おそ松さん

□松ネタ吐き出し
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※軍ゾン+凶器人間










 どうして戦争はなくならないのか。

 それはおそらく生きとし生けるものが争いなくして生きることができないからではないかと、軍人・松野一松は思う。
 特に人の歴史は戦いと共にあり、多くの血を流して今の人類がある。故に、文明がいかに進もうと、科学技術がいかに変化しようと、人類同士の争いがなくなることはない。


 2☓☓☓年。


 軍人・松野一松の祖国ーーーアカツカ帝国もここ十年ほど某国と戦争をしている。

 アカツカ帝国は島国で独自の科学技術や軍事兵器を所有する軍事国家である。軍を中心に政治が行われ、国民は独裁的な支配下に置かれている。

 松野一松はその軍の上層部に位置する人間で、特殊戦闘部隊の為の実験や独自の兵器を開発するための研究施設の管理を任されていた。そこでは死刑囚を相手に非人道的な生体実験や、施設内で開発された生物兵器のテスト運用なども行われていた。

 あるとき、一松は軍政府の依頼を受けた。より強力な特殊戦闘部隊―――生物兵器を作るためのウイルスの開発をするようにという依頼だった。

 軍政府の依頼で作った新たなウイルスは戦場に投入され、末端の兵士達は生ける屍として勇敢に戦った。そして、生物兵器と化した兵士達は多くの敵を巻き込んで散っていき、生き残った者達は再び軍によって回収され、研究施設に強制送還された。

 そこで、松野一松は彼の兄であり、想い人であるーーー松野カラ松と運命の再会を果たすことになった。

 そして、それは実に一方的な再会だった。

ーーーーーー研究所の生体兵器処理室の中で蹲っていた兄。

カメラ越しで見つけた兄ーーー松野カラ松は、既に人間ではなくなっていた。





◇◇◇




 一松が兄を見付けた時、殺処分されるゾンビ兵達を押し込んだ部屋の中で、彼は子供のようにしゃがみこんでちんまりと身を縮めて座っていた。その時の一松は研究所の視察にやってきており、偶然に殺処分部屋をカメラで見ていたのだ。ゾンビの群れの中に兄を見つけた時はたいそう驚いたものである。

 すぐさま殺処分を取りやめるように現場に指示を出し、カラ松を研究用の被験体という名目で生かしてもらうことにした。

 そうやって、一松の管理下に置かれることになった兄は、意外なことにとても大人しかった。

 与えられた肉は食べるものの、他のゾンビのようにむやみやたらに人を襲わず、日がな一日薄暗い地下の部屋の中で大人しく座り込んで「あー」と唸っているだけ。

 研究者たちは物静かなゾンビを前に「流石、一松大佐!よくぞ素晴らしいサンプルを見つけてくださいました」と、不機嫌そうな一松を口々に誉め称えて持ち上げた。しかし、とうの一松は彼らとカラ松の接触を一切禁止した。不満そうにモノ言いたげな研究者達をひと睨みで黙らせて、有無を言わさぬ上司権限を発動させる。



(職権乱用?どうとでも言って下さいな。そんなことは今更だし、僕は昔から自他共に認める屑なんですよ。ゴミの良心は全く痛まない。こんな屑が上司ですみませんねぇ)



 一松は兄と違って軍の上層部に位置する人間であったため、兄のような目には合わなかったものの、愛する兄がそのような目に合っていたなんて全く預り知らぬことだった。そもそも、兄が軍に志願していたことさえ知らなかったのだから。

 
 彼は実の兄に懸想し、年々増大する禁忌の劣情に耐えられず、逃げるように軍に入った。家族の制止も聞かずに家を飛び出してから五年間、ずっと家族と連絡絶ったまま家にも帰らないどこまでも親不孝な息子だった。

 だから、兄ーーー松野カラ松を松野一松が見付けたの本当に幸運なことだった。


 ゾンビの兄を一松が管理する研究所に移し、その地下で飼育することにした。そして、信頼できる部下の研究者に兄を元に戻す研究を任せた。

 それから一松は毎日カラ松に会いに行った。



「アンタさ、何で軍隊なんかに入ったの?」

「アー……」

「今のアンタに聞いたって答えられるわけないよね……ひひ……」



 カラ松のいる牢屋の中に入って瞳を合わせても濁った瞳は何処を見ているのか、何を見ているのか、何を考えているのか一松には全く読み取れない。


「カラ松」

「ア〜」

「僕は一松」

「ア〜……」

「アンタの弟の松野一松」

「ウ〜……」

「松野家四男、燃えないゴミの松野一松」

「ウ〜?」

「一松だよ。い・ち・ま・つ」

「ウゥ……」

「い―」

「イィ……」

「ち―」

「チィ……」

「ま―」

「アァ……」

「つ―」

「ウゥ……」

「い・ち・ま・つ」

「イ、チ……」

「……」

「イ……チ……?」

「……」

「ウ〜?」

「ま・つ」

「ア、ウ?」

「そうそう。良い子だ」



 こうやってカラ松に会いに来る度に一松は自分の名前を呼ぶ練習をさせている。

 そして、「一松」という自分の名前を覚えてもらおうとカラ松に一松の声が入ったカセットテープレコーダーとヘッドホンを付けさせている。

「今のお兄さんにそんなことをさせても無駄ですよ」と研究者達に言われたけれど、一松はカラ松に発語の練習をやめさせることはなかった。カラ松に言葉を理解する知能がないことがわかっていながら、人間が動物に芸を仕込むように、餌を使った条件付けでカラ松に言葉を発させている。その訓練の甲斐があってか、最近のカラ松は「イチ」の二文字だけ話すことができるようになってきた。



「よくできたね。カラ松」



 「良い子だ」と、頭を撫でてやるとカラ松が不思議そうに首を傾げた。濁った瞳がじっと一松を見る。まるで、何かを言いたそうに見える。見えてしまう。

 そんなことはない筈なのだと理性ではわかっていても、浅はかな自分が、カラ松の中に人としての部分が残っていて、献身的に世話をする一松に対して何か思ってくれているのではないかと、何か伝えたいことがあるのではないか、とそんな夢想をしてしまうのだ。



 ねぇ、カラ松。アンタは何で軍に入ったの?

 もしかして、僕に会うために?



 思わず、問いかけたくなった。

 しかし、その質問に答えてくれる兄はもう居ない。
 目の前にいるのは兄の姿をした生ける屍だけ。

 今日もまた発語が出来たご褒美に生肉の入ったバケツを床に置くと、兄が飢えた犬のように四つん這いになって血の滴る肉に食らいついていった。



 一松が恋した兄は、一松の知らない間に、一松の知らない場所で勝手に死んでしまった。

 今、目の前にいるのはかつての恋の屍そのものだった。




◇◇◇




 悪事をなせば、必ずその報いがある。
 
 一松はかつての松野カラ松を取り戻すために何人もの人間を使って人体実験を繰り返した。多くの人の血を流し、罪を重ねてきた一松に、とうとう神の裁きが下された。

 それは、ある実験の最中だった。

 研究所内にテロリストが入り込んで破壊工作を行った。実行犯はすぐに警備隊に銃殺されたものの、仕掛けられた小規模の爆弾により建物が揺れ、実験中だった一松は、誤って手を滑らせてしまい、大事な相棒の猫と共に開発中だった特殊なウイルスに感染してしまった。即座にウイルスの進行を遅らせるワクチンを摂取し、ひとまずは人としての理性を保つことができたが、この先も人間性を保つことができるかはわからない。もしかすると、突然、怪物性に目覚めた一松が破壊衝動のまま地下にいる兄を襲ってしまうかもしれない。

 一松は早急に自分の遺伝子情報を元に、兄を守る生物兵器を作り始めた。それは軍政府のオーダーを完全に無視した生物兵器の作成であった。

 ウイルスに冒された一松のタイムリミットは恐らくそう多くは残されてないだろう。悠長にしてはいられない。それから、一松は寝る間も惜しんで己のデータを元にした生物兵器を作った。

 硝子の向こうで瞼を閉じている自分そっくりな生物兵器。拘束着姿で背中から幾つもの巨大な凶器を生やして纏う姿はまさに蜘蛛男のようだ。



(コイツが、これから先カラ松を守るんだ)



 培養液の中の化け物にできるだけ多くのカラ松に関する情報を刷り込んでいく。


 どうか、僕の代わりにカラ松を守ってほしい。

 そして、僕がカラ松に牙を剥いたときには

 お前が僕を殺してくれ。



 硝子の向こうの怪物に願いを託して祈った。



の代わりにアイツを守って
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