忍たま

□幸せと本能
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食満留三郎は戦場で白い影を見た。

負傷した自分を覗き込む白い何か。

そいつはせっせと留三郎の傷の手当てをしているらしく、止血の為に包帯を巻いている最中だった。

朦朧とする意識を叱咤してよく目を凝らしてみると、朧気だった影が明確に形付いてくる。

白かったそれは修験者のものだった。

ドキリ。

何やらいやに不穏な感覚が胸を過った。鼓動が速くなる。

脳裏にはかつての親友の柔らかな笑顔が浮かび上がり、重く詰まった胸は呼吸をするのが苦しくなる。

心臓の辺りに手を当てようと腕を上げると、意識を失ってもけして手離さなかったらしい鉄双節棍が目に入った。

己の身を守る為の大切な得物。長年愛用してきた相棒も当然の武器である。

握る手に思わず力が入る。



「…伊作」



掠れた声で呟くと、薬箱を物色していた白が振り返った。

大型の白い頭襟から覗く柔らかな髪。留三郎を見下ろす大きな猫目。その瞳も表情も昔と何も変わっていなかった。

善法寺伊作。

彼は昔と何も変わっていなかった。



「留三郎!良かった。気が付いたみたいだね。大丈夫かい?君、結構酷い怪我だったんだよ。応急措置は施したんだけれど、一応仲間と合流した後にでももう一度しっかり治療してもらってくれ」



己の身体を見やるとあちこちに包帯が巻かれていた。



「戦場で留三郎を見付けた時は心臓が止まるかと思ったよ」



留三郎を助けることが出来て良かった。
そう言って、処置を終えた伊作は安心したように微笑むと自分の脇に置いてある荷物をまとめて立ち上がった。

次の負傷者の元へ向かうつもりなのだろう。

なんだか無性に腹立たしくなって伊作を睨み付ける。



「伊作。どうして…お前が、こんな処にいやがるんだ」



かつて、食満留三郎は善法寺伊作の幸せを願っていた。

だから、彼が忍の道を歩まないと聞いたときには正直とても安堵した。

心に刃を持たない伊作は忍には向いていない。

学園の忍務や課題においても怪我人の救助に全力を注ぎその度に課題や忍務を失敗していた。
何人もの人に、腕は悪くないがお前は忍に向いていないと言われてきたのだ。留三郎も伊作に忍を目指すことを諦めるように言ったことがある。

誰かにそう言われる度に伊作はいつも困ったように笑っていた。

なので、卒業前に伊作が忍になることをやめ、医学の道に進むのだと聞いて深く安堵したのは恐らく留三郎だけではない。同級生達や教師達も同じく伊作の選択に胸を撫で下ろしていたのだ。

留三郎はこの心優しい不運な同室者の幸せを願っていた。

伊作の優しさには幾度も助けられてきたし、留三郎も伊作を何度も助けてきた。
卒業し進む道を違えても留三郎は伊作の幸せを願っていた。

何処か自分の知らない小さな村か街に住み、そこで伊作は医者か薬師として、その温かな人柄ゆえに人々に慕われ、嫁でも貰って幸せに暮らしてほしい。

そう願っていたのだ。

卒業後の伊作が何をしているのかは留三郎にはわからなかったが、この世の何処かで善法寺伊作が医者として平穏に暮らしているのだと思っていた。

しかし、彼は戦場にいた。

つい今しがたも留三郎の手当てをしていたのだ。


善法寺伊作は忍たまだった時と何も変わっていなかった。

かつての伊作は保険委員会の委員長だった。
そして、不運に振り回される困った同級生。
留三郎が何かと世話を焼いてきた放っておけない同室者で大事な親友。

留三郎が幸せを願っていた不運なお人好しは、真っ白な法衣を身に纏い、忍術学園を卒業した後、あちこちの戦場に行っては敵味方問わずに怪我人を救助して回っているらしい。



(…何でなんだよ。馬鹿野郎)



留三郎は裏切られたような気持ちになった。

悲しいような悔しいような。腹立たしいやら失望したような。色々と負の感情がぐちゃぐちゃに混ざりあって何だか泣きたくなった。顔が勝手に歪んでくる。伊作を責める目付きが更に険しくなってしまったような気がした。



「どうして僕がここにいるのかだって?それは僕が医者だからだよ」



そう言って伊作は困ったように眉を下げて笑った。



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