その他

□第五人格
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 翌日の試合の時だった。

 舞台は湖景村だった。その日のサバイバーの中にイソップ・カールがいた。

 とりあえず、初手で見つけた心眼の鏡像を縛り付けてダウンさせ、その後に表世界で心眼を見つけてを地下の椅子に拘束する。すると、椅子に縛り付けたはずの心眼が、黒いヘドロに覆われてドロドロに溶け出した。一体、何が起きたのかわからなかった。気が付くと、ロケットチェアに座らせた筈のサバイバーが消え、いつの間にか仲間によって回復されていた。一応、写真を撮って鏡像を吊っていたけれど、それもすぐに医師によって回復されてしまったので無意味だった。

 すぐにイソップ・カールの仕業だと気付いた。こんな力は他のサバイバーは持っていない。

 その後の試合は再び見つけた心眼を飛ばし、何とか引き分けに持ち込むことができたけれど、医師と祭司にはまんま逃げられてしまった。それにしても、彼の力にはひどく驚かされた。



「ふふ、お前にはいっぱい食わされたよ。イソップ・カール。椅子に縛られた仲間を棺桶で蘇生させるとはね……」

「ジョ……ゼ……さ……」




 斬り伏せ、地べたに這う納棺師を見下ろしながら、褒め称える。

 倒れ伏せているイソップ・カールは、既に起死回生を使っており、既にどうすることもできない状態である。もう、あとは失血死するだけだ。暇つぶしに彼の周りに監視者を設置する。



「すぐに椅子に縛り付けても良いんだけど、せっかく二人きりになったのだし、死ぬまでの間このままおしゃべりしようか」

「ハッ……ハァ…………」



 どうやら、新人サバイバーであるイソップ・カールは[[rb:投降 > 自害]]の仕方を知らないらしい。試合に負けてどうしようもできなくなったサバイバーは、勝利したハンターに殺される前に投降できるのだが、彼はまだそのやり方を教わっていないのか投降する気配をみせない。

 とりあえず、血を流して悶え苦しむ彼が死ぬまでの間、隣で寄り添うことにした。



「それにしても、死を迎えようとしている仲間を棺で生き返らせるなんて素晴らしい力だね。……羨ましいよ」

「……ハァ……ハァ……」



 斬りつけられた傷口から容赦なく血が流れていく。



「なんだかますますきみのことが好きになったよ。もっときみのことが知りたいな」

「……ンっ………ハァッ、ハァ……」



 苦しそうに呻くイソップは、他のサバイバーように脱出用のハッチを探して這いずることもなく、私の隣から逃げようともしなかった。

 ただ、大人しく死を待つだけの哀れで非力な獲物。苦しみに喘ぐ姿を眺めていると胸の奥からじわじわと愛おしさが湧き上がってくる。



「……ねぇ、イソップ君。もし、よかったらこの後、また部屋においでよ。また新しいお茶を淹れてあげる。試合で疲れているだろうから、チョコやキャラメルティーが良いかもしれないね」

「……ウゥ……ハッ……ハァ……」

「もう、そろそろだね」



 サバイバーの小さな身体から流れ出る血は止まらない。もうすぐ彼は死ぬ。



「じゃあ、部屋で待ってるよ。イソップ君。またあとでね」



 彼の痛ましい悲鳴と共にゲームは幕を閉じた。







◆◆◆





「……投降?」



 温かいキャラメルティーを飲みながら、きょとんとした様子で彼が聞き返す。



「きみの能力的に、おそらくダウン放置されて失血死することもあるだろうから、教えておいてあげるよ。きみたちサバイバーは、全員が行動不能状態に陥ってどうしようもなくなった時に、投降できるんだよ」

「…………」

「たとえば、全員ダウン放置されて失血死待ちされたときや、ハンターの手に掛かって殺されるときとかね、無駄に苦しんで死ぬ前に自分から死んでさっさとゲームを終わらせたりするんだよ」

「そうなんですか。それは良いことを聞きました。ありがとうございます。ジョゼフさん」

「…………」



 どうして、サバイバーである彼にハンターである自分がそんなことを教えているのか。本来、このことは彼の仲間が教えるべきことなのだけれど……。



「こういうことは、誰かに教わったりしなかったのかい?」

「…………」



 不思議に思ってイソップに問い掛けると、気まずそうに彼が下を向く。



「……僕は、その……子供の頃から、人が……苦手なんです。……だから、普段もあまり皆さんと一緒にいないようにしているんです……」



 それは、この生死をかけたゲームにおいてとてもまずいのではないだろうか。単独で行動するハンターとは異なり、サバイバー同士は仲間との連携が必要不可欠なはずだ。なのに、彼は仲間を避けている。



「……試合のときも、誰かと一緒に解読すると、手が勝手に震えて解読に集中できなくなるんです……。皆さんには本当に申し訳ないのですが……」

「でも、きみは私とは普通に話せているじゃないか」

「……確かに、そうですね……」

「……………」

「あれ? どうしてでしょうか……」

「……………」



 コテンと首を傾げて考え込むイソップを見つめながら、ソッと紅茶に口を付ける。ふわりとしたミルクキャラメルの甘ったるい香りが鼻腔をくすぐる。

 彼がどうして、私と一緒にいるときは普通に過ごせるのか。同じコーヒー好きで意気投合できたから……というわけではないだろう。彼の話を聞く限りでは、この子の対人恐怖は同じ趣味を持つからと言ってすぐに意気投合できるような単純なものではない筈だ。

 先ほどイソップは言っていた。

 人が、苦手なのだと。

 そして、私は既に人間ではない。

 おそらく、そういうことなのだろう。


「お前達サバイバーは、私達ハンターにとっては非力な獲物でしかない。だから、皆で力を合わせないときみ達は我々ハンターには絶対に勝てないよ」

「……はい」

「…………」


 イソップは下を向いて、蚊のなくような声で返事をする。別に、説教するつもりはサラサラなかったのだけれど……。


「まぁ、でも……きみは、私とは普通に話せるのだから、きっと他のサバイバーとも話ができるはずだよ」

「…………」


 ぽろりと彼の頬から雫が流れ落ちた。フルフルと小さく頭を振って否定する。


「ふむ……。そんなに人が怖いのかい?」

「…………」

「なら、私と少しずつ慣れていこうか」


 下を向いていたイソップが、私の言葉に顔を上げる。潤んだ瞳が縋るように私を見る。


「ジョゼフさん……」

「これからは時間のあるときは私の部屋においでよ。それで、お互いの休みが合えば一緒にお茶を飲んだり、マップの地形を把握するために出掛けたりしよう。……と言っても、ハンターである私はサバイバーの逃げ方について教えることはできないけれどね。でも、スポーン位置については少しは教えられるから…………どうかな?」

「……ありがとうございます。ジョゼフさん」



 涙目だったイソップが、私の提案に遠慮がちに頷いてくれた。

 それにしても、この子はなんて甘いのだろうか。このミルクキャラメルのように幼く、甘ったるい。おそらく、今まで人と関わってこなかったのだろう。繊細で臆病なこの子は、人を避けて生きてきた。故に、どこまでも無知で、不器用で、とても純粋だった。

 人に心を許せずに、人ならざるハンターに心を許してしまうとはなんて哀れで歪なサバイバー。

 しかも、懐いた相手はよりによって、つい先ほど自分を失血死させたハンターだというのに。

 愚かだけれど、とても可愛い。


「少しずつで良い。私と一緒に頑張っていこうか」


 無垢な雛を手懐けるように、あるいは可愛いペットの毛並みを整えるように、ソッと彼の頭に手を伸ばして撫でる。サラサラとした銀糸のような髪は指触りがとても良い。ゆるりゆるりと小さな頭を撫でる。イソップは少し目を見開いたかと思うと、とても小さな声で「……ェイ……」と何か呟いた。声にならない声までは聞き取れず、なんと言ったのかはよくわからない。潤んだ瞳からまたポロリと涙が零れ落ち、泣き濡れた瞳がこちらを見つめる。


「……ありがとうございます。ジョゼフさん」


 そう言って、彼は泣きながら不器用に笑ってみせた。
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