おそ松さん

□松ネタ吐き出し
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※一カラだけどカラ松死ネタのバッドエンド。
毎晩、カラ松を殺す夢を見る一松がおそ松兄さんに相談する話。





 ある時、一松はカラ松と二人きりで駅のホームに並び、電車を待っていた。

 カラ松は茶色いトレンチコートを着ており、右手には大きな旅行鞄を持っている。一松はいつもの紫色のパーカーにマスク。両手には荷物を持っておらず手ぶらだった。

 カラ松は隣に立っている一松の方を向いて言う。

「お前は自分のことをゴミだとか屑だとか言うけれど、そんなことはない。俺はお前を信じてる。お前は家族思いでしっかりした良い兄貴だよ。…母さんや弟達のこと、よろしくな」

 笑顔で告げるカラ松と反対に、一松は自分の心が冷めざめと冷えきっているのを感じていた。カラ松の言葉が全く響かない。薄っぺらな台本に書かれた台詞のように思えていたのだ。

 遠くから電車が近づいてくる。

 カラ松の視線が電車に向かい、足が半歩前に出る。一松はカラ松の背中を見る。

 嘘吐き、と心の中呟いた。



(僕と同じ屑のくせに。家から離れないって言ってたくせに。……僕のこと、信じてるって言ったくせに。やっぱり、コイツは……僕を置いていく。)



「嘘吐き」



 とても小さな声で呟いた。一松の声がカラ松の耳にはしっかり届いたのか、首を動かしてチラリと一松を振り返ろうとした。

 一松は、目の前の背中を力いっぱい前へ突き飛ばす。



「えっ……」



 信じられないと言わんばかりに大きく目を見開いて、カラ松の体が崩れ落ちる人形のようにバランスを崩して踊るように線路に落ちていった。

 その直後、電車がカラ松の上を走り、一松の目の前で停止した。

 カラ松は轢死した。




◇◇◇




 一松は布団から跳ね起きた。

 すぐ隣を見ると、カラ松が気持ち良さそうに眠っていた。心臓がドキドキと忙しなく鼓動を打っている。

 松野一松は毎晩決まってある夢を見ている。

 それは彼の二番目の兄、松野カラ松を殺す夢だった。

 殺人内容は様々である。つい、先ほど見たのはカラ松を線路に突き落として轢死させる夢である。

 ある時は、階段や窓、屋上などの高い所から突き落として転落死させたり、荷物と一緒にボートに乗り込むカラ松の首を絞めて湖に死体を沈めたりもした。背中を向けて歩き去っていくカラ松を後ろから撃ち殺したこともある。幼いカラ松を、走ってくる自動車の前にぶん投げたこともあるし、車を運転する一松が立ち尽くすカラ松を轢き殺しこともある。

 ありとあらゆる方法でカラ松を殺した。

 猛獣の餌にしたり、金属バットで撲殺したり、ナイフで滅多刺しにしたり、チェーンソーで解体したり、溺死させたり、何度も何度もカラ松を殺した。

 夢の中のカラ松はいつだって無抵抗だった。

 大抵は自分に何が起きたのかわからないまま、「えっ……」と声を漏らしてそのまま殺されてしまうのだが、極稀にカラ松が一松の殺意と真っ正面から向き合うことがある。

 その時のカラ松は、「それが俺の運命ならば、仕方がない……」と己の死を受け入れた。

 凛々しい眉は力なく下がり、瞳に涙を溢れさせて、凶器を携えた一松を怯えたように見ていた。反対に、一松は眉一つ動かすことなく、無表情で対峙する。カラ松は今にも泣き出しそうな顔で小さく体を震わせながらも、絶対に逃げなかった。そんな無抵抗なカラ松に対して一松はいつも心の中で「こいつ、本当に馬鹿だな」と思うのだった。

一松はカラ松に言う。



「俺のこと信用してるって言うなら絶対に逃げるなよ。カラ松兄さん」



 そう言うとカラ松は一松から逃げない。

 抵抗もせずに、一松の残酷な凶行を受け入れるのだった。

 一松はカラ松を殺す夢を見た後、実に心穏やかに目を覚ます。そして、自分の隣ですやすや眠っているカラ松を見て現実を知る。

 カラ松はまだ生きている。

 とても、残念である、と。



「なぁ、お前、本当に僕を信じてるのか?」



 夢の中のカラ松は一松に笑って言うのだ。

『俺はお前のことを信じているからな』と。

 子供のカラ松も大人のカラ松も、どいつもこいつも夢の中のカラ松は、一松にそう言ってくるのだ。



『俺はお前を信じてるぜ』



 一松は怖かった。

 簡単に自分を「信じてる」と言って、悪気もなく自分を追い詰めてくるカラ松に腹が立ったし、その存在がとても恐ろしかった。

 カラ松の発する言葉はいつだって中身のない空虚なものなのに、「一松を信じている」という言葉自体は、家族の信頼や兄弟の絆などを彷彿させた。一松にとって、その信頼はとても重々しいものに感じられた。実に、無邪気に気軽に簡単にカラ松は一松に大きなプレッシャーを与えた。

 無邪気に一松を信頼して、無責任に一松のことを放り出すであろうカラ松がとても憎かった。



「………」



 とりあえず、惰眠を貪るカラ松の寝顔が憎らしかったので、自分の枕でおもいっきりカラ松の顔を叩いてやった。




◇◇◇





 松野おそ松は歩いていた。

 色々な店が建ち並ぶ表通りから、細く薄暗い路地裏に入って行った。そこで、路地裏の奥の暗がりの中に何匹かの猫に囲まれてしゃがみこんでいる男を見つける。



「よっ。お兄様の到着だぜ」

「あぁ…おそ松兄さん……」



 男は声を掛けられておそ松が来たことに気付き、よっこらしょと腰を上げて振り返る。ボサボサの髪。紫のパーカー。口元を隠すマスク。くたびれたサンダル。けして、友好的には見えない眠たげな半目がおそ松をちらりと見る。ついでに彼の周りに群がっていた猫達もおそ松を見てくる。なにこの猫達。こっちを見る目が光ってる。何か怖い。

 おそ松はヒクリと口元を引きつらせて、思わず一歩足を後ろに引いた。

 この路地裏は、目の前で猫に囲まれている男のテリトリーである。普段、おそ松はこのような薄暗い路地裏を通ったりはしない。本日のおそ松は、目の前の彼―――おそ松の四番目の弟・松野一松に呼び出されて来たのだ。



「来てくれてありがとう。おそ松兄さん。それと、わざわざ、こんなゴミクズの為に時間を取らせてごめん」

「あぁ、別に気にすんなよ。それより、お兄様に相談があるんだろ。とりあえず、話してみ?」



 お礼ついでに、何か余計ことも聞こえた気がしたが、適当に聞き流して話の本題を促す。

 今回、おそ松は一松のテリトリーである人通りの少ない路地裏に呼び出された。一松から相談したいことがあると打ち明けられたのである。そして、家では話しにくいことだと言われて、こうやって一松の呼び出しに応じてわざわざ出向いたという訳である。



「………」



 しかし、一松は何も言わない。壁に凭れて下を向いている。



「何々?どったのー?お兄ちゃんをこんなとこまで呼んどいて話せないっての?」



 ここまで来させといて無駄足じゃね?今さら話せないとか酷くね?など延々と文句を言っていると、ようやく一松が口を開いた。



「最近、胸糞悪い夢ばっか見るんだ……」

「は?」

「……クソ松殺す夢。これがめちゃめちゃリアルな夢で、毎晩夢の中でアイツのことぶっ殺してる」

「…………」



 え……何それ。怖い。

 「お前がそういうこと言うのマジで洒落にならないから!お前、どんだけアイツ嫌いなの!?」というツッコミは呑み込んで、とりあえず、余計な口出しをせずに大人しく一松の話を聞くことにした。



「夢の中でクソ松のことを色々な方法で殺してきたけど……その一回一回アイツをぶっ殺した感触が今でも手に残ってんの。……最近では、朝起きる度に夢なのか現実なのかわからなくなるし……頭がどうにかなりそうだ。おそ松兄さん、俺そのうち、いつか本当に、カラ松のことを殺すかもしれない……」

「…………」



 おそ松は難しいことや、ややこしいことが苦手だった。だから、一松の話を聞き終わって真っ先に感じたことは「面倒だな」である。そして、「カラ松を殺す夢だなんて……お前、よっぽどカラ松のことが嫌いだったんだな……」としみじみ思っただけだった。

 とりあえず、おそ松は毎日見てたとしても所詮ただの夢。夢は夢でしかないから気にするな。と助言を与えた。



「夢は、夢……。そっか……やっぱ、そうだよね…。ありがとう、おそ松兄さん」

「あ〜…別…に良いってことよ」



 いつも通りの眠たげな無表情だが、普段は卑屈を拗らせた皮肉屋な弟から素直にお礼を言われて、おそ松はチクチクと小さく胸を刺すような居心地の悪さを感じた。

 一松はおそ松にお礼を告げると、足元に群がっていた猫たちを引き連れて路地裏のさらに奥へと去っていった。



「…………」



 残されたおそ松は、何とも言えぬ重い気持ちを抱えたまま、表通りへと戻った。しかし、明るい町の喧騒につられて、早々に気持ちを切り替える。



(とりあえず、気晴らしにパチンコにでも行くか!)



 こうして、おそ松の頭の中から、路地裏で一松から相談された出来事が、綺麗さっぱり消えたのだった。







◇◇◇




 翌日、兄弟達が目を覚ますとカラ松が死んでいた。どうやら、一松が殺してしまったらしい。

 一松はカラ松の上に跨がったまま、呆然としたように虚ろな表情でカラ松を見下ろしている。

 まず最初にチョロ松が立ち上がった。一松の胸倉を掴んで力付くで立ち上がらせて「一松!」と怒鳴り付けた。一松は人形のように、チョロ松にされるがままである。

 トド松は布団の一番端にいる十四松の背中に隠れて「闇松兄さん。いつか殺ると思ったけど、とうとう殺っちゃうなんて……サイコパスだよ、クレイジ―だよ」と涙声でぶつぶつ呟き、十四松は弟を背中に隠したまま困惑したように、死んでしまったカラ松と、チョロ松と一松とを交互に見詰めている。

 おそ松は布団から起き上がった体勢のまま、呆然とカラ松の死体を見下ろしていた。

 カラ松の首に、一松の手の跡が残っていた。

 チョロ松に胸倉を掴まれていた一松が、チラリとおそ松を見た。



「おそ松兄さん、ごめん。夢と間違えた……」



 淡々とおそ松に向けて告げられた言葉に、おそ松は頭を殴られたような大きな衝撃を受けた。

 今さらながら、己の過ちに気付かされたのだ。

 一松がおそ松に持ち掛けた相談。

 あれは一松からのSOSだったのだと。

 なぜ、もっと真剣に弟の話を聞かなかったのかと。一松の相談を適当に聞き流してパチンコに出掛けた昨日の自分をぶっ殺してやりたくなった。

End
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