忍たま

□悪戯狐と幸福狐
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あるところに三郎と雷蔵という二匹の狐がいた。

雷蔵は心優しく人間にも友好的な徳の高い狐であった。反対に、三郎は人に乗り移ってからかったり、人間を化かして騙したりする悪戯狐であった。お互いに正反対の性質であったが、三郎も雷蔵もとても仲が良く二匹で一緒に暮らしていた。

そして、とある小さな村に貧しい夫婦が住んでいた。

ある日のこと、気まぐれに三郎が妻に乗り移り、妻が狐憑きになった。

夫は、妻に狐が取り憑いたことをたいへん幸運なことだと思い、毎日とぼしい家計の中から工面して妻に取り憑いた狐をもてなした。

三郎は困惑した。

彼は人間に取り憑いたり、化かしたりする悪戯者であった。

なので、自分をもてなすご馳走が人間から振る舞われて大層おどろいた。面食らいながらも、とりあえず男の様子を観察し、眼前の男が何を企んでいるのかとその本心を探ろうと警戒をする。

そうして幾日かが過ぎたある日、とうとう痺れを切らした三郎は男に聞いた。



「お前の家はたいそう貧乏なのに、日頃の様子を見れば、とてもこの家には相応しくない豪華な食事が出る。これは一体どういうことなのか」



男は妻の体に取り憑いた三郎に頭を下げて答える。



「はい。私の家はご覧のとおり、年がら年じゅう貧乏な生活をしております。ところがこの度あなた様が私の妻に取り憑いて下さったので、やっと私の家にも福が舞い込むことと思ってこうして家財を手放してでも御馳走を差し上げている次第なのです」



妻に取り憑いた三郎は、甚だ迷惑そうな顔をした。



「そういう話を聞いたのでは、私は最早ここに留まり居るわけにはいかない。一刻も早く立ち去ることにしよう」



立ち上がろうとする三郎に、今まで必死の思いのやりくり算段で妻に取り憑いた狐に尽くしてきた夫はびっくりして取りすがった。



「いや、待って下さい。今あなた様に去られたのでは、今までの物入りは全てご破算になってしまい、入ってくる筈の福も得られなくなってしまいます。いつまでもここに居て下さらんか」



必死になって頼み込む男の頭を見下ろして三郎は事も無げに言う。



「それはお前達人間が勝手に考えたことだろう。私達狐の中にも、人に福を与える狐と、福を与えることができない狐とが居る。私は、後者の狐だ。……しかし、今まで御馳走になった手前もあることだし……ふむ」



三郎は暫しの間考え込んで、手を打った。


「そうだ、そのお礼に福を福を与える狐と入れ代わって、お前に福を授けることにしよう」



三郎の言葉に一理ありそうではあったが、男は納得しなかった。

何しろ、乏しい家財を売ってまで尽くしてきたのである。ここで狐に逃げられたら、元も子もない。



「仰せられることはもっとものように聞こえますが、万一代わりの狐が来てくれなかったとしたら、私の家はたちまち破産してしまいます。どうか、お代わりになると言われるのでしたら、その福を与えるという狐をここにお呼びになってから、入れ代わりに立ち退いていただけないでしょうか」



それも一理ある。三郎は成る程と、男の申し出を承知した。

次の日の夜、三郎は福を与えることができる狐である雷蔵の元へ向かい、事情を説明した。



「という訳だ。君は人間の幸せを心から願い、行動できるやつだ。これはそんな雷蔵にしか頼めないことなんだ。どうか頼む」

「わかったよ。できる限りのことはしてみる。でも、お前もちゃんと力を貸してくれよ」

「勿論だ。ありがとう。雷蔵」



話を聞いた雷蔵は、また三郎が仕出かした悪戯とその結果に呆れつつも、彼の真摯な頼みをすぐに承知した。

翌日、妻に取り憑いた狐・三郎は男に向かって言った。



「昨夜仲間の狐に頼みに行って、入れ代わりに来てもらうことにした。今度憑く者は、お前に福を授けてくれるだろう」



そして、三郎は家の外に出た。

五、六歩歩いたと思ったら、妻の体はどすんと仰向けにひっくり返ってしまった。

この瞬間、妻の体に憑いていた三郎が体から去ったのである。



その直後にするりと雷蔵が三郎と入れ替わり、妻の体に取り憑いた。

三郎からの申し送りがあったので、何とか男に福を授けたいものと昨夜から頭を捻っていたのだが、何しろこの夫婦はとても貧乏である。家にも何もない。みんな、悪いことばかりである。その悪いところから、なんとかして福のもとが生じないだろうかと、霊力で家の中の福の欠片を探しながら、雷蔵は一生懸命に考えた。

そして、やっとひとつのことを思い付いた。



「あなたは僕の大事な友人を尊敬し、親切にもてなしてくれた。お礼に少しばかりの福を授けようと思います」

「本当ですか!」



男は身を乗り出してたいそう喜んだ。

無理をして御馳走したかいがあったというものである。何しろ今の男の生活は極貧である。これより少しでも良くなれるのなら、この上の望みはない。

妻の体に入っている雷蔵は、身を正すと言った。



「あなたには、確か以前娘が一人いましたね」



娘と言われて、男は思い出した。確かに、妻との間に娘が一人生まれた。けれども、貧乏な上に、妻は乳も満足に出ない身であった。とても育てていくことはできなかったので、生まれて間もない子を二人して棄ててしまったのである。あれから、かれこれもう二十年近くなる。娘はとうに死んだものと思っていた。

雷蔵は重ねて言った。



「娘さんは、いま幸せに暮らしています。あなたは、やがて娘さんと再会することができるでしょう。しかし、それはただの一度だけ。重ねて会いたいと思う心があれば、せっかくの福も授けることができなくなってしまいます。もしこんなことでよければ、叶えてあげることができますが」

「本当ですか?!ありがとうございます!」



心ならずも棄ててしまった娘が生きており、しかも会うことができるというのである。

男はすっかり嬉しくなってしまって、目の前の妻の両手を握り締めた。




「本当にありがとうございます! それでは…ちょっと」



そして、また無理をして雷蔵への御馳走を用意しよう外に出ようとした。





「あ、あの! 僕は別に御馳走とかそういうのはいりません!」


慌てて雷蔵が断った。

そして、「ちょっと良いですか?」と、男を座らせた。

そんなことをしてはとても生活していけない、今後は分相応に細々と生活するようにと男に厳重に注意を与えた。

男は素直に雷蔵の言葉を聞いた。

やがて、その日のうちに雷蔵は妻の体から去っていった。



狐が落ちて正気に返った妻に男が問いかけると、妻は、今までのことは何一つ知らないという。

男は雷蔵の言ったこと一部始終を妻に話して聞かせた。

妻に憑いた狐は去ってしまったが、男には生きる希望が湧いてきた。

娘に会えるというのである。

以後、夫婦は朝から晩まで一生懸命に働いた。

しかし、雷蔵が約束した娘に会えるという日はなかなかやってこなかった。一ヶ月経っても、二ヶ月経ってもこなかった。



(あいつらは嘘吐き狐だったのだろうか…)



そのように思い始めた頃、京の辺りから来たという二人の少年があらわれた。

同じ顔をした二人の少年は、明日に娘さんが参上するから必ず家に居てほしいとの口上を述べて立ち去った。

狐の言葉は本当だったのだと、夫婦は大喜びで、娘の訪れるのを待った。

翌日、娘が訪ねてきた。

これがみすぼらしい自分たちの産んだ子には思えないほど、綺麗な女になっており、再会した親子は手と手を取り合い、泣く泣く語り合った。

日暮れどき、娘は両親にお金を手渡すと、名残惜しげに家を後にした。

以来、娘から毎月お金が送られてくるようになり、夫婦も精を出して働いたので、暮らし向きはぐっと良くなった。

雷蔵との約束を守って、その後親子は二度と会うことはなかった。

なんでも両親に棄てられた娘は拾われた人によって島原に売られ、このときは評判の大夫になっていたとのことである。



そして、三郎は今回の一件で懲りたのか、ほんの暫くの間だけ人間に悪戯を仕掛けることを自粛したそうな。


END.
 

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