おそ松さん

□松ネタ吐き出し
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俺の名前は松野カラ松、と言うらしい。

気が付いたら真っ白な病室のベットにいた。白衣を着た医師の話によると俺は酷い怪我を負って記憶喪失というものになったらしく、病院で静養しているらしい。頭に包帯を巻いているし、片手と片足は骨折しているらしくまともに歩くこともできない状態である。

さらに、看護士さんに顔や体を拭いてもらい、髪を整えて貰って鏡で顔を見せてもらったときに、自分の顔がわからなくなっていた。
鏡に映る自分の顔がバラバラのパズルのピースのようにしか認識できず、余計に自分がどういう存在なのかわからなくなってしまった。医者曰く、頭部の外傷が原因ではないかとのことだそうだ。はたまた心因性のものである可能性もあるという。何だそれ。他人の顔は認識できるのにどうして自分の顔だけわからなくなるんだ。意味がわからない。

怪我をして、自分の頭がちょっとおかしくなっても日々の暮らしは平和だった。

日がな一日ベットの上で食事をして風呂に入ってトイレして寝るだけの毎日は、まるで気楽な家畜のようだなぁと思うこともあるけれど、何をするでもなく飯が出てきて寝るだけの生活に快適さを感じてもいたので特に不満もない。ただ、普段はベッドの上で何もせずに寝ているだけなので少し飽き飽きしてしまう。

そんな退屈な生活の中にもちょっとした楽しみがあった。

知らない間に窓辺にそっと置かれる一輪の花。

毎日、紫色のリボンで結ばれた一輪のヒヤシンスが届けられるのだ。

誰が届けてくれているのかはわからないけれど、ひっそりと窓辺に置かれる一輪の花は俺の心に安らぎを与えてくれていた。

毎日、欠かさず俺に花を贈ってくれているということは、何処かで誰かが怪我をして記憶喪失になってしまった俺のことを大切に想ってくれているということだと解釈した。
もしかすると、シャイなフェアリーが俺にひっそりと愛を送ってくれているのかもしれない。

誰かが、俺のことを想ってくれている。

花が届けられてくる度にそんな考えが頭の中を巡っては幸せな気分に浸っていた。

リボンで結ばれた紫の花は俺の心をポカポカと温めてくれていた。

ある日、俺の元へ赤いパーカーを着た男がやって来た。


「お前、暇そうだね〜。良かったらさ、俺の相手してよ」


男はどこからどう見ても健康体である。

どうしてそんな人が病院にいるのだろうか。不思議に思って男の顔を見上げていると相手はにかっと歯を見せて手を差し出してきた。


「はじめまして。俺の名前は松野おそ松。松野家の長男やってまーす」


そう言って、子供のように明るい笑顔で「よろしくな〜!じゃ、これ友好の証な」と包帯の巻かれていない右手に15本の薔薇の花束を渡された。勢いに押され、おずおずと受け取ってしまった。

そして、俺の部屋には紫のヒヤシンス以外に薔薇の花が飾られることとなった。

それからおそ松は毎日、俺の病室に訪れた。

「やっほー。カラ松、元気か〜?」とスナック菓子を片手にやってきては、ベッドの隣に置いた丸椅子に腰掛け、戸惑う俺に構うことなく馴れ馴れしく話しかけては菓子をボリボリと貪り、一人でベラベラと語っている。
そして、その内容が結構面白いのだ。

弟達がつれないだとか、何とかメタル(?)がバカ売れでがっぽり稼いだがその日の内に全てギャンブルでスッただとか、イカサマ占いで地底人の王様になっただとか。
おそ松は色々な話をしてくれた。軽快に、ユーモアを交えた情感たっぷりな口調についつい引き込まれ、気が付くと俺は腹を抱えて笑い合っていた。


おそ松は気さくで人懐こく面白い奴だった。しかし、そんなおそ松がどうして見ず知らずの俺に会いに来るのかその理由が全くわからない。

ある時さり気なく本人に聞いてみたところ、どうやらおそ松の弟が同じ病院に入院しており、毎日その見舞いに来ているらしい。

なるほど、それでたまたま俺を見かけて声を掛けたということか。

弟の見舞いに来たというおそ松にいい兄貴だなと褒めると、一瞬おそ松顔が凍り付いたように強張り、表情が消えた。


「おそ松?」


何かマズイことを言ってしまったかと思い、反射的に謝りそうになったが、今は下手なことを言わない方が良いと思い直して口を閉ざした。
不自然な沈黙に覆われた室内は少し居心地が悪く、落ち着かない。硬直していたおそ松は視線をゆっくりと落としていき、項垂れるように俯いてしまった。


「ハハ……俺、別に良い兄ちゃんじゃねーよ。カラ松」


そういってと力なく呟いた。

『そんなことない』

そう言ってやりたかったが、結局なにも言うことができなかった。何がおそ松をこんなに落ち込ませているのかわからないが、俺の何気ない言葉が彼を傷付けてしまったことだけはわかった。

掛ける言葉を持たない俺ができることは目の前で力なく垂れている頭を撫でてやることだけだった。




あるとき病院の中庭で紫色のパーカーを着たおそ松そっくりの青年を見かけた。猫を抱いてマスクを付けている大人しそうな青年だった。

彼がおそ松の弟なのかもしれないと思ったがおそ松から話を聞いただけの弟くんに見ず知らずの自分が気安く声をかけるのも憚られ、声を掛けるのを踏み留まった。しかし、弟くんの存在がどうしても気になるのでチラチラと紫色のパーカーを着た彼を見ていると、向けられる視線に気が付いた相手がこちらに顔を向けていた。

伏し目がちだった瞳が驚いたように大きく見開かれている。

用もないのに男が男をジロジロ見るのは変だ。不審者だと思われてしまったかもしれない。

そっと視線を相手からずらして何事もなかったかのように背中を向けるとえっちらおっちらと松葉杖をつきながら自分の部屋へと戻ることにした。



◇◇◇



「おそ松。昨日な、お前の弟を見かけたぞ。本当にお前そっくりでひと目見てすぐにおそ松の弟だとわかったぞ。大人しそうで動物が好きな優しそうな子だな」


翌日、俺の部屋に訪問に来たおそ松に中庭で弟を見かけたことを報告した。中庭で猫を抱いていたおそ松と同じ顔をした大人しそうな弟くん。その背中は何処か寂しそうに見えた。


「……お前の弟は何か病気なのか?」

「ちげぇよ。お前が昨日会ったのは俺の四番目の弟。一松って言うんだ」

「へぇ……。え、お前四人も弟がいるのか!?」

「いや五人だよ。俺達、6つ子の兄弟なんだよ」

「6つ子!?五人!?すごいな」

「そんなかの二番目の弟がいま入院しているんだ」

「そうか」


おそ松の表情が暗くなった気がした。口元に笑みを浮かべているけれどどこか力のない笑顔だった。

彼はいつも見舞いを欠かさない。

弟くんはどれくらい入院しているのかはわからないが、長いんだろう。弟くんの調子やおそ松の兄弟について色々と尋ねたくなったが根掘り葉掘り聞くのは良くないだろうと敢えてこれ以上何も聞かないことにした。


「弟くん、早く退院できるといいな」

「……あぁ、そうだな」


何故かおそ松は、くしゃりと顔を歪めたかと思うと泣きそうな顔で笑った。



翌日、おそ松は弟を一人だけ連れてやって来た。


「ドゥーン!おはようございマッスルハッスル!!」

「え……。おはよう、ござい……まする?」


両腕をプロペラのようにグルグルと廻して入ってきたのは黄色いツナギ服を着たおそ松と同じ顔をした青年だった。

連れて来られた弟くんは、ヤケにハイテンションで浮かれた子犬のように元気が良かった。俺はパワフル全開の黄色い弟くんに困惑した。朝からこのテンションは正直、キツイ。

彼の後ろでおそ松がにやにやと口許を緩めて「はよー、カラ松ぅー」と言いながら、戸惑う俺を面白そうに見ていた。


「初めまして、カラ松兄さん。ぼく十四松でっす!よろしくオナシャス!」


ブワッと勢い良く目の前に差し出されたのは黄色い水仙の花。

もしかして、お見舞いの品だろうか……。

「カラ松兄さん、あげマッスル!」と言われたので「ありがとう」と右手で受け取ることにした。

それよりも、兄さんって何なんだ。兄さんって……。俺はコイツとは初めてあったからいきなり兄さんって言われても正直、どう反応したら良いのかわからない。


「おそ松、兄さんって何のことだ?」

「あ〜、コイツらには色々とお前のこと話してたんだよ。そしたら、お前に親近感持ったみたいで家でお前のこと呼ぶ時はカラ松兄さんつって呼んでんだよ。それで今日はお前に会いたいってアイツラが言うからまず一人目にコイツを連れて来たってワケ」

「そうか…」


そういうことなら納得だ。

でもな……。


「…カラ松兄さん」

「ん?」

「カラ松兄さん、兄さんって呼ばれるの嫌?」

「え…」


十四松がジッと俺の顔を見ている。大きく口と目を開いた笑顔だけれど、まるで、こちらの心の置くまで覗き込もうとする深淵のような双眼に勝手に体が緊張してしまう。


「そんなこと、ないぞ…」

「本当に?」

「あぁ…」


答えると、十四松が嬉しそうに目を細めて笑った。おそ松も嬉しそうだ。

実の兄のように慕ってくれて嫌な訳がない。これは本当だ。嘘じゃない。でも、引っ掛かってしまうところは無い訳ではないのだ。


「でも、十四松のお兄さんは怒らないだろうか」

「…怒らないよ。僕の兄さんは優しいから、絶対に怒らないッス」

「しかし……」

「カラ松兄さんって呼んじゃ、ダメ?」


コテンと首を傾げて哀願するように瞳で訴え掛けられると断りづらい。


「……フッ、好きなように呼んでくれ」

「あざぁーっす!」


満面の笑顔でペコリと頭を下げる十四松に、チクリと胸が痛んだ。

ごめんな、見ず知らずの二番目のお兄さん。

俺なんかが勝手に兄貴呼ばわりされて……。


その後、十四松は両腕をくねくねと蛇のようにうねらせた触手芸や分裂して再び合体してみせるマジック(?)芸、鼻や耳から水を噴き出す水芸などを披露してくれた。そして、時間が許すまで野球の話をしておそ松と一緒に帰って行った。次はまた別の兄弟を連れて来てくれるらしい。病室の窓から帰って行く二人を見送ろうと覗くと、そこには同じ色違いのツナギ服を着た人物がさらに増えていた。赤と黄色い以外にいつか見た紫色の弟くんが加わつており、さらに緑色のツナギ服を着た人と桃色のツナギ服を着た人物が新たに登場しているではないか。

あれが、おそ松の弟くん達か。


夕陽の中を仲良く一列に並んで歩く背中。

羨ましいな、と思った。自分も、おそ松のような兄弟が欲しい。あの中に加わって皆で笑い合えるおそ松が羨ましかった。


「いいなぁ……おそ松は……」


俺も兄弟が欲しいなぁ。
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