おそ松さん
□松ネタ吐き出し
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いつの頃からかは詳しく知らないが、松野一松の知っている松野カラ松という兄が知らないうちに消えていた。
正確には、松野家に在住している次男・カラ松の中身が、誰とも知らない他人に変わっていた。
ニュー次男はかつてのカラ松と立ち振舞い話し方、何もかもがそっくりだった。なので、初めは気のせいかと思った。
しかし、何かが違った。
それはどことははっきり言えないが、一松はある朝、とつぜん隣で眠っているカラ松に違和感を感じた。
何かが、昨日までのカラ松と違うとはっきり感じてしまったのだ。
気配というか、
戯れている兄弟を見つめる視線というか、
カラ松が一人で部屋で寛いでいるときに纏う雰囲気というか、
まるで、知らない誰かが消えた兄弟に成りすまして生活しているような感覚が一松に付きまとった。
さりげなく兄弟に聞いてみたものの、誰もカラ松の些細な異変に気付く者はいなかった。兄弟に関して勘の鋭い長男や獣並の五感を持つ十四松ですら、何も感じないという。そもそも、自分でもカラ松どこが変なのかを上手く説明できないのに、他の兄弟にその違和感を理解してもらうことに無理がある。
もしかするとカラ松が変わってしまったと感じている一松自身が、何らかの問題を抱えていているのかもしれないし、一松の気のせいなのかもしれない。
以降、一松は兄弟にカラ松の変化について話すことをやめた。
その後も、確信を掴むに至らないものの、カラ松に関する奇妙な違和感は消えることはなかった。
なので、なんとも言えない曖昧な違和感をまとうニュー次男のことを「クソ松」と呼んで、以前の松野カラ松と区別することにした。
毎日、ニュー次男とカラ松の似ている部分を発見する度に、または違和感を感じる度に一松は苛々した。
ニュー次男は何もかもがカラ松をコピーしたようにその全てが似ているくせに、カラ松の振りをする。
お節介な兄貴面して偽善的な空っぽの言葉を放ってくるのだ。
「俺はお前を信じてるからな」
サングラスを掛けて、カラ松そっくりに笑う明るい笑顔で言った。
腹が立って、目の前のサングラスを乱暴に奪い取った。
そして、一松は見てしまった。
その黒いサングラスの奥の瞳を。
まるで、狭い除き穴の奥からこちらを観察するような、冷えた視線を見つけてしまった。
全身の毛穴が開いて背筋にゾワッといやなものが走った。
言い様のない不安に駆られて身の危険を察知した防衛本能から、目の前の次男を思いっきり突き飛ばした。
「お前、兄貴ぶってんじゃねぇよ!!クソ松!!!…気持ち悪いんだよ!!」
「いちまつ?なんで…」
「今まで、お前に俺の名前を呼ばれる度に、胸糞悪くて仕方なかったんだ。なぁ、お前、一体誰なんだよ」
奪い取ったサングラスを、強く握り締める。
先ほどの冷えた視線はどこへやら、カラ松は身動き一つすることなく、一松を怖れるように瞳を揺らして呆然と見上げていた。
「なぁ、クソ松。俺に…僕に…本当のカラ松兄さんを返してくれよ」
懇願するように声が震える。
一松の手の中でギリギリと万力のように握り締めたサングラスがパキッと軽い音を立てた。
怯えたように弟を見上げていたカラ松は、泣きそうに歪んだ弟の顔を見て
にぃっと歯を見せて卑しく嗤った。
カラ松とは似ても似つかない醜い悪意に満ちた笑顔だ。
「いーや!」
無邪気な悪戯っ子のように、楽しそうに弾んだ声で、そいつはきっぱりと拒絶した。
お前、誰なんだよいつの頃からか、松野家から兄弟が一人消えた。
しかし、そのことに気付いているのは松野家四男・松野一松だけだった。