせてくれたり(※詳しく話を聞いてみたところ、おそらく毒入りのものを意図的に食わされたと察せられる)、
 パイを食べて腹が痛いと泣けば、自宅に招いて看病をしてくれたり(※詳しく話を聞いてみたところ、看病という名の調教が行われたらしい)、
 聞いていて多少ツッコミたくなるところがあるけれどコイツはコイツなりに【公爵夫人】と仲良くやっていたと思っているようだ。

 猫に向ける優しい笑顔が良いとか
 いつもくれるお菓子が美味しいとか
 猫を使役する姿がカッコイイとか
 狩りが上手いとか

 いつの間にか、話が本筋から逸れて【公爵夫人】の長所を聞かされていた。カラ松……ではなく【白兎】は、さっきまでビービーと子供のように泣いていたことも忘れて、嬉しそうに涙で濡れていた頬を薄っすらと赤く染めて、まるで自分の恋人を自慢するかのように誇らしげに語った。
 どこぞの次男みたいに頭の作りはポンコツなのかもしれない。
 何だか腹が立ってきて「あ〜ハイハイそれで?」と素っ気なく先を促すと【白兎】も話が脱線していたことに気付いて「すまん」と謝ってからまた話の流れを戻してくれた。

 何やかんやで【白兎】は【公爵夫人】とはそれなりに仲良くやっていたけれど、あるとき国を統治する【王様】が殺されて、長きに渡る【赤の王】の時代は終わり【赤の女王】の時代が始まった。そして、新しい国の統治者は前王の時代に廃止していた兎狩りを再開した。何故か【女王様】は【白兎】の肉を求めた。国中の兎を狩り尽くしてしまうと兎が絶滅してしまうという理由で【巻戻し時計】を持つ【白兎】に限定した兎狩りが始まった。それから、【白兎】は国中の人間達に狙われ、捕らえられては殺されて肉にされた。貴重で美味な【白兎】の肉は【女王陛下】に献上されることが多かったが、極々稀に自分で食す者がいたり、後は高値で売ったりする者もいた。【白兎】自身が城下町で自分の肉が売られているのを見たことがあると言う。しかし、たいていは【女王陛下】に肉を捧げては多額の褒美を貰う者がほとんどなのだとか。

 【公爵夫人】の家は昔から狩りが得意で【公爵夫人】自身も忠実な猫達を伴って共に狩りを行うという。その腕前は優秀な猟兵として【女王陛下】からの信頼も篤いらしい。



「そんで、その仲良くしていた【公爵夫人】がお前を狙う熱心なハンターになったってことなんだな」

「あぁ。あんなに仲良くしていたのに【公爵夫人】は俺のことが嫌いだったんだ……」



 再び瞳を潤ませて目を擦る【白兎】を冷めた目で見る自分がいた。

 何が、仲良くしていただ。

 話を聞いている限りでは、【公爵夫人】からは好意を感じられない。嫌われているとしか思えない態度を取られている。なのに、当の【白兎】は塩対応にも気付いていない。鈍い。鈍すぎる。どんだけポジティブ思考してるんだか。目の前で鼻を啜りながら泣いている【白兎】を見て、 思わず喉から出かかった言葉をグッと飲み込んだ。



「別にお前のことを嫌ってお前を殺してるんじゃなくて、ふつうには【女王様】のご褒美とやらが欲しくてお前を狩ってるだけ何じゃねーの?」



 慰めにもならないようなこと言うと【白兎】はブンブンと首を横に振った。

「違う。【公爵夫人】は俺の肉を【女王陛下】に献上している訳ではない」



 何だって?



「一度、【公爵夫人】から逃げている最中に、森の中でトランプ兵に殺されそうになったことがあるんだ。その時に【公爵夫人】がトランプ兵から俺を助けて逃がしてくれたんだ」


 何だって?!


「『俺以外の奴に捕まるなよ。クソ兎』って」


 エェ?!ナンダッテ工エエェェ?!


「その後、すぐに【公爵夫人】に見つかってまた肉にされたけどな」


 哀しそうに目を伏せる【白兎】を見つめながら、俺は【公爵夫人】が誰なのかわかってしまった。

 本当は心の底で薄々そうなのではないかと思っていたけれど、【白兎】の話を聞いてソレは強い確信となった。


「……一松」



 こんな世界でも抉らせているのか。あの弟は……。




◇◇◇









 その日もいつものようにトランプ兵や人間達からの追手から逃げ回りつつも時には返り討ちにして隠れやすい森の中で一夜を明かすことにした。森の泉で水浴びをし、二人で集めた茸や果実を食べて、いつものように木のうろに身を寄せて眠った。

 その日の夜、腕の中の兎が消えていた。

 どこかでデジャヴを感じながらも跳ねるように飛び起きて見ると、仄暗い月明かりの中、いつか見た巨大な猫が白兎を咥えているのを見つけた。兎を咥えた猫はしなやかな身のこなしで茂みの奥へ姿を消した。咄嗟に猫を追い掛けるも薄暗闇の中では結局、猫も兎も見つけることはできなかった。


 一晩中兎を探しても猫の子一匹みつからず、途方に暮れた俺はいつかの【芋虫】の言葉が脳裏に蘇った。



『 何か困ったことがあったらこの森に来て僕を呼んでくれていいからね』



 チョロ松。昔からアイツはいつも俺の背中を追いかけてきた。いつもいつも俺の隣にいて俺が何かするとアイツが真っ先に賛成して俺の背中を後押ししてくれた。俺に何かあると顔色を変えて真っ先に飛んでくるのもアイツだった。



『おそ松ー!どうしたおそ松ー!』



 息を切らせながら自分を探して駆け回る大切な弟。今は昔ほど優しくもないし、昔のように構ってくれることは減ったけれど、何やかんや文句を言いながらも悪ふざけに付き合ってくれたり、俺を心配して叱ってくれたりする大切な弟。

 【芋虫】が俺のチョロ松ならば、コイツはヘンテコな世界でも俺を助けてくれる筈だ。

 俺はチョロ松……いや【芋虫】と出会った場所へと向かった。




「【芋虫】チョロ松シコ松ー!出てこーい!カリレジェ【アリス】様のお呼びダゾー!」


 茸だらけのヘンテコな森は広かった。広大な森の何処に【芋虫】がいるのかわからないので、俺は大声で【芋虫】を呼びながら森の中を闊歩した。すると、俺の頭上にある巨大茸の傘の上で水煙管に腰掛けた【芋虫】が姿を現した。



「僕を呼んだかい?頭をやられた可哀想な【アリス】君」

「【白兎】が【公爵夫人】の猫に攫われた。【公爵夫人】の家を教えてほしい」

「そうかい。お気の毒様。諦めるんだね」

「待ってくれ!【芋虫】」



 ふいっと背中を見せた【芋虫】に声を上げて追い縋った。



「お願いだ。もう、お前しか頼るやつがいないんだ。俺を、助けてくれ……【芋虫】」

「……」



 地に膝を付き、両手を組んで祈るように懇願すると【芋虫】は呆れたように溜め息を吐いた。



「【アリス】にそんなに頼まれたら、僕は断れないじゃないか」



 困ったような、しかし、優しい顔をした【芋虫】が俺を見下ろして笑った。

 フワリと水煙管ごと傘の上から降りてきて俺の前まで来ると「付いて来て」と背中を向けた。とりあえず、【芋虫】は俺を助けてくれるようだ。俺は先を行く【芋虫】の背中を慌てて追い掛けた。

 辿り着いた先は見覚えのある泉だった。そこは何度か【白兎】の案内で水浴びに利用した泉だった。



「此処は【森の管理者】である僕だけが使える魔法の泉なんだ。この泉はこの国に携わることなら何でも答えてくれる。聞きたいことがあるのなら、何でもここで聞いてみてよ」

「え、でもお前だけが使える泉なんだろ?俺が聞いても大丈夫なの?」

「【アリス】なら大丈夫だよ」

「そっか」



 泉を覗きこむようにして四つん這いになり、透き通るように綺麗な水面も見つめる。鏡のような泉からはすっぴんの自分の見つめ返している。気が付いたら何故か施されていた化粧は最初に水浴びしたときに綺麗に落ちていた。下手くそな化粧を施すよりも素顔の自分の方が女装がまだ似合っているなぁと、どこぞのライジングな弟やナルシストな弟みたいなことを思った。



「泉よ、泉よ、泉さん。俺の可愛い兎を攫ったのはだあれ?」



 質問するとどこからか突然そよ風が吹いてきて水鏡のような水面に波立った。波は泉全体に広がって大きく揺らぐ。そして、揺らいだ水面には全く
別のものが映しだされていた。


「いち、まつ……」


 大きな猫の被り物を頭に乗せ、ケバい化粧をし、紫のドレスを着た弟が映っていた。腕にはいつかのエスパーにゃんこが赤ん坊のように抱かれている。



「違うよ、【アリス】。彼は【公爵夫人】だよ」



 いや、どう見てもうちの四男です。そう言ってやりたかったけれど、言っても無駄ということはカラ松やチョロ松のときにわかっていたので何も言わないことにした。

 それにしても酷い姿である。自分も結構スゴイ濃い化粧をしていたことを棚に上げてマジマジと思う。単調に厚塗りしただけの紫のアイシャドウ。ムラが出て濃くなった血色メイクにこれまた分厚く塗られた真っ赤な口紅。見ているこっちの肋が軋むように痛くなってきた。ヤバイ。



「アイツ、いつもこんな格好してんのかよ……」



 何気なく呟いた言葉に泉が反応した。

 風が吹き込み、再び水面が揺らぐ。そして、新たに映しだされたのはまた一松の姿だった。

 今度は化粧も女装もしていない。大きな弓を片手に羽根つきの帽子を被り、両手にはアーチェリーグローブをはめている。上は紫の上着を着ており、下は白いズボンに黒いブーツを履いていた。まるで、どこかのハンターのような姿だ。

 水面に映しだされた一松は森の中にいるらしく、何匹かの猫と例の巨大な化け猫を引き連れて歩いており、彼の視線は何かを探すように絶えず周囲を彷徨っていた。

 なぁんだ、ドブス姿ばっかしてるワケじゃねーのか……と、ホッとしたような残念なような、気が抜けた思いで呑気に水面を眺めていると、一松の動きが止まった。素早く茂みに身を隠し、体を小さく屈めて弓を構える。視線は完全に獲物に固定されており、その眼には肉食獣のような鋭さが宿っている。ゆっくりと背中の矢筒から矢を取り出して装填する。ソッと一松の指から矢が放たれた。

 獲物を仕留めることに成功したらしく、一松が茂みから出て歩き出す。

 やがて、一松の前に血を吹き出して事切れた獲物が映し出された。



「嘘だろ……おい……」



 獲物は【白兎】……カラ松だった。

 首に矢が刺さったらしく、カラ松は血飛沫を上げて死んでいた。

 一松はカラ松の遺体を軽く一瞥すると、白い両耳をむんずと掴んでズルズルと引き摺って去って行った。猫達も一松の後を追って行き、あとにはカラ松の流した血の痕だけが残された。


 一松の姿が消えて、水面が揺らぐ。

 俺の隣で泉を覗き込んでいた【芋虫】は「【公爵夫人】の腕前は相変わらずだな」と呑気に感心している。何でコイツは平然としていられるのか。お前の弟が兄貴を射殺してるんだぞとキレかけて、隣のコイツがチョロ松ではなく【芋虫】であることを思い出してやめた。しかし、胸糞悪さは消えない。水鏡に映る俺は青ざめており、とても酷い顔をしていた。
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