忍たま
□雷蔵と三郎狐
5ページ/5ページ
「どうして、僕の名前を知ってるんだ?」
「…さっき雷蔵の友達がそう呼んでいるのを聞いた」
どうやら、三郎は雷蔵達が遊んでいるのをずっと見ていたらしく、その友人達とのやりとりから雷蔵の名前を知ったらしい。
「君は以前、怪我をして力尽きようとしていた私を助けてくれたことがあっただろう?その礼をしたい」
「え…お礼だなんていいよ。その気持ちだけで充分嬉しい」
まさか、三郎狐が雷蔵のことを覚えていて、さらに恩返しに来てくれるとは思わなかった。悪戯狐の義理堅い一面に驚きつつも、雷蔵はその気持ちがとても嬉しかった。
「ありがとう」
少しでもこの喜びが伝われば良いなと、雷蔵は心を込めて大切にお礼の言葉を告げた。
しかし、三郎は黙り込んでしまった。お面を被っているので彼がどんな顔をしているのかがわからない。重い沈黙が二人を包む。
せっかく恩返しにわざわざ村にまできてくれた三郎の好意を無下に断ったことで、気を悪くしてしまったのだろうか。
充分あり得る展開に、不安になった雷蔵は慌てて謝る。
「せっかく来てくれたのに、ごめんよ。今日はもう遊びには行けないんだ。僕は今、皆と遊んでいる最中だし、日も暮れてきてそろそろ家にも帰らないと行けない」
「……」
申し訳なさそうに雷蔵が告げると、とうとう三郎はうつむいてしまった。お面で顔は見えないが、しょげた肩がとてもガッカリしているように見えて雷蔵の心がチクリと痛んだ。
「…でも、明日の午後なら遊べるよ」
「え?」
うつむいていた三郎が顔を上げた。
「午前中は家の手伝いがあるから無理だけど、午後からなら時間が空いているんだ。それでよければ一緒に遊ぼうよ」
「わかった。なら、明日。例のアケビの木の下で待っている」
雷蔵の提案に、三郎は打って変わって弾んだ声で答えた。
「それじゃあ、雷蔵。また明日」
三郎が雷蔵の両手をがっしり、掴んでお面越しに額を合わせてきた。
突然、近づいてきたの距離の近さに勝手に体が強ばった。間近に迫った三郎のお面が怖い。腰が引けて、後ろに下がろうとすると掴まれた両手を前に引かれた。
「うわぁっ」
視界いっぱいに三郎のひょっとこが広がった。
ぐにゃりとお面が大きく歪んで視界がゆらゆら揺れる。何が起きたのか理解できないまま雷蔵の意識は闇に覆われて途絶えてしまった。
*
「雷蔵!雷蔵!」
周囲がざわざわと騒がしい。大勢の人間の気配が自分を取り巻いているのを感じた。ゆっさゆっさと誰かに体を揺らされている手荒い感覚と、ペチペチと頬を叩かれる軽い触感に意識を浮上させる。
「ん…」
ゆっくり開かれる瞼。目を瞑っていた暗がりから、明るい世界へと急転する視界。
「雷蔵が目を覚ましたぞ!」
松明を片手に村人達が雷蔵を囲んでいた。
目覚めたばかりの雷蔵には炎の明るさがやたらと眩しかった。ゆっくり視線をさ迷わして辺りを伺うと周囲には見覚えのある農機具や農作があった。どうやら、自分の家の納屋にいるらしい。
「雷蔵!どこ行ってたんだよ!探したじゃねぇか」
涙で目を潤ませた友人――八左ヱ門が雷蔵の方へ身を乗り出して胸ぐらを掴んで怒鳴った。彼の周りにいた友達は皆泣いていた。八左ヱ門の目元も擦ったのか赤く腫れていた。
雷蔵は今の事態に全く付いていけない。そんな雷蔵に村人達から何があったのか説明をされた。
雷蔵はかくれんぼをしている最中に突然、消えたことになっていた。
いつまで経っても鬼役の雷蔵が探しに来ないので、不安になった子供達は皆で雷蔵を探した。しかし、いつまで探しても見つからないので大人達に事情を話して村人総出で雷蔵の捜索をしていたという。
「しっかし、おかしいなぁ…。納屋はさっき探したはずなんだけどな」
首を傾げる村人に、そんなことどうでも良いじゃねぇかと笑う村人。
「不破んとこの坊主が見つかったんだから。捜索は打ちきりだ」
雷蔵が見つかって良かった良かったと村人達は、各々自分達の家に帰っていった。雷蔵の友達も親に連れられて家に帰って行った。
納屋には雷蔵の両親と何人かの村人だけが残った。
その後、雷蔵は大人達から「何処に行っていたのか」「誰かと会ったのか」など質問責めにあったが、雷蔵は「何も覚えていない」とだけ答えた。
雷蔵は三郎狐のことを誰にも話さなかった。
何を聞いても雷蔵の答は要領をえないものばかりだったので、村人達は恐らく雷蔵は神隠しにあっただろうと結論付けた。
以後、村では夕暮れ時の隠れ遊びは神隠しが発生するということで禁止された。