おそ松さん

□臆病なドライモンスターは未知の核弾頭に怯えている
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 要らない服やブランドなどを古着屋やリサイクルショップに売り、金に替えた。必要最低限のお気に入りの服だけをスポーツバッグに詰める。今まで兄弟に秘密でバイトして貯めた金を確認する。そうして、兄弟に気付かれないようにゆっくりと慎重に家を出る準備をした。

 兄弟が家にいないことを確認して二階で荷物を整理していた時のこと。



「トッティ!一緒に遊ぼうぜ〜」



 二階の窓の外から、十四松に声を掛けられた。どうやら、ずっと屋根の上にいたらしい。全く気が付かなかった。顔に作り笑いを浮かべながら、後ろ手にスポーツバッグを押し入れの中に押し込めて隠す。



「十四松兄さん……そんなとこで何やってんの?」

「素振りしてた」

「そっか」



 バットを片手に窓から十四松が部屋に入る。十四松と二人きりになるのは随分久し振りのことである。



「ねぇねぇ!トッティ、オセロしよう」

「……うん、いいよ」



 十四松がオセロセットを取り出した。トド松は向かい側に座る。



「トッティ」

「なに。十四松兄さん」

「ぼくのこときらい?」

「え……」



 心臓が冷えた。

 床に置いたオセロセットを見下ろす兄を、硬直したように見る。



「……ううん。別に、嫌いじゃないよ。十四松兄さん」

「ほんと?」

「……うん。ほんと、だよ。やだなぁ。…何でそんなこと聞くの?」

「……」



 十四松は答えない。

 普段は焦点の合わない視線が、下からトド松を射ぬく。真っ黒な二つの深淵が何かを探るようにトド松を覗いている。
 無言の十四松に不穏な雰囲気を感じたトド松は、怯えと緊張を隠そうと口許に笑みを作り、声が震えないように努めて平静を装う。


「……ま、いいや。それより、じゃんけんしようよ。ほら、じゃ〜んけ〜ん」

「ぽん!」



 トド松がチョキ、十四松がパーを出した。



「じゃ、僕が先だね」

「うん」



 トド松は盤上に一つ目の黒を置いた。

 十四松が盤上のオセロを見つめて唸る。やがて、何かを閃いた十四松が瞳を輝かせて白を取り、パチンと軽い音を鳴らして一つ目の白を置いた。そして、白の隣に置いたトド松の黒を勝手に白に変える。トド松の黒を白で挟んでいないのに勝手に白に変えた。

 それは本来のルールを無視した行為であったが、しかし、トド松は何も言わない。以前ならば、「十四松兄さん、それはまだ白にはできないよ」と柔らかくたしなめていた筈である。しかし、トド松は何も言わない。ただただ十四松を見つめている。

 大きな瞳に、怯えを滲ませてただ黙って見つめているだけだった。



「……トッティさ、ぼくのことこわい?」



 十四松の質問に首を振ることができなかった。笑みを作ることもできずに、石像のように強張ったまま凍り付く表情。



「怖いんだぁ……。何で?おれ、トッティに何かしちゃったかな?」

 兄の寂しそうな声に、俯いていた顔を上げる。



「……十四松兄さんこそ、僕のこといらないんでしょ?」

「うん」



 頷かれてしまった。

 ズキンと心臓に刃を突き立てられたかのように胸が痛くなる。



「悪い子はいらないからね!」



無邪気な笑顔で言われてしまった。






 悪い子はいらないから!






 そう告げられた瞬間、目の奥で熱が膨張してトド松は部屋を飛び出した。

 そうして、気が付くと泣き腫らした瞳でいつものショッピング街をさ迷い歩いていた。
 財布も持たずに当てもなくフラフラと歩いていると、前方にドクロ模様の悪趣味な黒いジャケットを見つけた。思わずその背中に抱きつくと「ヒぎゃああああ」と情けない悲鳴が聞こえた。



「……カラ松兄さん」



 名前を呼ぶと、背中に引っ付いている相手がトド松だと気付き、カラ松はゆっくりと振り返る。



「何だ。お前かよぉ……」



 サングラスを外しながら、涙目で「甘えたな仔猫ちゃんだな」と言いかけて口をつぐんだ。
 トド松の顔をマジマジと見つめて、驚いたように瞳を見開いている。


「お前、何かあったのか?」



 優しく聞かれて、トド松の目からポロポロと涙が溢れ落ちた。

 詳しく話を聞かなければならないなと、どこか落ち着いて話せる場所をキョロキョロと探すが、宵越しの銭を持たない主義のカラ松は、喫茶店に入ることもできない。

 とりあえず、近く河川敷に向かおうと、弟の手を引いて歩き出した。
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