その他

□グラブル
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 月が顔を出し星のきらめく美しい夜空の下。グランサイファーの甲板ではこの騎空艇の団長の誕生日パーティーが朝からずっと開かれていた。艇内の装飾は何日も前から行われており、あちこちにその月の誕生花が飾られていた。廊下や食堂の壁にも子供たちが色鮮やかな折り紙で作ったガーランド・チェーンが飾られている。

 今朝も早くからグランサイファーの食堂や甲板には多くの団員達が集まっていた。楽器が得意な団員達によって艇のあちこちで演奏が行われており、どこもかしこも楽しく賑やかな音に満ちていた。そして、日が暮れても尚もグランサイファー内は音楽に包まれている。

 皆それぞれ自分なりのやり方で年若い団長の誕生日を祝福していた。団員達の中には朝早くから団長へお祝いの言葉を告げたり、誕生日プレゼントを直接わたそうと詰めかけている者も少なくはなかった。

 このグランサイファーという艇には様々な立場の人間が乗っている。数多の国の王族や騎士に巫女、商人料理人狩人、侍や決闘者、演奏家や絵師、デザイナー、学生など、みんな色々な事情を抱えてこの騎空艇に集まっている。

 そして、人間だけではなく星晶獣にヴァンパイア族、クリスタリア族、ゴブリン族、月の民や猫、ドラゴン、ロボットなどの人外的な存在も多く乗っていたりしている。

 そして、本日は多種多様な種族が大人から子供まで、人も獣も隔てなく、このグランサイファー中のすべての団員が一同に揃って団長の誕生日を祝っていた。





◇◇◇




 空が徐々に暗くなり、月が昇り、星々がきらめく頃になっても宴は続いていた。騎空艇内が活気づく中、ルシオも団長にお祝いを告げようと人で賑わう甲板へ顔を出していた。

 日も暮れてきたので、少しは団長の周りに集まっている団員達も落ち着いただろうと予想し、一言でもお祝いの言葉を告げようと部屋から出てきたのだ。尚、形あるもののやり取りは本意ではないため、他の団員達のように誕生日プレゼントの類いは用意していない。

 甲板に向かうと団長は朝と変わらず沢山の人だかりの中心にいた。……もしかすると、朝よりも人が増えているかもしれない。しかし、誕生日のお祝いは当日に伝えなければ意味がない。なので、なんとか沢山の団員に囲まれている団長の元へ向かい、軽い挨拶と誕生日のお祝いの言葉を伝え終える。本日の目的を果たし、人のごった返す甲板から自室へ戻ろうとしている最中に、遠目にふわふわとした焦げ茶の髪をした天司の姿を見かけた。

 彼は物珍しそうにコーヒーリキュールのボトルの柄を眺めながらグラスを片手に、人の少ない端のテーブルで一人で静かに酒を飲んでいた。

 サンダルフォン。

 己の類型である天司長ルシフェルが愛し、自らの命と引き換えにして守り抜いた天司だ。

 かつて、彼はこの空の世界を落とそうとした災厄であった。けれど、現在は亡きルシフェルの意志を継いで新たな天司長として、空の世界を護っている。過去に自身が犯した罪を償いながら、前を向いて懸命に生きる姿をルシオは好ましく思っていた。故に、己の類型である天司長ルシフェルが慈しんでいた存在を同じ船に乗る団員として見守っていこうと決め、度々接触を図ろうと試みたりもしていた。

 ところが、サンダルフォンの方はルシフェルと同じ顔をした自分が受け入れられないらしい。彼はルシオと初めて顔を合わせた日から、今現在まで一貫してルシオの存在を拒絶し続けていた。

『俺にとってあの御方は唯一無二だ!』

 グランサイファーの甲板で初めて顔を会わせた時、そう言って怒鳴ったサンダルフォン。おそらく、彼が愛する天司長ルシフェルは彼にとってとても神聖で尊い存在であると見受けられた。そして、そのルシフェルの喪失はサンダルフォンの中で今なお癒えぬ傷として残っているのだろう。

 ルシオの類型であるルシフェルは公明正大な天司長として何千年もの間、空の世界を守ってきた。公正明大、無私無欲と評されていたルシフェルが唯一、個として愛した存在がサンダルフォンなのだ。

 何千年も人知れず空のために尽くしてきた己の類型が、大切に慈しんできた存在である。そのルシフェルが大切に想っていた存在であるのなら、自分も彼を大切にしてあげたい。そして、同じ艇に乗る仲間としてもサンダルフォンとはで今後とも仲良くやっていきたいとも思っている。

 そっと遠目からサンダルフォンの様子を伺ってみると、チマチマと舐めるように酒を飲んでいたサンダルフォンが、ふらふらと頭を揺らしている。目を凝らしてよくみると、こっくりこっくりと瞼も落ちかけている。「あ、これは眠ってしまうな」と確信した瞬間に、くたりとサンダルフォンの頭がテーブルに突っ伏してしまった。

 気が付くと自然に足が、団員達の人波をぬって彼のいるテーブルに近づいていた。

「サンちゃん、このまま寝ると風邪を引きますよ。部屋に戻りましょう?」

 酔い潰れてしまったサンダルフォンの肩を叩いて部屋に戻るよう促す。

 するとむずるような声を上げながら、ゆっくりと瞼を開いて赤く濡れた瞳が此方を見上げる。

「あ、……ルシフェルさま……」


 安心しきったような幼い笑顔が向けられる。普段は自分に対して沸点の低い不機嫌なサンダルフォンしか知らなかったルシオは蒼い瞳を見開いて固まってしまった。

 しかし、こちらの動揺などお構いなしに酔ったサンダルフォンが甘えるようにそのまま両腕を伸ばして抱き着いてくる。

「おかえりなさい。ルシフェルさま……」

「……サンちゃん?」

「……すぅ……」

「……サンちゃん??」

 酔っ払い、ルシオをルシフェルと誤認してしまったサンダルフォンは、そのままルシオに身を寄せたままふにゃふにゃと身体から力を抜いて、もたれ掛かるように寝入ってしまった。

「やれやれ。……仕方ありませんね」

 流石にこのまま放っておくわけにも行かず、寝入ってしまったサンダルフォンを背中におぶって部屋へ連れて行くことに決める。

「サンちゃん、お部屋に行きますよ」

「んん……ルシフェルさま……」

「…………」


 背中に負ぶさっているサンダルフォンがときおり幸せそうにくふくふと気の抜けた笑みをこぼしながらグリグリとこちらの背中に顔を擦り付けてくる。

 むにゃむにゃとときおり幸せそうにルシフェルの名前を呟いているのを聞きながら、テーブルの上を見るとなぜかグラスがふたつ置かれているのが目に入った。

「…………」

 一瞬、サンダルフォンが誰かと一緒に飲んでいたのかと考えたけれど、このテーブルで彼は一人でコーヒーリキュールを飲んでいた。しかも、サンダルフォンが飲んでいたであろうグラスと隣り合うように置かれているグラスの中身は減った形跡もなく手つかずのままだった。

「……ルシフェル、貴方は本当に果報者ですね」

 優しい夢に微睡むサンダルフォンを背負いながら、ルシオは騒がしい甲板を後にした。

 サンダルフォンを背負って彼の部屋に連れて行こうとするが、酔い潰れてしまっているとはいえ、許可もなく勝手に人の部屋に入るのも如何なものかと考え直す。少し思案した結果、自分の部屋へ連れて行くことにした。



◇◇◇



 静かに寝息をたてているサンダルフォンを自分のベッドへ横たえて、そのまま己も一緒に身を寄せて横になる。小さな一人部屋では寝床はひとつしかなく、一人用のベッドで互いに身を寄せ合って眠るしかない。

 (どうか、彼が良い夢を見ますように)

 すやすやと幼子のように眠る天司の寝顔を見つめながら、祈るように目を瞑る。すると、隣のサンダルフォンが温もりを求めてか、こちらへ抱き着くように身を寄せてきた。

「るし……ふぇ……さま……」

「…………」

 微睡みの中にありながら愛する人を探し、その温もりを求めるように、誰かにくっついて、安心しきったように眠るサンダルフォンの無防備な姿など、いつもの気の強い皮肉屋な彼からはとても想像もつかないだろう。プライドが高く、警戒心の強いサンダルフォンは自身の内側に秘めている弱味や本音、心の奥底の柔らかな部分を、他者に対してさらけ出すようなことは決してしない。

 すっかり眠りに落ちながらもサンダルフォンは無意識にルシフェルの温もりを求めていた。けれど、彼が真に探し求めている温もりは、彼が愛するルシフェルは、この蒼い空の世界のどこにも存在しない。

「……おやすみなさい。サンちゃん」

 この先も、サンダルフォンはルシフェルのいない空の世界で生きていく。

 天司長ルシフェルの代わりに、天司長としてこの先も蒼い空を守るのために戦い続けるのだ。それは今現在、同じ騎空挺で仲間として行動を共にしている空の民や特異点達が亡くなった後も変わらないだろう。

 そして、ルシフェルのことを想いながら、ルシフェルが愛した空の平穏を守り、ルシフェルのいない世界で悠久の時を生きていく。

 そのとき、自分はどうしているのだろうか。そんなことを、ふと考える。

 創世神によって造られ、課せられた使命を果たしながらいつか帰ってくるであろう主を待ち続けていた。しかし、今はただ待つことをせず、空の世界に対してただ見守るだけの傍観者でいることをやめた。主によって造られてから初めて己の意志で個として生きると決意したものの、自身の今後については未だ不明のままである。とりあえず、この空の特異点である団長と神の化身である赤き竜、そして蒼の少女達の運命を見届けようとこの艇に身を置いている。

 今まで、主によって造られてから何万年もの間、命じられるままに、託された使命に忠実に生きてきた。そして、今回の騒動で初めて神の意志とは別に、己自身の意志で、ひとつの個として生きようと、引いていた線を越えて足を踏み出した。個として歩みだしたばかりの自分には、この先どのような運命が待っているのか。特異点を中心としたこの空の未来だけでなく、己自身の未来もまた先の見えない不明瞭なものであった。

 ただ、ひとつ確かなことは、己と同じ悠久の時を生きる存在がいる。

 そして、彼は亡きルシフェルへの想いを胸に、人知れず蒼い空を守りながら、ルシフェルが好んでいた珈琲を人々に振る舞い、この空の世界の片隅でひっそりと生きていくのだろう。

 ルシオは、自分の胸に身を寄せるどこか幼い寝顔を見つめながら、いつか訪れるであろう彼の未来を想像する。

 そして、心の中でそっと祈る。

 せめて、夢の中だけでも彼が愛する人と会えますように。少しでも長く優しい夢を見ていられますように。

 自分に身を寄せるサンダルフォンの温もりを感じながら、ゆっくりと瞼を閉ざした。



end
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