その他
□第五人格
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ハンターの屋敷にペットが増えた。
「ふふ〜ん、私のペットは性能だけじゃなくて見た目もとっても可愛いのよ。ワープで仲間を呼ぶこともできるし、来たところをまた逃げられても残像を殴ってダウンさせることもできるんだから」
「うちも弁護士欲しかったけどマリーはんに先を越されてもうたのやで。しゃあないさかい空軍に変えたで」
「ふふふ、やっぱりみんなこの子を欲しがると思ったのよね」
いつものようにラウンジでマリーと美智子、ヴィオレッタの三人が仲良くお茶を飲んでいた。テーブルの上にはコロンとした丸い形のマカロンや、オレンジとチョコレートのコントラストが可愛らしいオランジェットに、パイ生地にキャラメリゼした林檎とクリームを合わせたシブーストなどのマリーが厳選した色鮮やかな菓子がところ狭しと並んでいる。
そして、三人の傍らにはそれぞれの人形が静かに佇んでいた。白い兎耳の大臣の衣装を着た弁護士に、黒地に赤いリボンで装飾した黒と青い羽の衣装を纏った空軍に、白と黒の修道服に身を包んだ祭司。
彼女達は自分のペットを着飾らせては愛でることを好んでいた。己の可愛いペットのためならと携帯品や衣服を惜しみなく購入し、毎日その日の気分によって衣装を着せ替えていた。とくに、マリーは己のペットである弁護士とテーマがお揃いの衣装を気に入っており、ここ最近はずっとアリスをテーマにした衣装を着ていた。
「それにしても美智子ったら、よく空軍をペットにしようと思ったわね」
「そうよ、そうよ! 私、その子あんまり好きじゃないのよね……」
「なんでぇ? この子も可愛いやろ?」
「確かに見た目は可愛いけど……その子、私達に銃を撃ってくるし、それになにかの役に立つわけでもないし……。そもそも、空軍をペットにするハンターがいることが意外だわ……」
「うちはよう協力狩りに行くんやけど、たまにどっかの女王様やら英国紳士様やらが勝手にお人形さん達を甘やかして遊ぶことが稀にあるんどすえ。そないなときにこの子でちょいお仕置きしよう思てこの子に決めたんよ」
「あぁ〜……なるほど……」
「いやだわ、美智子ったら怖いわ……。でも、陰気な湖景村ならともかく、月の河公園にみんなで来たのなら、パーっと楽しく遊ばないと勿体ないと思いません?」
「マリーの気まぐれなパーティー好きも考えものね……」
「ほんまになぁ」
「狩りも大事ですが、たまには美智子と一緒に可愛いお人形達と遊びたいのよ!」
頬を膨らませて抗議するマリーにヴィオレッタと美智子が困ったように顔を見合わせて苦笑する。
「そういえばレオはんもペットを手に入れたみたいどすえ」
「え、レオも?」
「あら、どのお人形さんを手に入れられたのかしら?」
「庭師の子をペットにしたみたいやね」
「庭師? なんで?」
「庭師ってあの椅子を壊す子でしょう?」
不可解そうに眉を潜めるマリーとヴィオレッタ。
「娘に似てるさかいちゃうかな」
「娘?」
「性能云々やなしに、自分の娘に似てる子を他のハンターに獲られたないんやろうな。そやさかい、他のハンターに獲られる前に自分の物にしたんやろうね。最近はその子に色々服やら携帯品やら買うたってるみたいやで」
「そういえば、彼は以前から腰に女の子の人形を身につけていたわね。アレはもしかすると……」
「レオ……」
父親の娘への想いにちょっとしんみりとする空気。それを切り替えるように美智子がパンパンと両手を鳴らして話題を変える。
「そうそう。そういえば、ジョーカーはんも新しいペットを連れてましたなぁ」
「ジョーカーも?」
「あら、それなら私、昨日見かけましたのよ。確か、踊り子のお人形を抱いて歩いていましたわ。あの子も、見た目がとっても愛らしくて見ているだけで欲しくなっちゃうわね……」
「マリーはん、それジョーカーはんの前で言うたらあかんよ」
「ん?」
「踊り子ねぇ。あの子の赤いオルゴールがあれば椅子の近くに設置できるし、青いオルゴールはゲートや暗号機の近くに置いておけるし、色々と使い道がありそうね……」
「うちもほんまは踊り子にしよかと考えたけどジョーカーはんに怒られそうでやめたんよ。ジョーカーはんは踊り子のお人形さんに並ならへん想いを抱いてるみたいやさかい」
「あら、そうだったの。……素敵だわぁ。彼は愛しい人を手に入れたのね!」
「うぅ……私の祭司のお人形さんだって見た目も性能も負けてないもん。だから、別に、羨ましくなんて全然思ってないもん」
キャッキャと女性三人でテーブルを囲んで盛り上がっていると、大荷物を抱えたジョゼフが、玄関ホールから現れてラウンジを通りかかった。
「あら、ジョゼフはん。おかえりなさい。……なんか、すごい荷物どすなぁ?」
ジョゼフが腕に抱いている薄汚れたシーツに包まれた何か。面白そうな物を見つけた女性三人の目が好奇心でキラキラと目を輝かせてジョゼフを見上げる。
「おかえり〜、ジョゼフ。もしかして、試合の帰り?」
「えぇ、ちょうどサバイバーを二人吊ってきたところですよ」
「あらあら、引き分けになったの?」
意外そうにマリーが問うと、ジョゼフは含みのある笑みを浮かべた。
「いいえ、勝ちましたよ。二人吊って、一人は失血死」
「じゃあ、残りの一人は……?」
揶揄うようにヴィオレッタが問いかけると、ジョゼフは含みのある笑みを浮かべた。
「ここにいるよ」
腕に抱えていた古ぼけたシーツの塊をハラリと捲ると、ボロボロの姿をした灰色の人形……もとい傷だらけのサバイバーが現れた。
「えぇ!? ジョゼフ、あなた……納棺師をペットにしたの?」
「そうだよ」
驚いて目を丸くするヴィオレッタに、ジョゼフはこともなげに肯定する。
「えぇ〜……でも、確か……この子の能力ってサバイバーを生き返らせるとか、……初めに15秒間だけ仲間の位置がわかる……とかでしょ?」
「まぁ、君たちにとっては試合直後の15秒間、サバイバーの位置がわかったところで、あんまり意味はないだろうね」
「だって、その15秒の間にそこに向かったところでアイツらはちょこまか移動しているし、大抵は隠れちゃってるわよ」
「それに15秒なんてあっという間よ……」と微妙な顔をするヴィオレッタに、フフンと得意げな顔で笑うジョゼフは捲ったシーツをまた人形に被せて再度抱え直す。
「しかし、試合開始直後の時間を切り取れる私にとってはその15秒間、彼らがどこにいたのかが確定でわかるというのは非常に重要でね。初動で写真世界を展開する私の能力と、試合開始直後の仲間の位置がわかる彼の能力はとても相性がいい。私の場合は、初動で奴らの鏡像を叩くことができればあとは自力で人形共を索敵できるからね。サバイバーの居場所なんて初めのほんの15秒間だけわかればそれで充分なんだよ」
「へぇ……索敵能力がある人はやっぱしちゃいますなぁ。うちもジョゼフはんみたいなダウジング能力が欲しいどすなぁ」
「いやいや、気配だけでサバイバーの居場所がわかる美智子に、索敵機能とかいらないでしょ……。見つけた瞬間に、刹那で瞬時に飛んでいけるんだし。私の方こそ、ダウジング能力が欲しいわよ」
感心したように呟く美智子に、半目のヴィオレッタが呆れたように突っ込む。
「美智子、私の鏡にも索敵機能は付いていますのよ」
「マリーはんの鏡も便利どすなぁ」
自信たっぷりに胸を張って己の能力をアピールするマリーに、美智子は母親のように優しい目つきで見つめながら褒める。
「それにしても、ジョゼフまでペットを拾ってくるとは思わなかったわ。みんながペットの話をしていても、あなたいつも興味がなさそうな顔してたし……」
「まぁね、本当はこういうのを飼う気はなかったんだけど……」
以前、マリーは言っていた。
早いもの勝ちだと。
そして
『獲物に目を付けたのなら、素早く仕留めて自分の物にするのが狩人の鉄則でしょう?』
ならば、己の獲物が他のハンターに獲られる前に自分の物しなくてはならないだろう。獲物が消えてから、後悔し、地団駄を踏むハメになるのは御免被りたい。そこで、考えた。己にとって最も有益な人形は誰なのか。フィールドの情報を掌握している弁護士は既にマリーの手に渡っている。ワープで仲間を呼べる祭司や、仲間や鏡像を運べるカウボーイも他のハンターに獲られている。
残ったサバイバーの中で、己に取って有益な能力を持つのは誰か。
「彼なら悪くないなと思ったんだ」
そして、ジョゼフが選んだ人形は納棺師だった。
「見た目は灰鼠っぽくて地味だけど、能力自体は非常に私の力と噛み合うしね」
それに、仲間を納棺して生き返らせるという蘇生能力も個人的に興味深かった。彼の能力についても色々と調べてみたい。
「とりあえず、コレをはやくきれいに洗わなければならないので、そろそろ失礼するよ」
女性三人に軽く会釈すると、ジョゼフは足早にラウンジを後にした。
◆◆◆
ジョゼフが立ち去った後のラウンジにて、テーブルを囲んでいた女性三人は再び話に花を咲かせていた。
「それにしてもジョゼフはんがお人形さんを拾うてくるなんて意外やったわ」
「本当にね」
「でも、最近ペットを飼う人が増えましたわね」
「そうやなあ。多分、今ペットを飼うてへん人は無常はんとイドーラはんとバルクはんくらいちゃうかな」
「バルクには既にあの26号とかいうロボットがいるし、イドーラには信徒がいるからペットはいらないもんね。白黒無常に至ってはそもそもペットなんか眼中になくて常に二人の世界って感じがする」
「あら、霧の紳士や黄衣の王もペットを飼ってらっしゃるの?」
「確か、リッパーはんは存在感を貯めるサンドバッグにやら言うて調香師を拾うてきたな。それで、ハスターはんは天眼が役に立つ言うて占い師を拾うてきとったで」
「そういえば、ルキノも探鉱者を拾ったって言ってたわね」
「あの磁石を投げてくるほんのすこしめんどくさい子ね。でも、ペットとしては色々役に立ちそうだわ」
「ゲート前で煽ってくる子をさっさと向こうへ吹っ飛ばしたり、逆にゲートに向かっているところを邪魔したり、解読の邪魔をしたり、チェイス補助したりとかね〜」
「ルキノはんもこれまたええ子を拾うてきたなぁ」
感心したように呟く美智子の隣で、なにかを思いついたように目を輝かせたヴィオレッタがパンッと手を叩いた。
「あ、そうだわ! 今度ペットを連れて協力狩りに行きましょうよ。私はこの間、マリーと一緒に行ったばかりだから、今度は美智子と行きたいわ!」
「そらええどすな。ほな今夜さっそく行きまひょ」
「美智子、私も! 私も今夜予定が空いているわ。良かったら一緒に行きましょう!」
「ええけど、ただし、公園で優しゅうするのんはやめてや?」
「うぅ〜ん…………美智子の頼みなら……仕方がないですわ。……今夜は遊ばずに、一人も生かして帰しませんわよ!」
「いいね! じゃあ、美智子との狩りが終わったら、その後にまた私と一緒に狩りに行きましょう!」
「えぇ、今夜は血祭りですわ!」
テーブルを囲んでキャッキャッと盛り上がる女性三人の傍らで、物言わぬ人形達が主人に気付かれないように密かに視線を合わせていた。やがて、互いに目を逸らし、下を向いて静かに佇んでいた。