その他
□第五人格
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〈Side:A〉
目を覚ますと知らない場所にいた。ここはどこだろうか。起き上がろうとして、ガツンと頭をぶつけた。痛い。あまり身動きがとれないほどの四角い小さな動物用の檻の中に閉じ込められていた。
暗くて狭くて湿っぽい場所に置かれている。木造の天井には小さな豆電球がぶら下がっており、薄暗い小屋の中を照らしている。僕の目の前には作業用の台があり、台の上には大きな刃物が突き立てられているのが下から見えた。
(ここはどこかの納屋の中……?)
小屋の中は土や砂埃の匂いがする。床には藁がパラパラ落ちていた。よく見ると部屋の隅や壁に農具がいくつも並んでいる。
一体、己の身に何が起こったのか。思い出そうとする。
納棺師である養父のジェイに付き添って隣町に出掛けた。彼が仕事をしている間、自分はいつものように教会にいた。ジェイがいない心細さを誤魔化すようにいつも上着の内ポケットには彼から貰った魔除けのお守りを入れている。神の加護があるという装飾用の短剣だ。そして、神様へ彷徨える人たちの魂が安らかに眠ることができますように……と、養父の仕事が終わるまで礼拝堂でひとり祈りを捧げていたのだ。
(そうだ。思い出した! 確か……)
その日は、誰かに話しかけられた。
振り返ると、そこには人狼が立っていた。仕立ての良さそうな背広。分厚いゴーグルで飾られたシルクハット。まるで紳士のように着飾っているけれど、その顔や手はどう見ても獰猛な獣そのものだった。
声をかけられ、振り返った瞬間に硬い何かで頭を殴られた。
その後の、記憶がない。
(僕は、あの狼男に捕まってしまったのか)
恐ろしい狼男に捕まって、家畜のように閉じ込められてしまった。逃げることも適わずに食べられるのを待つことしかできない。どうして、こんな事態に陥ってしまったのか……。どうしたら良いのかもわからない。震える手で上着の上から養父からもらったお守りに触れながら、ぎゅうっと目を瞑る。
「へぇ、餌を生かして捕まえてくるなんて珍しい。でも、どうせこの子もすぐに殺されるんだし、せっかくだからその前に味見しちゃおうかな」
「ーーーッ!?」
己以外、誰もいなかったはずの小屋の中。不意に飄々としたノリの男の声がすぐ近くから聞こえてきた。驚いて振り返ると、奇抜な格好の見知らぬ男が自分を見下ろしていた。足音どころか何の物音も、気配もしなかった。突然、どこからともなく現れた謎の男。檻の中にいる僕を面白そうに見下ろしている。薄暗く埃っぽい小屋に不似合いな美しい青年だった。
白地に青と金の模様が入った背広に、桃色の派手な髪に、エメラルドのように美しい瞳。彼の両目の下と額にはよくわからない模様が描かれている。どこか人間離れした不思議な雰囲気を纏っている。見たところ人狼ではないけれど、奇抜な見た目どおり彼も人間ではないのかもしれない。
「あ、あの……あなたは誰ですか? ここは、どこですか? どうして、僕はこんなところにいるんでしょうか?」
「おしゃべりな子だねぇ。きみは捕まったんだよ」
「捕まった?」
「そう。そして、捕まえた餌が逃げないように檻に閉じ込めている。それだけだよ」
「餌? それは、僕のことですか?」
「きみ以外に、誰がいるっていうのさ」
面白そうに鼻で嗤われてしまった。
「僕は、あなたに食い殺されてしまうんですか?」
「私は人間の血肉を食べないよ。そもそもきみを捕まえたのは私ではないしね」
何となく、この目の前にいる人の話しぶりからして彼は人間ではないのだろうと思った。そもそも見た目からして普通の人ではない。楽しそうに笑みを浮かべている目の前の男は、僕を逃がしてくれる気はなさそうだった。
「……僕はいつ殺されるんですか?」
「さぁ? それは彼らの腹の空き具合によるし、私の知るところではないねぇ。でも、おそらく今日の夜か、遅くとも明日じゃないかなぁ」
「そうですか……」
やはり、己を待ち受けているのは魔物に食い殺される末路なのか。生きたまま食い殺される未来を想像してしまい、ゾッと背筋が震えた。
(嫌だ! そんな死に方は、嫌だッ!)
じわりと涙が込み上げてきた。服の上からさらに強くお守りを握る。
「僕は、狼男に食べられるんですか?」
「は? 狼男? いや、きみを食らうのはこの城の主である双子の吸血鬼サマだよ」
「え?」
返ってきたのは予想外の言葉。
自分を捕らえたのは、狼男だったはずだ。
これは一体、どういうことなのだろうか。