おそ松さん

□ホムンクルスは愛を歌う
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 カラ松は狼に変身した十四松の頭の上で、振り落とされないようにしっかりと毛を掴みながら、物語を語った。

 聴覚の優れている狼男(正確には、十四松曰く狼憑きだそうだ)の耳は、小人であるカラ松の小さな声をしっかりと捉えているらしい。

  十四松は森の中を駆け抜けて行く。広く開けた花畑を通り過ぎ、美しい泉の脇を通り、また森の奥深くへと進む。物語を語りながら、カラ松は通り過ぎていく森の景色に目を奪われていた。

 カラ松が語る悪魔と女神の恋物語が終わりを迎えても、十四松の足は止まらない。

 やがて、幾重にも木が重なりあって光すら差さない森の奥深くへと入っていることに気付いた。どこからか不気味な鳥の声が聞こえてカラ松は思わず身震いした。狼の毛を掴む手に更に力が入る。

 しばらくすると、一軒の家が見えた。十四松は獣から人へと姿を戻した。



「着いたよ!」



 十四松が頭の上にいるカラ松に告げる。

 目の前には古びた小さな小屋があった。おそらく、元は昔の森番が使っていた小屋だろうか。

 まじまじと小屋を観察しているカラ松を、頭に乗せたまま十四松は扉を叩いた。

 トントン。



「……どなたですか?」



 若い娘の声がした。



「おれだよ、おれ!十四松!」



 元気よく十四松が答えると、掛け金がカタンと持ち上がった。ギーッと扉が開いて、中から一人の娘が現れた。

 三つ編みに真っ赤な頭巾。笑顔の愛らしい娘だった。



「お帰りなさい、十四松君」



 瞳を輝かせて、入り口にいる十四松に駆け寄り、十四松の黒髪に埋もれるように掴まっているカラ松へと目を止める。



「あら、そちらの小さなお客様は……もしかして、噂の妖精さんかしら?」

「う〜ん、ちょっと違う。トッティの友達じゃなかった。ほるむくろろだって」

「……ほるむくろろ?」



 十四松の返答に、不思議そうに首を傾げる娘。



「違うぞ、十四松」



 カラ松は十四松の頭の上でスクッと立ち上がった。右手でサラリと短い前髪を靡かせて娘へと向き直る。



「俺の名前はカラ松。神秘の技術により生まれし人工生命体。錬金術の知の結晶。奇跡の人造人間ホムンクルスのカラ松さ!」



 キラリと白い歯を見せてウインクすると、娘の顔がみるみる赤くなっていった。そのまま娘はクルリと背を向けて部屋の奥へと消えて行った。



(フッ、何て愛らしいシャイなガールだ)



 十四松の頭の上で、ちょっと自己陶酔に浸っていると、娘が白ハンカチを片手に戻ってきた。



「よ、良かったら、使って下さい……」



 そこでカラ松は初めて真っ裸な自分の姿を彼女に晒していることに気が付いた。カッと顔中が熱くなる。



「す、すまない!レディー、見苦しいものを見せてしまった!」



 慌ててハンカチを受け取り、頭からくるっと被って十四松の髪の毛に埋もれるようにして体を隠した。



「ふふ、気にしてませんよ。十四松君もカラ松さんもはやくあがって下さい」



 赤い頭巾を被った彼女は、柔らかな笑みを浮かべて、十四松とカラ松を中へ招き入れた。



「はーい」

「お邪魔します」







◇◇◇








 娘はカラ松と十四松を家に招き入れるとすぐに食べ物を用意した。ホットミルク、砂糖をまぶした焼き菓子、真っ赤に熟れた林檎、クルミ。二人の目が輝いた。



「いただきまーす!」

「いただきます!」



 娘は夢中になって食べる十四松とカラ松を楽しげに見つめていた。



「ところで、お嬢さん。貴女の名前をお伺いしてもよろしいですか」

「え……」



 一口サイズの焼き菓子を両手に抱えたまま、カラ松は娘を見上げて尋ねた。



「こんなに美味しいものを食べたのは生まれて初めてなんだ。貴女にお礼が言いたい」

「彼女の名前は赤頭巾だよ」



 困ったように眉を下げて口をつぐんでしまった娘の代わりに十四松がこたえた。



「赤頭巾。おれが付けた名前でーす!すっげー可愛い名前でしょ!!」

「確かに可愛いな。三つ編みに赤い頭巾もよく似合っているし、ピッタリだな」



 笑顔で誇らしげに告げる十四松に、カラ松が頷いた。

 一応カラ松は、人間には親から授かった固有の名前があることを常識のひとつとして知っていた。なので、赤頭巾と名乗る彼女にもちゃんとした名前があるということもわかっている。しかし、元人間の狼憑きと名前のない赤頭巾。人間の住む村や町から遠く離れた森の奥深くにひっそりと住む二人。

 きっと何らかの事情があるのだな……と、察して敢えて深く踏み込むことはしなかった。



「赤頭巾、とても美味しい御馳走をありがとう」



 何も気づかないフリをして笑顔でお礼を告げると、赤頭巾も十四松も嬉しそうに笑ってくれた。

 その後、十四松が毎日毎日、この森から町に噂の妖精探しに出向いていたこと、カラ松が語る面白い話の数々を彼女に語っていたことなどを聞いた。



「ところで、カラ松さんはこれからどうされるんですか?」



 食事を終えて人心地付いた頃、赤頭巾がカラ松に尋ねた。

 小さな瓶の蓋からミルクを飲んでいたカラ松は、赤頭巾の何気ない純粋な質問に困ってしまった。



「えっと……」



 はっきり言えば、これからどころか明日の予定すらノープランである。



「ほるむくろろさんは行く当てがないんだ」



 答えに窮して赤頭巾から目を逸らしてしまったカラ松の代わりに、十四松が答えた。



「赤頭巾、赤頭巾。ほるむくろろさんも一緒に暮らしても良ーい?」

「はい。全然構いませんよ」

「え?!」

「なら、小物入れに使おうと思ってた空き箱があるよね、それをベッドに使っても良ーい?」

「あ、それ良いですね」



 自分を間に挟んでトントン拍子に進んでいくるやり取りに、カラ松は焦った。



「あ、ノンノンノンノン!ちょっと待ったぁ!俺は全然大丈夫だぞ。一応、行く当てとかは……既に、決めている」



 焦るあまり、口からでまかせが出てしまった。



「優しそうだし、この二人の家に厄介になるのも良いかもしれない……」とチラリと考えたけれど、脳内にいるもう一人のクールな自分に「若く善良な恋人達の厄介になるわけにはいかないぜ」と甘ったれた思考を窘められ、二人に自分を養ってもらうという考えはごみ箱行きとなった。

 いくら世間に疎いホムンクルスとはいえ、目の前の二人が特別な関係にあることは流石に察することは出来たし、そんな二人の間に突然割って入って世話になる訳にはいかない。



「……行く当てってどこ?」



 猫のような目でじとーっとカラ松を見下ろす十四松。カラ松の嘘に気付いているせいか、彼から発せられる空気がとても威圧的である。

「えーっと……えっと……」



 十四松の強い疑いの目から逃げるように首を背ければ、今度は赤頭巾の心配そうな眼差しと視線がかち合ってしまった。



(やばいな。この優しい二人を納得を納得させられる理由を探さないと!)



 正直、十四松と彼女の優しさは胸がキュンと締め付けられるほど嬉しいけれど、二人が優しいからこそ、格好付けのカラ松はその好意に甘える訳にはいかなかった。

 ぐるぐると頭を回転させながら、カラ松は考えた。あ、そうだ!



「……十四松。お前、シルフに知り合いがいるって言ってたよな?」

「うん。居るけど、それがどうかした?」

「俺を、そのシルフの友達に紹介してくれないか?」

「え、トッティに?」

「あぁ、俺はこう見えても火水風地のエレメンツを司る人工妖精として作られたんだ。風を司る力がなくとも、もしかするとシルフの使い魔としてなら使ってもらえるかもしれない。なんたって俺は、神秘の技術により生まれし人工生命体であり、錬金術の知の結晶。奇跡の人造人間ホムンクルスのカラ松だからな!」



 不敵な笑みを浮かべながら一息に告げると、十四松は「ほぉほぉ」と納得したように言いながら、ぶんぶんと頭を上下に振って頷いている。



「わかりやした!じゃあ、今すぐ行きマッスル!」

「待って!十四松君」



 思い立ったら即行動。カラ松を鷲掴みにして席を立とうとした十四松を、赤頭巾が慌てて止める。



「今日は夜も更けてきて遅いわ。お友達のところに行くのなら、明日にしましょう。カラ松さんもきっと疲れているわ」



 彼女の言葉に、十四松が手の中のカラ松を見ると、力強く握られているカラ松はぐったりとしていた。



「あ〜……そのとおりだね」



 十四松は赤頭巾に「じゃあ、体拭いて寝床つくって寝かせてきマッスル!」と言うと、カラ松を手に奥の部屋へと向かった。
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