おそ松さん
□臆病なドライモンスターは未知の核弾頭に怯えている
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松野家の末っ子・松野トド松は順列的にひとつ上にあたる兄、五男・松野十四松が理解できない。
二十数年共に過ごしてきた兄弟の一人ではあるけれど、最近、あの兄が六つ子の一人から逸脱した存在のように感じられた。
そのことに気付いたのは割と最近のことだった。
きっかけは松野十四松が恋をしたことである。
彼は、見知らぬ娘に恋をした。
松野十四松が恋をしていた期間、トド松の目には彼が全く別人のように見えていた。
トド松の知っている十四松は野球が好きで、幼い子供のように元気いっぱいで、無邪気で優しかった。
彼は色々と常識外なこともするけれど、いつも面白い芸を披露してはトド松を沢山笑わせてくれた。そして、いざというときはその身にトド松を庇ってくれる優しい兄だった。トド松はそんな兄が好きだったので、いつも盤上遊びの相手になってあげていた。
そう、トド松はそんな兄が好きだった。子供のように無邪気で元気いっぱいの、弟思いの兄が好きだったのだ。
しかし、恋をした兄は全くの別人となった。
世の中の常識を理解し、面白い芸を披露したりせず、トド松と盤上遊びもしない。
いつもどこか上の空で、淡々と過ごす見知らぬ兄。
恋をした十四松の姿は、トド松に大きな違和感と恐怖をもたらした。
そして、兄弟の中でいちばん怖がりなトド松は、別人のようになってしまった十四松を避けた。
それは十四松が失恋して、元の兄に戻ってからも続いた。
自己保身に長けたドライモンスターはとても臆病な生き物だった。
十四松を避けるようになって、トド松は十四松以外の兄達から、最近のお前は変だ、と言われるようになった。十四松を避けていることを遠回しに指摘されたのだ。
十四松という存在に違和感を覚えてから、トド松は四人の兄にこっそりと聞いた。
『十四松兄さん…最近、かなり様子がおかしかったけど…どう思う?』
兄は答えた。
『それがどうした』
一番目の兄は居間で寝そべりながら、呆れたような眼差しを向けた。
『どんなアイツでも俺の大事なブラザーだ』
二番目の兄はサングラスを外してキメ顔を見せた。なんとなく腹が立って顔面に拳をめり込ませてやった。
『ん〜……俺達ってさ、六つ子だけどやっぱり別個の存在だしね。だから、十四松に俺達の知らない一面があったとしても、当然だよね〜』
三番目の兄は求人雑誌を読みながら、答えた。
『大した問題じゃないっしょ』
四番目の兄はそれだけ言うと、猫缶を片手にくるりと背を向けて行ってしまった。
兄達はあっさりと五番目の兄の変わりようを受け入れていた。
トド松にはどうして兄弟が十四松の変わりようを受け入れられるのか全くわからない。怖くないのだろうか。実は常識を弁え、まともな感性を持っていた十四松。そんな十四松はトド松の中で築かれていた十四松像とはもはや別人も同然の存在となってしまった。トド松には今の十四松が何を考えてるかわからない。
自分と盤上遊びしてたのも、銭湯ではしゃいでたのも、セクロスややきう!と騒いでたのも、全部……兄のそれまでの全てが、演技なのかもしれないのに……。
何が問題なのだと不思議そうに首を傾げる兄弟に、十四松を異端だと騒ぐ自分こそが異端なのだ思い知らされた。
そして、いつか兄弟に言われた言葉が頭を過る。
『お前、本当はいらない存在なのに、なに調子のってんの』
『トッティ。いらないぜ』
実の兄弟を受け入れられない臆病な自分こそが異端であり、いらない存在なのだと理解した。