おそ松さん

□松ネタ吐き出し
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 松野家では扶養してもらうための選抜という狂った試験が行われた。そして、六人兄弟の中で不合格者が二人出た。
 次男の松野カラ松と五男の松野十四松である。
 十四松は自分が不合格だとわかると、かなり落ち込んだものの、面接が終わると手早く荷物をまとめて「今までありがとうございました」と、それまでと別人のような落ち着いた声で礼儀正しく家族に頭を下げた。
 唐突な五男の変わりように両親も兄弟もみんなが驚いて固まる中、十四松はくるりと背中を向けて荷物を手に部屋を出ていった。

 そこで硬直したように突っ立っていたカラ松が玄関まで走って追いかけた。
同じ不合格組として弟がこれからどうやって一人で生きていくのか心配だったし、一人で出ていこうとする十四松の背中を見てまるで自分がひとり置いていかてしまったような心細さに不安を駆られた。

 待ってくれ!十四松。

 慌てて玄関まで走り、今まさに出ていこうとしていた弟を止める。
 これからお前はどうするんだと聞くと、十四松は答えてくれた。
 今までこっそり金を貯めて株で儲けていたこと。
 一人暮らしをするのなら彼女のいる町に行ってそこで暮らそうと思っていること。
 だから、自分一人でも何とかやっていけるのだ話してくれた。

 兄さんは何も心配しないで。俺は大丈夫だから。

 真面目な顔でそう言うと、十四松は「じゃあ、行ってきマッスル!」と手を振って家を出ていった。

 カラ松は「あぁ、頑張ってな……」と振り返ることのない背中を見送った。





◇◇◇





 十四松が家を出た。

 しかも、不合格が決まった直後に、だ。

 弟が潔く不合格という事実を受け入れて家を出た以上、兄であるカラ松が駄々をこねていつまでも家に居座るわけにはいかなくなってしまった。

 十四松が出ていった後、カラ松もすぐに荷物をまとめた。

 兄弟は誰も何も声を掛けては来なかった。
 黙って荷物をまとめるカラ松を見ていた。
 先ほど、十四松が荷物をまとめるのをカラ松が黙って見ていたときと同じ顔をしていた。

 着ていた服もパーカーから、お気に入りのパーフェクトファッションに着替える。

 ボストンバックに荷物をまとめて両親と兄弟に今までの感謝の気持ちを伝えて家を出た。

 大きなボストンバックを手に、行く当てもなく街をぶらついた。
 イヤミやチビ太のところに押し掛けようか迷ったが、日頃の自分達の行いを顧みてやめておいた。
 特に、チビ太なんかは日頃からおでんをツケにしてタダ食いをされているのだ。
 そんな食い逃げ野郎を泊めてくれるとは思えない。
 それはつい最近のハロウィンイベントで押し掛け泥棒をされたイヤミも同じだろう。

 長男と同じく宵越しの金は持たぬ主義であるカラ松の財布は、千円も入っていないし、本日の泊まる当てもない。

 これからの予定もノープランである。

 溜め息をひとつ吐いてカラ松は街をぶらついた。





◇◇◇





 カラ松と十四松が家を出て一週間以上が過ぎた。
 家に残った兄弟達は特に以前と変わりのない生活を送っていた。

 本日も松野家の三男チョロ松はハローワークに通い、ろくな成果も得られないまま家に帰っていた。

 その途中……。

「あ、カラ松君」

 チョロ松は知らない男から、カラ松と間違えられて声を掛けられた。見たところ、三十か四十代くらいのくたびれたスーツを来た男だった。



「この間はありがとう。カラ松君、すごく良かったよ」

「は?」



 チョロ松には男が何のことを言っているのかわからなかった。目の前の、スーツを着た男とカラ松の接点が思い浮かばない。
 しかし、ろくな予感がしない。
 正直、そうあってほしくない。

 怪訝そうに眉をひそめるチョロ松の表情に男が首を傾げる。



「……昼間はつれないね。よかったらさ、今夜も空いてる?」



 困ったように笑いながら、男の指がチョロ松の頬を撫でようとしたので、即座に振り払い、思いっきり足を踏んづけてやった。





◇◇◇





 家に帰ったチョロ松は真っ直ぐ二階の子供部屋に向かった。



「おそ松兄さん!大変だ、大変だ!」



 ドタドタと足音騒がしく駆け込んできたチョロ松を、ソファーでスマホを弄っていたトド松と寝そべって雑誌を読んでいたおそ松がうるさそうに迎えた。

 一松は部屋にはいなかった。おそらく、猫に餌をやりに行っているのだろう。



「何々?チョロちゃん煩いよ〜?」

「ちょっと静かにしてよね。チョロシコスキー兄さん。子供じゃないんだからさー」

「ウッセー!ドライモンスター!テメェもシコ松だろうが!……って、違う!ンなこと言ってる場合じゃない!おそ松兄さん、ちょっと聞いてよ。大変なんだ」

「なによ?」

「カラ松のヤツ……身売りしてるかもしれないんだ!」

「「は?」」

「しかも、オヤジ相手に!」

「「……」」



 部屋の空気が止まった。



「………で?」



 おそ松が聞いた。



「……は?」

「で、チョロ松はそれを俺に言ってどうしてほしいんでしょうか?」



 そう言ったおそ松の目線は手元の雑誌に戻っていた。ソファーに座っているトド松もスマホ弄りを再開している。



「いやいやいやいや!反応がそれだけって薄くね?同じ顔した兄弟が体売ってんだぞ?何か思うことあンだろうが!血も涙もねぇのかお前らは!!」

「え〜?いや、だってそりゃしょうがないでしょ。チョロ松兄さん」



 スッとトド松が目を細めて嗤う。



「そうしないとカラ松兄さんは暮らしていけないんでしょ?それとも何?親元でぬくぬくとニート生活を謳歌している僕たちに、カラ松兄さんに身売りをやめるように説教しろって言ってンの?何それ。無責任じゃない?お前の面倒は見ないけど、お前が日々暮らしていくための売春はやめろって?ふざけんなってかんじだよね。冗談キッツいよ〜。中途半端にいい人ぶって独善的な口出しをしてくんのウッザいと思うよ?そもそも、テメェが養ってくれんのかって感じだよね」

「う……」



 嗤いながら冷めた眼差しを向けてくるトド松の、容赦ない正論に、日頃からよく回る口は何も返す言葉が出てこなかった。ただただ悔しそうに唇を噛み締めて握りこぶしを作るチョロ松。

 寝そべっていたおそ松がよっこらしょと身を起こして「ん〜」と腕を伸ばして伸びをする。



「いや〜、俺もカラ松と同じ立場だったら、おんなじことしてっかもな?」

「えぇ〜。おそ松兄さんが〜?」

「だってさ、今さらコツコツ地道に働くとかキツイッて。まぁ、俺の場合、一回ニ十万以上でならケツ貸してやってもいいかもな。どお?トド松。お買い得だぜ」

「うわぁ、高いって。っていうか、おそ松兄さんのケツなんかニ十万貰ってもいらない」

「冷たいな〜。トッティ」



 呑気に笑い合うおそ松とトド松。

 これ以上、兄と弟のふざけたやり取りを聞いてられずに、チョロ松は部屋から出て行った。
 トド松の言うことは冷たいようだが、確かにその通りだった。

 親元で脛をかじって生きている自分の無力さが情けなくって、なんだか泣けてきた。





◇◇◇






「あ〜あ。トッティが意地の悪いこと言うから、今頃チョロちゃん泣いてるよ〜?」



 チョロ松の去っていった襖を見ておそ松が言う。



「だって本当のことじゃん。今の僕達にはどうしようもないもん」

「うっわ。言葉だけ聞いたらとんでもないドライモンスターだねぇ、お前。本当はお兄ちゃん大好き末っ子くんなのに」

「は?……どういう意味?おそ松兄さん」

「いや〜。口ではあんなこと言ってるけどさ、チョロ松に話を聞いたらすぐに求人サイト探して一生懸命みていた弟が可愛いなと思ってさ〜」

「!」



 言われた瞬間、一気にトド松の顔が熟れた林檎のように紅潮し、手元のスマホを胸に隠して、キッと兄を睨み付ける。



「み、見たの!?そっからどうやって見たのさ!?オカルト?エスパー?エスパー兄貴なの?!」

「いやいや、お兄ちゃんずっと床に座ってるでしょ。ここからだとソファーに座ってるお前のスマホ、見えないから」

「え?やっぱり、エスパーなの?!」

「いや、お兄様の勘と予想」

「ヒィ〜!僕のスマホのプライバシーが、謎の長男パワーに陵辱されてる!」

「カラ松ほどじゃないけど、お前も随分わかりやすいんだよな。長男舐めんなよ〜?」



 どうやら、自分の行動はこの長男にお見通しらしい。満足げに笑うおそ松にトド松は心の中で白旗を振った。



「……じゃあさ、おそ松兄さんに聞きたいことがあるんだけどさ」

「なに」

「チョロ松兄さんが、カラ松兄さんは売春してるっぽいって言ってたよね。……じゃあさ、十四松兄さんもやっぱり」

「いや、それはない」



 全てを言い切る前に、遮るように断言された。



「なんでわかんの?」

「十四松は家を出てから一日一回、母さんに連絡入れてんだよ。アイツ、今は彼女のいる町で仕事見つけてちゃんと暮らしてるらしいよ」

「え?……それ本当?」

「ほんと」

「うわ〜。なんか十四松兄さんって、スゴいね。家出て好きな子の町に行ってすぐ仕事見つけてちゃんと働いてるなんて……」



 六人揃って屑ニートしてたとは思えない行動力である。そもそも、一人暮らしの費用はどうしているのだろう?
 やっぱり、母に出して貰っているのだろうか。どこまでも飛び抜ける核弾頭のような兄の実行力にトド松は感心した。



「な〜、すごいよな、アイツ。俺、正直いまだに十四松のことだけはよくわかんねーんだけど……でも、アイツがなんかすっげーやつだってことはよくわかるよ」



 胡座を組んでうんうんと同意するおそ松。

 その足元には……



「あれ、おそ松兄さん。その雑誌……」

「ん?あぁ、これ?チョロ松の求人雑誌」

「何で、おそ松兄さんがそんなもの読んでんの?」

「じゃあ、こっちも聞くけど、何でお前は求人サイトみてんの?」

「それは……チョロ松兄さんが……」

「俺もおんなじだよ。親元でニートやってる今の俺らが、どういった形であれ家を出て金を稼いで暮らしてるカラ松にあーだこーだ言ったりする権利はないし、あいつを助けることもできねーだろ」



 うん、まぁ、そうだよね。と頷きかけて、ふと疑問に気付いた。



「……おそ松兄さんはチョロ松兄さんが来る前からその雑誌読んでたじゃん」



 そうだ。この兄はチョロ松がやってくるずっと前から、その雑誌を読んでいたのだ。

 ということは……。



「おそ松兄さん、いつから知ってたの?」



 カラ松兄さんが体を売っていること。



 質問しながら、おそ松を見下ろす目に勝手に力が入ってしまう。



「……うっわ。トド松、やめろよ〜。その顔、すっごい怖いって」

「ふざけないでよ。いつから知ってたの?ずっと、僕達にカラ松兄さんのこと黙ってたの?」

「いやいや!待て待て!俺、長男だからって何でも知ってるわけじゃねーから!俺があいつのこと知ったのつい一昨日のことだからね!」

「は?……一昨日?」



 予想していたよりも、つい最近である。
 トド松の顔から険しさが消える。



「そ、一昨日だよ、一昨日!お前らの兄貴が野郎相手に身売りしてるなんてこと、言えないから黙ってようと思ったんだよ」

「……ふーん。それで、今日は求人雑誌を相手に熱心にらめっこしてたんだぁ」

「そーだよ」

「じゃあ、カラ松兄さんのことは僕と、おそ松兄さんとチョロ松兄さんしか知らないんだ」

「いや、一松も知ってる」

「え?一松兄さんも知ってんの!?」

「あいつが一昨日、俺に教えてくれたからな」

「一松兄さんがおそ松兄さんに?」

「そ。何か凄い形相で外から帰ってきたと思ったら、真っ直ぐ俺ンとこにきたからな。そのとき、俺、一松に殺されるかと思ったわ」




 だって、あいつ、すっごい怖い顔してたからな。
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