おそ松さん

□松ネタ吐き出し
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 居間でチョロ松が卓袱台に向かって泣いていると、誰かが玄関を開けて入ってくる音がした。

 一松だった。



「ん?……チョロ松兄さん。なんかあったの?」



 開けっ放しの部屋の入り口から、ひょいと顔を顔を覗かせたのは黒スーツを着て外から帰ってきた一松だった。
 見慣れぬリクルートスーツ姿の一松を目にしてチョロ松の目から涙が止まった。



「……いやいや。お前こそ、何があったんだよ」



 思わず、条件反射でツッコんでしまった。

 いつものパーカーとジャージはどこ行った!?
 どうしてお前が本気就活モードのスーツを着ているんだ!?



「あぁ……これ?面接に行ってた」

「はぁ?……面接ぅ?」

「面接。……所謂、就職活動ってやつですよ。チョロ松兄さん」

「就活!?え、お前が??」



 問いかけると、だるそうにコクンと頷いた。



「何で、いきなり……」

「ちょっと、殴りたいヤツがいて、そいつを殴るために就活してる」

「はぁ?」



 意味がわからない。



「そんなことより、チョロ松兄さんは何かあったの?」

「……ちょっと、ね。色々自分を振り返って考えてたら、なんか情けなくて」

「……ふーん」



 嘘は言ってない。でも、全てを語っているわけでもない。

 一松はそれ以上は追及してこなかった。そのまま、スッと身を引いて何も言わずに去っていった。
 元々、人に対してあれこれ詮索してきたり、根掘り葉掘り聞いてくるような質ではないのだ。その辺りは好奇心旺盛で構ってちゃんな長男とは正反対である。

 しばらくして、缶の梅酒二本を手に持って一松が戻ってきた。



「とりあえず、これでも飲んだら」

「え……」

「……俺も、ちょっと飲みたい気分なんだよね」



 そう言うなりリクルートスーツの上着を脱いで無造作に床に置き、チョロ松の向かい側に座る。プシュッとプルタブを引いて缶に口をつけた。



「ほら、チョロ松兄さんも飲みなよ」

「いや、飲みなよって……。お前、これ俺が飲もうと買ってきて冷やしといたやつじゃねーか!何しれっと飲んでンの!?一松」

「減るもんじゃなし。気にしな〜い。気にしな〜い」



ぐびぐび。



「減ってるから!おもいっきり減ってるから!現在進行形で一本減ってるから!!」

「ヒヒヒ。チョロ松兄さんも早く飲みなよ。今なら、愚痴でも何でも聞いてあげられるからさ。……あ、愚痴聞き代はこの酒ね」

「……お前、優しいんだか、勝手なんだかわかりづらい奴だな」

「……ヒヒヒ」



 缶を手渡されたチョロ松は、不器用な弟の思いやりに呆れたように溜め息を吐きながら、プシュッとプルタブを引いた





◇◇◇





 夕方から男二人でつまみもない宅飲みである。

 おでんも焼き鳥も手羽先も会話も何にもない静かな飲みである。

 二人ともチビチビと舐めるように飲んでいるため、一松もチョロ松も全く酔ってはいなかった。

 珍しく弱っている兄を気遣って一松はセーブして酒を呑み

 チョロ松は弟の気遣いを受け入れて、酒を舐めるように呑んではいるものの、頭はカラ松のことを考えてくるくると回っていた。

 オヤジ相手に体を売るカラ松。
 ホモかよ。
 バカかよ。
 脳ミソ空っぽかよ。
 あいつは、俺が傍にいて見てないとダメなのかもしれない。
 十四松は……アイツは何となく一人でもしれっと生きてそうな気がする。
 でも、カラ松はだめだ。
 だって、あいつ馬鹿だから。
 すぐ人に騙されて高額な物を買わされたりするし。
 ご飯のときも野菜より肉ばっか食べるし。
 ということは、必然的に飯も絶対栄養偏ってるだろうし。
 あいつ今、どうしてんだろ。

 早く、首根っこ掴んで捕まえとかないと。

 でも

『親元でぬくぬくとニート生活を謳歌している僕たちが、カラ松兄さんに身売りをやめるように説教しろって言ってンの?』

『無責任じゃない?』

『そもそも、テメェが養ってくれんのかって感じだよね』

 そうだ。自分は親元にいるニートだ。

 そんな自分が、外で一人で生きている兄の生き方にあれこれ言う権利はない。

 さっきまで、自分が情けなくて泣けていたけれど、今度は酒のせいか段々腹が立ってきた。

 自分にもカラ松にもムカムカする。

 チラリと隣に目をやると、スーツの上着を脱いだ弟がいる。
 そういえば、こいつは就活中なんだっけ。



「一松」

「なに」

「俺も就活する」

「……今までしてたんじゃないの?」

「弟が頑張ってるんだ。俺ももっと、真面目に頑張るわ」

「……ふーん」

「俺、もっと頑張って絶対にお前より先に就職してやるからな」

「へいへい」

「明日から本気出す!」



 勢いよく宣言するなり、チョロ松は缶の中の酒を一気にぐびぐび喉を鳴らしてと呑む。

 そして



「だって、あいつには……僕がいないと……駄目なんだ……」



 と力なく言ってバターンと卓袱台に突っ伏した。



「……あ〜あ。チョロ松兄さん、一気飲みなんかするから」



 酔っぱらい兄貴達の戯れ言は、いつも何を言っているのかはよくわからないけれど、どうやら酒の力で何か吹っ切れたらしい。真っ赤な顔を気持ちよさそうに緩めて眠ってしまった兄に、押し入れから毛布を出してそっと掛けてやる。

 机の上の二本の缶を台所に持っていき、チョロ松が一気飲みして空になった缶を空き缶専用のゴミ箱に捨てる。自分が飲んでいた殆ど中身が残っている酒を流し台に流して、それもゴミ箱に捨てる。

 チョロ松は兄弟の中では比較的ハロワに行っており、地道に就職活動を行っている。

 その兄が居間で泣いていた。

 多分、何か良くないことがあったんだろう。

 自分で就職活動をして初めて実感したことだけれど、就活というのは地味に精神を削る。おまけにこちらは最近まで家で自由気ままにニート生活を送っていた引きこもりである。慣れない履歴書を書いたり、電話をかけたり、着なれないリクルートスーツを着て面接をしたりと、酷く緊張するし精神的に疲れるし物凄くストレスが溜まる。

 こんなことを、チョロ松は人知れず行っていたのかと思うと三番目の兄を少し尊敬してしまう。

 今まで口だけ就活野郎とか思っていて申し訳ない。ニートである自分達がこんなしんどいこと、毎日毎日やってられないわな。



(頑張ってね。チョロ松兄さん。燃えないゴミである僕も頑張って就活してますんで……)



 お互い就職活動では上手くいかないこともある。

 今日は、就活が上手くいかなくて泣いているだろう兄を見てしまった。

 チョロ松は兄の意地とプライドのせいか一松に何も話してはくれなかった。そりゃそうだろう。就活の愚痴なんか身内とはいえあまり話したくはない。特に、チョロ松は兄弟の中でプライドが高い方なのだ。弟相手に弱味をさらけ出す筈がない。

 そんな兄の珍しく弱っている現場に遭遇した一松は、就活という苦行に耐えているのは自分だけではないと思えたのだった。

 今日は一松は面接に行ってきた。

 その結果は後日、家に連絡がくるらしい。

 もしも、きちんと就職ができたなら、そのときは……

 今、ここにはいない二番目の兄をぶん殴って、首根っこ捕まえて首輪を嵌めてやるつもりである。

 脱ニートしてまともな人間になりたいと日頃から就活しているチョロ松と
カラ松への愛憎混じりの執着心から就活を始めた自分。

 動機はかなり異なるけれど、互いに就職活動を行っている身だ。

 酔って居間で眠るチョロ松に一松は心の中でエールを送った。



End.
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