忍たま

□雷蔵と三郎狐
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雷蔵と仏像



翌日、雷蔵はアケビを求めて山に入った。すっかり秋色に染まった鮮やかな自然を楽しみつつ、アケビが自生している場所まで辿り着くと、そこには子供一人分ほどもある木彫りの仏像が立っていた。

見慣れぬ仏像を通り過ぎ、甘く熟したアケビを手に取る。両親の分と雷蔵の分の三つだけ取り、それらを懐にしまった。

山の恵みはみんなのもの。

必要最低限だけもらい、余分に取ってはならないと言われている。

なので、三つだけもらって帰ろうと踵を返すと、再び仏像の姿が視界に入る。



ポツンと立っている見慣れぬ木彫りの仏像。



「……」



何だか、気になる。

もしかすると、修験僧か誰かが彫った像を置いて行ったものかもしれない。

雷蔵はふたたびアケビ一つ取り、それを仏像の前に置いて、軽くお辞儀をして両手を合わせる。



(神様。いつもありがとうございます。今日も、良い一日でした)



そして、一度ペコリと頭を下げて顔を上げた。

すると、そこには…



仏像の姿はなかった。

そして、仏像の代わりに一匹の狐がアケビを貪っていた。



「え…」



呆然としたように佇む雷蔵の視線に気付いたらしく、狐は一度だけチラリと視線を寄越したが、興味もないのかすぐにアケビを食べることを再開する。

雷蔵はぽかんと口を開けて、狐がアケビを食べ終えて去っていく姿を見送ることしかできなかった。



*



家に帰って母親にアケビを渡し、ついでに山であった出来事を話した。

雷蔵がまた三郎狐に騙された、と唇を尖らせると、母親は「あらあら」と応えて笑う。



「でも、雷蔵に何ともなくて良かったわ。三郎狐はね、人間嫌いでとても意地悪で残酷だって噂なのよ」

「残酷?」



ここで思わぬ単語が出てきて、つい聞き返す。



「何でも、妖術で人を化かしては肥溜めや斜面に落としたり、地蔵を背負わせたり、馬糞を食べさせたり、色々と酷い悪戯をするみたいよ」

「へぇ…」



相槌をうちつつ、雷蔵の心の中では信じられないという驚きが広がっていた。

雷蔵は二度も化かされたが、今のところ、肥溜めに落とされたり、馬糞を食べさせられたりといった酷い仕打ちを受けたことはない。

今日だって、狐と知らずに供えたアケビを食べられてしまったものの、雷蔵の持っていた他のアケビは盗られてはいない。



「もしかすると、雷蔵は子供だから、酷いことをされなかったのかもしれないわね」

「どうして?」

「悪戯が好きな三郎狐はまだ子供の狐なのかもしれない。だから人間とはいえ同じ子供である雷蔵にあんまり酷いことはできなかったのかもねぇ」

「…ふーん」



悪戯ばかりする狐の子供。

一度目の悪戯は驚かされてからかわれた。

二度目は、三郎が仏像に化け、騙された雷蔵が供えたアケビを食べただけ。アケビが食べたかったのなら、近くの木からとれば良いのに、わざわざ雷蔵が供えたアケビを食べたのだ。

人間嫌いで悪戯が好きな子狐は、もしかするとひとりぼっちで寂しいのかもしれない。

夜、布団に入って眠る頃、雷蔵は何となく三郎狐のことが気になってあまり眠ることができなかった。

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