おそ松さん

□松ネタ吐き出し
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 そんな日々を二ヶ月も続けていたある日、 波打ち際に漂着ゴミと一緒に打ち上げられている全裸の人間もどきを発見した。

 ソイツはとても異様な男だった。まず、裸であること。そして、右肩には何故か十字架のマークの焼き印がデカデカと刻まれている。まるで、家畜か犯罪者の印のようである。さらに、うつ伏せに倒れている背中から薄く青い昆虫の羽が付いていた。しかし、その羽はボロボロに破れており、少し指で触れただけで枯れ葉のように崩れてしまいそうな有り様だった。その傷んだ薄羽の下はさらに悲惨な状態だった。まるで、鞭か何かで酷く打たれたように、あるいは何かで肉を切り刻まれたように背中一面が挽肉のようにぐしゃぐしゃで血で濡れている。普通に生きていたら滅多にお目にかかれないような酷い傷だ。背中寄り下の尻や太腿も、同じようにミンチ肉と化して傷口からダラダラと真っ赤な血が流れていて見ているだけで非常に痛々しい。常人ならショック死しているかもしれない。けれども、酷い傷を負いながら、波に流されてきた男は普通の人間ではなかった。海水でぐっしょりと濡れて乱れている黒髪からは二本の青い触覚が生えている。羽もある。犯罪者のような焼き印の痕まで付いている。コイツは明らかに人間ではない。

 気を失っている男からは、兄に感じたような神聖さは全く感じられない。何故か、十字架の焼き印の痕が肩にあるけれど、昆虫のような触覚と羽を生やした見た目からして神というよりも、あの紫の悪魔……レヴィアタンと近い存在に思えた。



(コイツは神となった兄や紫の悪魔へと通じる糸口になるかもしれない。)



  突然、起き上がって襲われるかもしれないと内心身構えつつも僅かな期待を胸に抱いて、恐る恐るうつ伏せに倒れている男に近付く。すると、グスッと鼻を鳴らす音がした。続いてヒックとしゃっくりのような嗚咽が聞こえる。声の出処は足元で倒れている男だった。ヒック、ヒックとうつ伏せのまま肩を震わせて、彼は咽び泣いていた。



「ねぇ、どうかしたの」



 とりあえず、声を掛けてみた。僕の呼びかけに反応した男が顔を上げる。どことなく我が家のクソ次男を思い出させる凛々しい眉に、泣き腫らしたブサイクな泣き顔。キュッと胸が締め付けられて、大きく揺さぶられる。目の前の男を、放ってはおけないと感じた。



「……大丈夫?」



 続けて声をかけると、大きく見開かれた綺麗な青い瞳がうるうると僕を見上げる。



「ヒック……しすたぁ……あんまりだぁ……」



 呆けたように僕を見上げながら、ポロリとまた目から涙が流れ落ちた。



(シスター?)


 何を言っているのか発言の意図は全く掴めない。とりあえず黙って言葉の続きを待っていると、何故だかみるみる男の顔がくしゃりと歪んで、また悲しそうに肩を震わせ始めた。



「だまされたぁ……!」



 傷だらけの悪魔は「俺もリンゴ食べたかった」やら「おなか空いた」やら、わーわー喚きながら再び砂浜に突っ伏して子供のようにしゃっくりあげて泣き始めた。身体の傷が痛くて泣いているのか、シスターとやらに騙されて泣いているのか、リンゴが食べたくて泣いているのか、お腹が空いて泣いているのか、事情を知らない僕には皆目検討もつかない。


 慰めようにも生憎、今の僕の手持ちはゴミ袋とゴミ拾いに使っている火バサミに、友達にあげようと持ってきた猫缶の余りしかない。



「その……猫缶で良かったら、食べる?」



 倒れ伏せて泣いている姿があまりにも哀れに見えて、気が付くと僕はズボンのポケットに入っている猫缶を差し出して聞いていた。頭上にかざされた手に、男は怯えたようにビクリと肩を震わせて、顔を伏せてしまう。イエスともノーとも答えない。食うなら食う。要らないなら要らない。どちらでもいいから何か反応が欲しい。辛抱強く相手の反応を待っていると、グーと空腹を訴える音が鳴った。



「これ、結構うまいって評判良いんだよね」



 ダメ押しでするようにもう再度、猫缶を勧めてみると、男はちらりと顔をあげて泣き過ぎて真っ赤になった目からポロポロと涙を零しながら「……食べる」と答えた。


End
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