おそ松さん

□松ネタ吐き出し
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・九話捏造
・チビ太に拉致・監禁・洗脳されたカラ松がおでん信者になる
・長兄松メイン









 松野カラ松は、過去にチビ太に誘拐されたことがあった。

 犯行動機は、松野兄弟が溜めに溜めているツケを返してもらうためという、涙ぐましくもかなり血迷った凶行であった。

 そして、現在。

 松野カラ松ことカラ坊はチビ太に監禁されていた。

 二度めの凶行である。

 カラ松は、自分がどうしてこのような事態に陥っているのかさっぱりわからなかった。

 ことの始まりは、気まぐれにビ太のおでん屋に立ち寄ったことから始まる。

 寒くなってきたので温かいおでんを食べようとチビ太の屋台にやってきた。そして、仕事をしろというチビ太の説教を聞きながら、おでんを食べていた。

 その際に、好きなこと。したいこと。なりたいもの。

 色々な質問されて、何となく答えていたら、いつの間にかチビ太の弟子になっていた。

 全くもって訳がわからない。

 さらに、勝手に頭を剃られて、丸坊主にされてしまった。

「カラ坊!おでん修行の合宿始めっぞバーロー!」

 そして、松野カラ松ことカラ坊は、何が起きたのか理解出来ないまま、拉致されるようにどこぞの山奥に連れて行かれ、おでん修行という名目でチビ太に山小屋に監禁された。

 哀れなカラ松はただおでん狂いのチビ太に流されるままである。

 窓はカーテンで閉ざされ、外の様子がわからない。家具も時計も何も暗い部屋で、カラ松はいつぞやの時のように立ったまま柱に括りつけられていた。

 そこで、おでんこそが至高であると語るチビ太の熱い演説をただ聞かされていた。

 終わることのないおでん演説を聞きながら、時々思い出したように口の中に熱々のおでんを突っ込まれる。ただの縛られた家畜である。

 チビ太のおでん演説を聞きながら、家畜のようにおでんを咀嚼するだけの日々が何日も過ぎていった。

 カラ松の精神は少しずつ歪み、疲弊していった。




◇◇◇




 松野カラ松がチビ太に拉致監禁されてから一週間が経過した頃。



「そういえば……最近、カラ松見かけないね」



 一階の居間にて。床に寝そべって漫画を読む長男。部屋の窓際で外を眺めている四男。バットを構えたふりをしてなんちゃってエア素振りの練習をする五男。ちゃぶ台に肘を掛けながらスマホを操作する末っ子。

 全員が思い思いにまったり過ごしている中、末っ子と同じようにちゃぶ台でテレビ雑誌を広げていた三男・松野チョロ松が、誰にともなしに上記の台詞を発した。

 いつもならば、ちゃぶ台で手鏡を見つめて決め顔の練習をしているはずのカラ松の姿がない。

 ふと思い出したように零れたチョロ松の呟きに、部屋にいた兄弟が顔を上げてぴたりと動きを止めた。



「そういえばそうだな」



 そう言って、再び漫画のページを捲る長男・松野おそ松。



「え?!カラ松兄さんいない?!やきう?やきうに行ってんの?」



 ブンブンと左右に首を振って部屋の中を見渡す五男・松野十四松。



「野球じゃあないと思うけど。でも、全然気付かなかったなぁ……。いつから居なかったっけ?」



 何てことないように笑顔でスマホを弄るドライモンスターこと六男・松野トド松。



「……ていうか、カラ松って誰?」



 そう言って、興味も失せたのか窓の外に視線を戻してそっぽ向く四男・松野一松。



「カラ松兄さん大丈夫かなぁ!?」



 笑顔で心配する十四松に、「大丈夫だろ。あいつ頑丈だし、ギャグアニメだし。マジのシリアスにだけはならないって」と漫画を読みながら適当にメタ発言するおそ松。十四松は「そっかぁ。なら大丈夫だぁ!」と大きく頷いててエア素振りを再開する。

 兄弟の会話はそこで終了した。

 自称兄弟一の常識人である三男・松野チョロ松はツッコまなかった。一応、次男について話題提供したのは彼であるが、長男と五男のやり取りに「なら、心配ないな」と納得したのである。普段の彼ならばツッコミまくりだったろうが、あいにく彼は蛍光マーカーを片手に真剣にテレビガイドを読み込んでいる最中であった。

 テレビガイドを広げて番組表をチェックしていたチョロ松の視線の先には、彼が崇拝しているアイドル・橋本にゃーが某歌番組にゲスト出演するという情報が記されている。マーカーを握る指先は、彼女が出演する歌番組にひたすら線を引いていた。

 松野チョロ松は生粋のドルヲタである。

 そして現在の彼は、大好きなにゃ―ちゃんの出演情報を逃すまいと全神経を集中して戦っている最中であった。

 哀れ、カラ松。梨に負け。猫に負け。続いて、猫耳アイドルにも負けてしまった。

 全員が好き好きに過ごしている部屋の中で、以降次男・松野カラ松の話題が上がることはなかった。



◇◇◇



 ある日のこと。

 松野家長男・おそ松が、チビ太のおでんを(ツケで)食べに行こうと川沿いを歩いていた。すると、やはり狙い通りおでんの匂いを漂わせた屋台がそこにあった。しかし、その屋台はチビ太のおでん屋ではなかった。

 暖簾に「おでん屋カラ坊」と書かれていた。どこぞの次男を連想させる名前である。

 とりあえず、いつものように暖簾を上げて中を覗くと、そこにはチビ太ではなく頭を丸めて汁を継ぎ足している松野家の次男・松野カラ松がいた。



「へい、らっしゃい。……って、あれ?おそ松じゃないか。ふっ。さては俺が作ったおでんの匂いに誘われてやってきたな?」

「いやいや。らっしゃいじゃなくて……。お前さ、何やってんの? こんなとこで」



 暖簾を見た時から薄々勘づいていたがまさか本当にカラ松がいるとは…。しかも、チビ太の真似をしているのか、あの格好つけのナルシストが頭を丸坊主にしている。おそ松はとても驚いた。



「てやんでぃ。御覧の通りおでん屋だよ。俺はチビ太と一緒に料理界の頂点を取るために日々こうやっておでんを作っているのさ。バーロー」



 ……こいつ、口調までチビ太の真似をしてやがるのか。

 一体、いつからカラ松のリスペクト対象は尾崎からチビ太へと変わったのだろうか。まさに晴天の霹靂。まったく訳がわからない。

 椅子に座らずに呆然と立っているおそ松を気にすることなく、カラ松は下からか業務用のおでんの具を取りだし、袋に入ったそれらをハサミで切り開いて四角い鍋にどばどばと容れていく。



「コンビニのおでんかよ!」



 見ていて思わず、ツッコンでしまった。



「てやんでぃ。実に情けないことだが、俺はおでん作りに関してはアルティザン(職人)どころか、まだまだは未熟なラプロンティ(見習い)なのさ」

「はぁ?」



 兄弟六人揃って親の脛をかじって生きている松野家では、食事も全て母親が作ってくれている。何もせずとも飯が用意されている環境にいる六つ子達が料理など作るはずもない。日がな一日ゴロゴロしては、各自好きなように過ごしている。

 勿論、そんなクズニートの一人であるカラ松が突然チビ太のような本職レベルのおでんをいきなり作れる訳がない。

 なので、チビ太は料理が出来ないカラ松の為に、お湯を沸かして出汁と具材を容れるだけのチビ太特製の業務用おでんを用意し、それを作って売らせているのだ。



「今はこんな業務用おでんしか仕込めない俺だが、いつの日か必ず至高のおでんを極め、世のため人のため世界平和を築いていく。その為に、俺は愛しい古巣から飛び立つことにした。そう、まさに巣立ちのとき。これから先、苦しい試練や困難が待ち構えているだろうが俺は乗り越えてみせる。料理界の頂点に君臨し続けるおでんは、時には世界中を巻き込む争いの火種にもなるかもしれない。しかし、作り方や売り方次第で、おでんは人類を平和に導くアムブロシア(神々の食べ物)にもなれるはず。俺はそう信じている」

「はぁ?何言ってんのお前……。いや、というか、おでんは争いの火種にも、平和を導く何とかにもならねぇって!」



 普段のナルシズムな厨二のベクトルが何故かおでんへと拗らせた次男にツッコミつつ、おそ松は次男の巣立ち発言にひどく動揺していた。



(そもそも、巣立ちって何!?家を出るって何!?唐突過ぎだろ!!お前、一生家から離れないって豪語してたじゃん!!いきなり、おでんのために飛び立つとか巣立ちとか家を出るとか言われても全っ然、意味わかんねぇから!!!)



 恍惚とした表情で熱く語るカラ松の目は、どこも見ていなかった。いつもの自己愛混じりの厨ニ語りとは、どこか違う雰囲気である。彼は、おそ松に語りかけながら全く違う世界を見つめて電波な熱意を発信しているに過ぎない。ただのスピーカーだ。だから、どんなに熱心に言葉をズラズラ並べ立てられても、芯もなく、空っぽのまま、口だけを動かしているような印象を受けてしまう。

 元々松野カラ松はイタイ厨二病を患っていたが、どうして突然、尾崎信者からおでん信者に心変わりしたのだろうか。

 いつものカラ松もイタイ奴だが、今のカラ松からはカルト宗教にハマった信者のような……そんな面倒臭さを感じる。

 正直、おそ松一人で今のカラ松をまともに相手にしたくない。だって、絶対めんどくさいし、疲れそうだもの…。

 とりあえず、やるべきことは決まった。



「あー……じゃあ、牛すじと大根と卵。あと酒をよろしく」

「てやんでぃ。大根はさっき目の前で容れたばっかだろう。少々待ってもらうぜ」

「あー……なら、後でいいや。とりあえず、代わりにがんもで」

「へい。了解」



 チビ太口調を混ぜつつ、普段のイタイタしい口調も混ぜるカラ松の話し方はとてもへんてこなものになっている。これなら、普段のイタイ話し方でいてくれた方が、こちらは聞き馴れている分まだマシである。何でコイツ、こんなんなっちゃったんだろ。こんなんで家を出て行った後、ちゃんとやっていけるのだろうか?次男の行く末が、ちょっと心配になったおそ松である。



「あと写メ撮らせて」

「は?」



カシャッ。

 返事も聞かずに、正面から不意打ちでカラ松の写真を撮ってやった。

 痛々しい決め顔も作る間も与えない問答無用のいきなりの撮影だったため、写真の中のカラ松は無防備にきょとんとしている。うん、これはなかなか良い表情である。



「おそ松。写真を撮るなら準備くらいさせろ」



 そう文句を言いつつ、カラ松はわざとらしく凛々しい顔とポ―ズを作って動きを止める。



「あー、もうそういうのいらないんで」



(写真はもう撮り終わったし、そもそもお前のイタイ決め顔を撮らないために不意打ち撮影したんですぅ)



 片手でNOを突き付けつつ、脳内にぽんぽん浮かんできた酷い言葉達を切り捨てて、口では「あー腹減った。おでん早くちょーだいよ」と流してやった。

 本日の長男様は、イタイ上にどっかねじ曲がっておでん厨になってしまった弟君にも優しいのである。

 カラ松は「あ、すまない」と謝りながら、慌てて器におでんを移していく。おそ松は、慣れない手付きであたふたと酒やおでんを用意する弟を眺めながら「こいつは絶対におでん屋に向いてねぇなぁ。早く辞めさせた方が良いな」と考えていた。

 暇潰しがてらにポケットからスマホ取り出し、ラインを起動する。カラ松を除いた兄弟全員にメッセージを送った。



『カラ松、おでん屋になったから、一人で家出て行くってよ』



 ついでに、証拠写真として先ほど撮影した画像も一緒に付け添えておいた。


 その後、用意されたおでんを食べ終えて、ちびちびと酒を飲みつつ再びラインを開いてみると、弟達から物凄い勢いで反応が返ってきていた。思ったよりも兄弟の食い付きが良かった。めちゃめちゃ好反応である。

 俺はお前でお前は俺で、六つ子はやっぱり六人でひとつである。なのに、いきなりひとり欠けるって言われて、そりゃ驚くわな。これは面白いことになるぞ、と長男は内心ニヤニヤものである。



「なぁ、カラ松」

「何だ」

「多分、今からあいつらもこっち来ると思うんだわ」

「ほぉ。ならば、可愛いブラザー達の為にも、より一層がんばらないとなぁ!」



 ブラザー達にも至高のおでんを食わせてやらねばとご機嫌そうに鼻歌を歌うカラ松。



(業務用おでんをパックから取り出して煮込んでいるだけのコンビニレベルのくせに、何を頑張るんだか……)



 さらに残念ながら、こちらに猛スピードで向かって来ているのは、可愛いブラザーではなく、最低最悪の四人の悪魔達である。

 すっかり面白いことになってしまった松野家の困った次男坊。

 どこぞのチビのように頭を丸めておでん屋気取っているが、おでんのレベルはコンビニレベルである。さらに、脳内はいつもと同じく何処までもお花畑である。



(アイツラが来たら、巣立ちとかほざいているバカ次男の目を、どうやって覚まさせてやろうか)



 笑顔で弟たちの分の食器を用意していくカラ松を眺めながら、またチビリと酒を飲む。

 酔いが回ってきて何だか心地好かったのでカラ松にふにゃりと笑い掛けると、カラ松もにかっと明るく笑い返してくれる。

 カラ松は知らない。

 ほろ酔い気分に浸りつつも、おそ松の頭は冷静で、次男への制裁について目まぐるしく鬼回転していることを。

 酔ったふりをしつつ、ただいま悪魔の算段を企てていることを。

 何も知らずに、カラ松は笑っている。

 松野カラ松は兄弟の裏切り者か。はたまた、運命に翻弄された哀れな生け贄の羊か。

 悪魔の饗宴が始まるまで後少し。



end
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