おそ松さん
□松ネタ吐き出し
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翌日は朝からリハビリで、少し疲れてしまった。
一歩一歩ゆっくりと松葉杖をつきながら渡り廊下を歩いていると、中庭のベンチに腰掛けている紫色の弟くん発見した。
本日もまたお兄さんのお見舞に来たらしい。今日は腕に猫を抱いておらず、暖かな太陽の下でうたた寝をしている様子が遠目からでも見えた。
えっちらおっちらと近付いてみると、あどけない寝顔が何だか可愛くてついまじまじと見てしまった。
彼の名前は、何て言う名前だったっけな……。皆、似たような名前であまりよく覚えてはいない。
「…ん……まつ ……」
「ん?」
弟くんが何か言った。何だろうと思って隣に腰掛けて耳を済ませる。
「ごめん…ごめん……なさ……■■松……」
名前の部分はよく聞き取れなかったがけれど、どうやら弟くんは兄弟に謝っているらしい。
よく見ると弟くんの目元が濡れていた。紫の弟くんは泣いていた。夢の中で、泣きながら辛そうに謝っている。
兄弟喧嘩だろうか。何が原因なのかはわからないし、どういう経緯で謝っているのかも俺にはわからない。
ただ紫の弟くんは眠りながら、泣いて謝っている。その顔を見ると弟くんを可哀想に思わずにはいられなかった。
もしかして、おそ松が暗い表情をする二番目の兄弟に目の前の弟くんかを関わっているのだろうか。
もしも、そうであるのなら、どうか二番目のお兄さんは彼のことを許してやって欲しいなぁと願わずにはいられなかった。
弟くんの涙に、胸がそわそわざわめいて落ち着かない。
酷い焦燥感に胸が焼かれる。涙に濡れた目元を見ていると心が苦しく締め付けられる。
どうしよう。
何とかしてあげたい。
泣かないでほしい。
泣かせたくない。
何とかして、やらなければ……。
だって
俺は……
ぼくは……
こいつは……
ぼくの、たいせつな……
ーーーーーズキンッ。
突き刺さるような痛みが脳天を駆け抜けた。
割れそうに痛む頭を両手で抑えたため、脇に挟んでいた松葉杖が支えを失って倒れた。
「うっ……」
俺は、一体なにを考えていたんだっけ?何か、大切なことを思い出しかけた気がする……。
しかし、ズキズキと割れるような痛みに思考がまとまらない。何かを思い出しかけたのに、何も思い出すことはできなかった。
顔を上げると弟くんの寂しそうな寝顔が目に入った。
あぁ、そういえば黄色い弟くんは言っていたな。
兄さんは優しいから怒らない、と。
ならば、きっと弟くんが素直に謝ればきっと許してもらえるのではないだろうか。
もしも、俺が紫の弟くんの兄貴だったらなら、その涙に免じて全てを許してやりたいと思った。
弟くんが兄弟喧嘩か何かでお兄さんに何かしてしまったと仮定して、それで二番目のお兄さんが怒っているのならば、 長男のおそ松に助けてもらうことはできないだろうか。
だって、こんなにも寂しそうに悔いて謝っているんだ。彼を許して欲しくなる。
弟くんが反省して謝るときがあったら、長男であるおそ松が何とか口添えしてやってほしい……。
泣きながら眠る弟くんのクセッ毛に手を伸ばして、優しく撫でてやると辛そうだった弟くんの顔からゆっくりと強ばりが抜けていく。
「……んなさい……まつ…ぃさん…」
舌足らずな小さな声で呟かれた言葉に「もういいよ」とか「俺が許すよ」と言いたくなるが、それは俺が言うべき言葉ではなかったのできゅっと口を噤んだ。何も言えずにただボサボサの髪の毛を撫で続けることしかできなかった。
これも本当は俺が彼の頭を撫でるのではなく、彼の本当の兄が撫でてやるべきなのだろう。
名前もろくに知らなかった弟くんの涙に胸が締め付けられるように苦しくなった。
見て見ぬふりをして放って置くことができなかった。
弟くんからすると、自分は見ず知らずの他人の男である。
こんなことされても気持ち悪いだけだろう。だから、ほんの少しだけ。今だけ、彼の傍にいて頭を撫でてやりたい。
他人の俺には、他所様の家庭事情に口を出したりできないし、目の前の弟くんのために何かできることもないけれど……。
「ごめんな…いちまつ」
寂しそうな幼い寝顔に、思わず口を付いて出た名前。
自然にするりと出てきた名前に自分でもビックリした。
そういえば、おそ松がそんな名前を言っていた気がした。多分、この紫の弟くんは一松と言う名前だった筈だ。いま思い出した。
「…ん……」
一松が身じろいだ。
そろそろ起きてしまうかもしれない。
俺は、一松が覚醒する前にそっとベンチから離れて落ちた松葉杖を拾い、音を立てないようにゆっくりと中庭から離れた。
どうか弟くんがお兄さんと仲直りして、愛する兄弟といつまでも仲良くできますように。
一松がもう泣くことがありませんように。
そんなことを心の中で祈った。
End