その他

□第五人格
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 いつも人形達が連れている小さなペット達。正直、自分はあまり興味がなかった。人間として生きていた頃から、愛玩動物というものにあまり関心がなかった。故に、どうでもよかった。人形共が待機室で愛らしいペットと触れ合っていようが、それらを羨ましいと感じたことは一度もなかったし、いつも「はやく試合が始まらないだろうか」とあくびを噛み殺しながら、遠目に彼らの様子を眺めているだけだった。なので、まさか己と同じ狩る側に立つ者が、獲物である彼らが侍らしているペットを羨ましく思っていたなんて想像すらしなかったのだ。





◆◆◆




「うっ、うっ、うっ、うぅ〜……お人形さん達ばっかりズルいよぉ〜……」



 試合の予定もなく、天気の良かったとある昼下がりの午後。美しい薔薇が咲き誇る庭園へ散歩に出掛けようとジョゼフが玄関ホールに向かっていると泣き虫ことロビーが泣いていた。斧を片手に泣きながら、美智子やレオ、ヴィオレッタ、マリーに囲まれているところに遭遇してしまった。そして、そんな騒動からやや距離を置いたラウンジにリッパーやベインが遠目に彼らの様子を静観していた。

 一体なにごとなのかと驚き、そしてほんの少しだけ面倒くささを感じながら騒ぎに近づかないように距離を取ることにした。とりあえず、何があったのかを知るためにラウンジで紅茶を片手にソファーに腰を掛けているリッパーに近づき、こっそり事情を伺う。試合に負け、ゲート前で人形共に手酷く煽られたのなら今度の試合で彼に代わって報復をしてやろうと思った。しかし、どうやら人形共にイジメられたわけではないらしい。

 事の始まりはあの人形達にまた新しいペットが増えたことだった。

 試合開始前の待機室で普段どおりロビーはサバイバー達の様子を眺めていたという。すると、占い師がハスターにそっくりな新しいペットを連れてきていて、それをネタにサバイバー同士で盛り上がっていたらしい。仲間同士で仲良く新しいペットと戯れ合う様子をロビーは羨ましく眺めていた。幼い彼は日頃から人形共が連れ歩いているペットを羨ましく思っていたのだ。その日のゲームは三吊りでロビーが勝ったものの、ミニハスターを連れた占い師に目の前でハッチ逃げされて試合が終わり、対戦後に屋敷へ帰還してからも彼の癇癪は収まらず、帰ってきて早々に、ラウンジでお茶をしていた仲間に自分もペットが欲しいと泣きついたという。



「お人形さんばっかり、ズルい〜……僕もペットが欲しいよぉ……」



 ホール付近からロビーの嘆きが聞こえてくる。



(あんなもの何がそんなに良いのやら……)



 正直、ペットが欲しいというロビーの嘆きには全く共感できない。あんな小さいものが傍にいたところでゲームの役に立つわけでもないのに。むしろ、ちょろちょろ周りに纏わりつかれても鬱陶しさ感じないだろう。

 しかし、みんながみんなジョゼフと同じ考えを持っているわけではなかった。

 泣きやまないロビーをよしよしと宥めながら、ヴィオレッタやマリー、美智子などの子供に優しい女性陣は「あの子達ばっかり本当にズルいわよね」と力強く共感し合っていた。

 その様子にジョゼフは内心で肩をすくめて、目をそらす。まったく共感できない。ふと、ラウンジの柱に隠れて様子を伺っていたベインが、自分のペットである枯枝の霊を隠すように腕の中に抱えながら、そそくさとラウンジから去って行くのが見えた。おそらく、自分のペットがロビーに見つかると事態が拗れることを察したのだろう。賢明な判断である。



(ペットってやつは、そんなに良いものなのかね……)



 確かに、あの人形達がいつも連れているペット達は猫も犬もみんな愛らしい見た目をしている。サバイバーばかりズルいと泣くロビーの気持ちもわからないでもない。ただ、自分には共感はできないだけで。

 一応、ハンターにも監視者や巡視者と呼ばれるモノ達がいるが、それらは厳密には己の能力のひとつであり、自分の分身である。ペットにはなり得ない。非常に役には立つけれど、己の特質のひとつを愛玩物として使おうというハンターはいないだろう。

 その後のロビーはなかなか泣きやまず、ハスターやリッパーが作って寄越した甘い菓子に手を付けることもなく、延々と泣き続けた。あまりにもくだらない理由に拍子抜けしたジョゼフは、散歩に行く予定を取りやめて、こんな騒動には付き合ってられるかと背を向けて早々に部屋へと帰っていった。

 翌朝もロビーは泣いていた。彼は昨日のことをまだ引きずっていた。

 えぐえぐと泣きながら試合に出向き、昨日と同じように泣いて帰って来た。それからも延々と泣き続け、翌日になってもまだ泣いていた。幼い子供とはいえ、一体いつまで引きずるつもりなのかとジョゼフは呆れたが、やはり女性陣の反応は違った。彼女達は泣いている少年を優しく慰めながら、幼い子を哀れに思って心を痛めていた。

 そして、ある日の夕方だった。「ぼくもペットが欲しい〜!」と毎日のように号泣する子どもを見兼ねたヴィオレッタとマリーがロビーのためにあるものを捕まえてきた。



「はい、ロビー! 私とマリーからあなたへとっておきのプレゼントを持って帰ってきたわよ」



 元気よく協力狩りから帰って来たヴィオレッタは、繭に包んだプレゼントをロビーの前に差し出した。「わぁ〜、ありがと〜!」とロビーが嬉しそうに声を上げながら、包み紙を破るように繭を剝がしていくと、ぐったりと身を横たえたカウボーイの人形が現れた。





◆◆◆





『ペットがいないのなら、勝手に拾ってくれば良いじゃないの』



 自由奔放な女王様が発したその一声が、すべての始まりだった。

 ロビーはヴィオレッタやマリーからの贈り物を気に入ったらしく、縄でカウボーイをグルグル巻きにして四六時中連れ回していた。



「このお人形さん、すごいんだよ! 遠くにいるお人形もあっという間に捕まえてくれるから、試合でもすっごく助かるんだ〜!」

「それはそうですわ。この子への贈り物はきちんと役に立つものを……と性能重視で厳選したんですもの」

「そうよそうよ。マリーと二人で誰が良いのかとても悩んだのだから!」

「ありがと〜! お姉ちゃんたち大好き〜!」



 嬉しそうに話すロビーに、得意げな顔で頷くマリーとヴィオレッタ。



「でも、ロビー。前にも言ったけど、試合以外では絶対にコイツに縄を渡しちゃダメだからね?」

「わかってるよ〜。だから、こうやって縛ってるんだよ? こう見えても僕、ちゃ〜んと躾もしてるんだから!」



 えっへんと得意げに胸を張るロビーの傍らで、拘束された状態のカウボーイの人形は下を向いていた。彼は、捕獲される際はひどく抵抗したものの、ハンターの屋敷に連れて来られてからは殆ど為されるがままであった。何も言葉を発することがないので、その人形が何を思い、何を考えているのか狩人達が知ることはなかった。




◆◆◆





 本日のジョゼフは試合がなかった。朝からとくに予定もないので、美しい庭園で絵でも描こうかと画材道具を持って玄関ホールに向かっていると、ラウンジからヴィオレッタの声が聞こえてきた。




「もぉ〜! マリーったら、ズルいわ! その子は私が先に目を付けていたのに〜!」



 まるでどこかの御伽話に出てくる赤と白のトランプのようなドレス姿をした血の女王ことマリーが、ティーカップを片手に機嫌よく微笑んでいた。そんな彼女の傍らには白い兎の耳を生やして懐中時計をぶら下げた大臣のような服を着た弁護士が給仕人としてテーブルの上に新しい焼き菓子を並べている。



「あらあら、こういうのは早いもの勝ちなのよ。彼の地図は本当にとても役に立つわ。この子を私以外のハンターにあげるなんて、そんな惜しいことするわけないでしょう。獲物に目を付けたのなら、素早く仕留めて自分の物にするのが狩人の鉄則でしょう?」



 憤慨し、悔しそうに足を鳴らしているヴィオレッタを横目にティーカップを片手に優雅にお茶を啜るマリー。



「なら、私はもっとすごい子を拾ってくるわ!」



 フンっと鼻を鳴らしてヴィオレッタはドタバタと足音も荒く、ジョゼフの横を通り過ぎて出て行った。

 ジョゼフは、昔からペットなんてものに興味はなかった。今でもそれらを欲しいとは思わなかったし、飼おうと考えたこともなかった。

 しかし



『この子を私以外のハンターにあげるなんて、そんな惜しいことするわけないでしょう』



 マリーの言葉が脳裏によみがえる。彼女は言った。



『獲物に目を付けたのなら、素早く仕留めて自分の物にするのが狩人の鉄則でしょう?』



 ヴィオレッタは言った。



『なら、私はもっとすごい子を拾ってくるわ!』



 より良い獲物を求めて、玄関ホールの向こうに去っていく狩人の後ろ姿を思い出す。



(……彼女は一体、誰を捕まえてくるのだろうか)



 画材道具を手に庭園へ向かいながら、思案に耽る。自分だったら、誰が欲しいか。どの人形を手に入れるのか。どうやって、手に入れようか。狩人としての性か、無意識のうちにそんなことを考えていた。
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