その他

□グラブル
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どうして、ルシフェルさまはおれを造られたのだろうか。己は何のために此処にいるのか。



(何でもいい。あの御方の力になりたい)



ルシフェルさまに造られ、ルシフェルさまの為に存在している自分は、彼のために何ができるのだろうか。毎日、ベッドの上で膝を抱えながらそのことばかり考えていた。いつものように、ルシフェルさまが会いに来てくださったときも、そのことが頭から離れることはなかった。何とか笑みを作り、曖昧に相槌を打ちながらも、頭の片隅では、未だ何の役にも立てていない自分が、ルシフェルさまと同じ席で珈琲を飲み、お菓子を食べ、彼と穏やかに談笑して過ごしている現状に疑問を抱いていた。正直、ルシフェルさまと何を話したのかも覚えていない。上手く笑えていたのかも正直、自信が無い。

それからまた何日か過ぎて、ある日の夜。ルシフェルさまが訪ねてきて、明日から部屋の外に出ても構わないと許可を出してくださった。そして、城内の書庫への出入りを許可してくださった。建物内ならば基本的に自由に出歩いて構わないが、城の外には元天司長であるルシフェルさまに恨みを抱く者や天司としての力を狙う悪しき者達がいるので、けして外に出てはならないと言う。しかし、城の中なら、危害を加える者はいないので、自室と書庫以外を行き来する程度なら自由に出歩いても構わないと仰った。そして、書庫へと案内してくださった。

そして、翌日。今度はひとりで城内を探索する。一人で初めて部屋の外へ続く扉を開いた。広い廊下は薄暗く、殺風景な空間だった。窓はあるものの濃い雲と闇に覆われた外からは光が差し込むことがなく、長い廊下を照らすのは壁に設置されている小さな灯具だけだった。ずっと遠くに見える廊下の果てが闇に覆われているように見える。闇と静寂が支配する空間に、コツ、コツとショートブーツの足音だけが響いていた。人の気配が全くしない薄暗く長い廊下を進む。幾つもの扉を通り過ぎる。自室と書庫以外の余計な部屋には入らない。そう言われているので、無視した。すると、突き当たりの先に下り階段を見つけ、そのまま下へ降りる。踊り場を二回通り過ぎると階段が消え、扉があるのが見えた。扉を抜けたさらにその先へ進むと、舞踏会でも開けそうなほど広い正面玄関が眼下に広がる。どうやら玄関ホールの二階に出たようだ。階段を降りて、まっすぐ正面玄関へ向かう。



(この外はどうなっているのだろうか)



窓から見下ろした様子からは、この正面玄関の外は石畳となっており、城門の跳ね橋へ続く通路となっていた。この扉の外まだ敷地内の範囲の筈だ。正面への道は閉ざされた跳ね橋へ続いているけれど、石畳の通路を脇にずっと進むと広い前庭に続いているのが窓から見えていた。遠目からではなく直接、その庭の様子を見てみたい。城の敷地内から出る訳ではないし、庭の様子を見てみても問題ないだろう。好奇心の向くままに、扉の取手を掴む。

そのままドアノブを捻ろうとしたところで、その手に誰かの大きな手が重ねられた。



「サンダルフォン。一体、何処に行くつもりだい」



恐る恐る振り返ると其処にルシフェルさまがいらっしゃった。



「私は外に出てはならないと行った筈だが」



無表情だけれど、その声は少し堅かった。怒らせてしまったかもしれない。失望させたかもしれない。けして、言いつけを破るつもりはなかった。浮かれ過ぎて、判断を誤ってしまった。己の軽率な行動のせいで、この御方の信頼を失い、もう二度と微笑んでくれることが無くなってしまうかもしれない。想像してその恐ろしさに全身が冷たくなっていくような感覚がした。



「も、申し訳ありません。少し、庭の様子を見てみたくて……」

「サンダルフォン、君は天司だ。天司である君は何かと邪悪な者たちに目を付けられやすい。その上、この幽世の地には私に恨みを抱く者も多い。敷地内とはいえ、君をあまり外には近づけたくはない」

「はい……」



自分の浅慮が恥ずかしくて、今すぐ消えてしまいたい。何の感情も乗っていない平坦な声に、涙が出そうになった。この御方を失望させてしまったかもしれない。どんな目で自分を見下ろしているのか。怖ろしくてとても彼の顔を見ることが出来ず、キュッと唇を噛んで下を向くことしかできない。




「……だが、中庭なら」



考え込むように少し間を置いて、ゆっくりと言う。



「中庭なら、好きに出入りしても構わないよ」

「え?」



予想もしていなかった言葉に驚いて、顔を上げると、穏やかな蒼が自分を見つめていた。



「君を外に近付けることはできないけれど、中庭を案内しよう。おいで、サンダルフォン」



手を引かれて、歩き出す。ホール横の扉から長い通路を通って、外回廊に出ると、そこから庭が見えた。

サラサラと水の流れ出る噴水と、その近くに置かれた白い丸テーブルと二脚の椅子。噴水を中心軸に咲き誇る色鮮やかな赤い花とそれらの空間をまるで取り囲むようにそびえ立つ木々。

外部からの干渉を拒むように沢山の木々で囲い込まれた其処は、どこか閉鎖的ながらも緑豊かなとても美しい庭だった。



「とても、綺麗な花ですね……」

「この花は、君の鮮やかな瞳の色と似ていたので此処に栽植してみたものだ。気に入ってもらえただろうか」

「え?」



告げられた言葉に驚いて相手の顔を見上げると、彼はとても優しい目でこちらを見つめていた。まるで、親が子を慈しむようなそんな柔らかな笑みを浮かべている。



「この庭は君と二人で過ごすために設けたものだ。君さえ良ければ、明日から、此処で珈琲を飲もうか」



ルシフェルさまが、おれのためにわざわざ用意してくださった。中庭で彼と珈琲を飲もうと言ってくれている。うれしい。とてもうれしい。うれしいけれど、同時に心が苦しくなった。本来、ルシフェルさまに尽くす立場の自分が、何の役にも立てていないのに、彼が己のために親身に心を砕いてくれているという現状が辛い。この御方から与えられる好意が全く釣り合いが取れていないのだ。分不相応な過ぎた幸福がとても恐ろしい。



「サンダルフォン……」



返す言葉も持たずに、俯いてしまった自分を気遣うように名前を呼ばれる。



「やはり、この庭は君の好みではなかっただろうか」

「そんなことはありませんッ!」



淡々と零された言葉に、ハッと弾かれたように顔を上げ、反射的に否定する。



「ただ……おれのためにわざわざ用意してくださったと聞いて……驚いてしまいました……。此処は美しい花が咲き、緑豊かなとても素晴らしい庭だと思います。ありがとうございます。ルシフェルさま」



感謝の言葉を必死に言い募る。この御方に気を遣わせて、顔色をうかがわせてしまった。せっかく、彼が用意してくれた美しい庭を前に、自責の念にかられて、与えられたものを素直に喜ぶこともできずに身を縮こませることしかできない。そんな自分に嫌気が差した。







それから、毎日ルシフェルさまと中庭で珈琲を飲むようになった。

朝起きて、フラフラと城内を出歩き、彼に教えてもらった書庫で適当に時間を潰してから、中庭へ向かう。そして、ルシフェルさまを待ちながら、未だに上手く飛ぶことができない翼を動かしたり、喫茶の準備をしたり、書書庫から借りてきた本を読んだりする。

一日のうちルシフェルさまは数時間ほど城内を留守にされる。なので、彼が不在の間は、殆どを自分の部屋で珈琲を淹れる練習や飛ぶ練習をするか、書庫に篭って本を読んで過ごしていた。そして、ルシフェルさまが帰って来る気配を感じたら、中庭へ向かう。

時たま廊下で堕天司の姿を見かけるけれど、彼らは特に話しかけてくることはなかった。チラリとこちらを一瞥するだけですぐに何事もなかったように自分が向かうべき場所へと立ち去っていく。そんな彼らにこちらからも敢えて話しかけることはしなかった。

そうやって、中庭でルシフェルさまを待っていると視線を感じることが多々あった。不思議とルシフェルさまが居るときはそれらの気配は全く感じないけれど、彼がいない時は、回廊の向こう側や四方の壁のあちらこちらから、複数人に見られているような感覚がべったりと身体中に纏わり付いてきた。振り返るとそこに遠目にだけれど人影が見える。しかし、すぐに姿を消してしまうため、詳しい姿はよくわからない。おそらく、ルシフェルさまの部下の誰かだろう。日が経つに連れて視線を感じる頻度が増えてきて、廊下を歩いているときや、書庫で本を読んでいるときにも視線を感じるようになった。

そんな日がひと月ほど続いたある日。いつものように書庫で中庭の植物について調べていたら声を掛けられた。



「おい」



はじめはこちらに話し掛けているとは全く気が付かなかった。まさか、ルシフェルさま以外の誰かが自分に接触してくるとは思ってもいなかったのだ。肩を掴まれて強い口調で「おい! お前ッ」と呼び掛けられて、初めて自分が呼ばれていたのだと理解した。机の上に広げていた図鑑から顔を上げて、肩を掴んでいる相手を見上げる。そこにはあの御方と同じように頭から角を生やした堕天司の男が険しい顔をして此方を見下ろしていた。



「単刀直入に聞く。お前は、ルシフェル様の何なんだ?」



唐突に投げ掛けられた質問の意味がわからなかった。突然、何の断りもなく詰問されて反発心が湧き上がったけれど、相手が発した『ルシフェル様』という名前にグッと苛立ちを抑える。おそらく、この堕天司もあの御方の大切な麾下である。



「おれは……あのルシフェルさまに造られた天司だ」

「あの御方が、天司を?」



男が不可解そうに眉を寄せた。



「なら、お前は何をしているんだ?」

「特に何もしていない」

「は?」

「強いて言うなら、あの御方と珈琲を飲んでいる」



おれの返答に、困惑したように相手の瞳が見開かれ、言葉を失っている。しかし、その瞳は雄弁に語っていた。こいつは一体、何の為に造られたのか、と。

それは此方の方こそ知りたい。あの御方に造られ、彼の役に立つ為に存在している筈なのに、未だ何の役目も伝えられることなく、ただ彼の帰りを待ち、中庭で共に珈琲を飲むだけの毎日。力になるどころか彼に庇護され、ひとり安穏と日々を過ごすだけだ。

目の前の堕天司はおれとは違う。この男はルシフェルさまの部下だ。堕ちても尚、彼に付き従い、仕える天司達。何があろうと彼を支え、共に歩むことができる者。

心が鉛のような重たく苦しい気持ちになり、俯いてギュウっと両手を握りしめる。男に対して、羨ましいと感じてしまった。狡いとも思ってしまった。対比して、自分の存在が何の役にも立たない惨めなものだと痛感させられた。無言で男の隣をすり抜け、逃げるように書庫から出て行く。廊下を駆け抜けながら、幾人もの堕天司とすれ違ったけれど、誰も声を掛けては来なかった。きっと、彼らは自分のことを不審に思っているのだろう。あの男のように。

自室に戻り、ベッドに飛び込み、目を瞑る。どうすれば、あの堕天司達のようにあの御方の力になれるのだろうか。どんなに小さなことでもいい。ルシフェルさまの為に何かをしたい。彼が帰ってくるまで、ひたすらそのことばかりを考えていた。
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