忍たま
□見えないところも気をつけるべし
1ページ/1ページ
明日の五年ろ組の実習は女装をして町の情報(町に出入りしている外部の商人や、客層、市場の把握などの情報)をそれぞれ分担して集めなければならない。
不破雷蔵はその前日に部屋で女装の準備をしていた。
数ヶ月前に女装の実習に使った女物の衣服を引っ張り出し、次に化粧道具を探して自分の荷物を片っ端から出しては漁っていた。
風呂から戻ってきた鉢屋三郎は部屋の惨状に目を丸くした。
部屋の半分(いつも雷蔵が眠っている方)が、雷蔵の衣類や忍具、書物などの私物で埋まっていた。その真ん中で、雷蔵は部屋の入り口に背を向けて何か思い悩むように首を傾げて考え込んでいる。
とりあえず、雷蔵の私物を踏まないように注意しながら、自分の居場所に移動して、腰を落ち着ける。
「なぁ、雷蔵。もしかして、いまから大掃除でもするのか?」
「あ、お帰り。三郎。ごめんよ、こんなに散らかしちゃって。明日の女装の実習の準備をしてたんだ。ちょうど化粧道具も見つかったし、すぐに片付けるよ」
「なるほど。そういうことか。それならついでに明日の予行演習ということで、僕が見てあげようか?」
「え、いいのかい?」
「全然構わないよ」
確かに、変装の名人である三郎に、女装について聞いてみるのも良いだろう。
さっそく雷蔵は床に並べていた女物の小袖を身に付け、手早く白粉や紅などの化粧を施した。
「ど、どうかな?」
「う〜ん…」
衣服の柄を見せるように両手を広げて、小首を傾げながら問いかける。
三郎は眉を寄せて何やら迷うように唸っている。
「雷蔵の女装は大雑把過ぎる」
一言でスッパリ切り捨てられたショックで固まる雷蔵をよそに更に言葉を続ける。
「衣服や化粧については特に問題ない。ただ…」
三郎がペラリと着物の裾を捲ると、脛毛の生えた足。
「女装するときには髭も脛毛も完全に剃るのは常識だ。明日の実習は学園の授業の一環とはいえ、忍としての変装。完璧な女に見られるようにする為には見えないところにも気を付けなければならない」
三郎の指摘はもっともである。しかし…
雷蔵は項垂れるように顔を伏せる。
「毛を剃るのは痛いから苦手なんだ…」
ぽつりと雷蔵が溢した呟きに、三郎が心配するように、俯く顔を下から除き込む。
「毛を剃るのが、痛いのかい…?」
「うん。肌がヒリヒリして、血も出るし、あれはどうしても苦手なんだ…」
大雑把な雷蔵は、脛毛処理の際に肌を痛めさせてしまうのだということに三郎は気が付いた。
「なら、僕が雷蔵の脛毛処理をしてやろう」
「えぇっ?! い、いや、別にいいよ!」
「心配するな。私はそういう細かい作業などが得意なんだ。雷蔵の肌を傷付けたりしないよ」
さも当然の如く言う三郎に、びっくりして断るが、結局なし崩しに押し切られてしまった。そして、風呂上がりに三郎が雷蔵の脛毛処理をすることになった。
◇◇◇
「ただいま。三郎」
「おかえり。雷蔵。準備は出来てるよ。さ、こっちに来てくれ」
「わかったよ」
風呂上がりに部屋に戻ると、さっそく半固形状の何かを脛に塗られる。三郎曰く雷蔵の肌を痛めないようにするための塗り薬だという。
「いいかい。始めるから、動かないでくれよ」
剃刀を取り出して雷蔵に動かないように注意を促して、ゆっくりと脛に刃をあてる。
真剣な眼で全神経を雷蔵の脛に集中させて、ゆっくりと毛を剃っていく。
三郎の前に素足を晒して、脚に触れられている状況が、まるで、まな板に乗せられた魚のようで、何だか気持ちが落ち着かない。
雷蔵は羞恥のあまり逃げ出したくなった。しかし、三郎が雷蔵の為に真剣に頑張ってくれているのでそれを邪魔するようなことはとてもできない。元はと言えば脛毛の処理も上手くできず、未熟な女装しかできない雷蔵の為にやってくれていることなのだから。
雷蔵の中途半端な女装は変装の達人である三郎には見るに耐えないものだったのだろう。
三郎の言う通り、授業の一環とはいえこれはお遊びの変装ではない。小さな後輩を相手にしたおふざけの変装とは違うのだ。
雷蔵は恥ずかしさをぐっと堪えて、自分の脚を固定する三郎の手と、優しく毛を剃る刃の感覚に忍耐強く耐えた。
「さ、剃り終わったよ。あとは最後にまた薬を塗るだけだ」
丁寧な手付きで雷蔵の素足を這う三郎の手。
羞恥から三郎をまともに見ることができずに下を向いて頬を赤く染める雷蔵。
恥ずかしさをこらえながらも三郎に大人しく身を任せる様子があまりにも可愛いくて、胸の奥から温かい愛おしさがじんわりと広がっていく。知らず知らず口元も緩くなる。
次回の女装の実習の時にもまた雷蔵の脛毛の処理をしてやろうと今からひそかに目論む三郎であった。
◇◇◇
そして、翌日。
先生から、化粧の施し方や脛毛の処理まで細かい所にまで気を使う繊細さを三郎とともに二人一緒に誉められた雷蔵だったが、その心境はちょっと複雑だったりする。
隣には、雷蔵と二人で一緒に先生から誉められてご機嫌な三郎がいる。
その姿はいつも通り細部まで雷蔵の姿を真似した女装姿である。
ご機嫌な三郎を見つめながら、次回からはこの同級生の手を煩わせることなく一人でちゃんと脛毛処理ができるようになろうと胸に誓う雷蔵であった。
END