忍たま

□変質する不変の羨望
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尊敬していた父は、とうとう家には帰って来なかった。

私にとって兄のような存在だった…彼の元へ行ったのだ。

口で何と言おうと、父は家族よりも彼を選んだ。
母と自分は捨てられたようなものである。

父に捨てられたような、

彼に父を奪われたような、


二人にいっぺんに裏切られたような気がした。

強烈な疎外感と寂しさに襲われ、悲しみに胸を潰されるような思いだった。

怒りと憎しみに胸を焼かれ、焼け焦げた胸に、今度はぽっかりと暗く大きな穴が空いた。誰でも良いから、この空虚な穴を埋めて欲しかった。

見たくない現実から目を逸らすように酒に溺れた。孤独を埋めるように女の体に溺れた。





『この子、利吉君に似ているね』





淡々と呟かれた言葉に背筋が冷たくなった。

まるで、咎めるような彼の瞳が忘れられない。

父と彼の孤児院に子供を預けた。



これは二人への醜い復讐なのか。当て付けなのか。無責任にも我が子を放り出した己の醜い人間性に吐き気がした。


気が付くと足が勝手に忍術学園へと向かっていた。広い門を前に黙って立ち尽くす。

もう此処には父も彼も

彼らの教え子達も

誰も居ないのに…。

なのに

どうして此処に来てしまったのだろうか。

門の向こうから、昔よく耳にした子供達の明るい喧騒が聞こえてくる。もうそこに自分の知っている小さな子供達はいないのに、幼い彼らが遊んでいるのではないかと馬鹿げた幻想が頭をつい過ってしまう。

以前は、よく学園に足を運んでいた。


子供達の笑い声の絶えない日だまりの箱庭の中で、食堂のおばちゃんの作った美味しいご飯を食べていた。

かつて此処は、自分にとっての安息の場所だったのだ。

何かに導かれるように、届かない過去を追い掛けるように、ふらふらと扉に手をかけて中に足を踏み入れる。




「ようこそ、忍術学園へ。入門表にサインをお願いしまーす!…って、あれぇ?利吉さんじゃないですかぁ。お久しぶりでーす。てっきり山田先生達が辞めちゃったのでもう学園にはいらっしゃらないのだとばかり思ってました。またお会い出来て嬉しいです。今日は何の御用ですか? とりあえず学園長のところまでご案内しましょうか。あ、そうだそうだ!その前に、入門表にサインお願いしまーす!」



胸元にでかでかと『事務』と書かれた忍装束。
苦汁を味わったことも無さそうな甘ったれな童顔。
へらへらとした締まりのない笑いに、間の抜けた明るい声。

以前と全っっっく変わらないへっぽこ事務員が入門表を片手に出迎えてくれた。

…すっかり忘れていた。

忍術学園にはコイツも居たのだ。

己の仕事もろくにこなせないへっぽこ事務員は、あいもかわらず能天気に幸せそうに笑っていて…。




「…ん? 利吉さん? えっ!? な、なななな何で泣いてるんですかぁ?! 大丈夫ですか? お腹痛いんですか? 変なもの食べたんですか ?今、新野先生か保険委員の子たちを呼んで来ますからちょっと待ってて下さい!…う、ぐっ!ち、ちょっとぉ、利吉さぁん!うっ、ううう腕がぁ!いっ痛いです!手ぇ離して下さぁい!先生達を呼びに行けませんってばぁ!」




うるさいぞ。おめでたい頭をしたへっぽこ事務員め。

少し黙っててくれないか。


お前の呑気な姿があんまりにも変わっていないから、何だか知らないが勝手に泣きたくなってしまっただけだ。

今はもうまともに呼吸をするのも苦しくて苦しくて仕方がないんだ。

人は呼ばなくていいから。

ぎゃーぎゃー騒がずに静かにしててくれ。

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