忍たま

□闇から見守る
1ページ/1ページ


炎舞う村の中で真っ白な人影を見つけた。

燃え盛る炎の中、駆け回る人物。

一人一人と彼は殺された女や子供の死体に近付いてその生死を確認して離れていく。

男も女も子供も一人残らず殺し、田畑を荒らし、金品や家畜を奪い、村に火を放った。

タソガレドキ軍が引き起こしたこの惨状の中、ただ一人の生存者である白い影――善法寺伊作――は駆け回っていた。

彼から遠く離れた位置で、雑渡昆奈門は走り去っていく小さな白い背中を目を細めて見つめていた。



「誰か!誰か…生きている人はいませんか!?」



善法寺伊作。

彼は昔と変わっていない。

初めて雑渡と出会った時と同じ姿で、あの時のように誰かを助ける為に駆け回っている。

伊作が学園を卒業する少し前に、彼が忍の道を選ばなかったことを彼自身の口から聞いて知っていた。

そして、卒業後は修験者のように暮らしていたことも部下に調べさせていたので知っていた。
定期的に入る部下の報告から、彼が山岳地帯を移動しながら、あちこちを転々としつつ、医者として病人や怪我人を診ていたこと。
村や町で自作の薬膳料理や薬を売りながら生活していることも知っていた。


卒業後の善法寺伊作は忍たまだった頃と何も変わっていなかった。

近くで合戦が行われれば、彼はその中に飛んで入り、敵味方を区別することなく助けていく。

(本当に君は面白いねぇ)

雑渡昆奈門は善法寺伊作をずっと見守っていた。

それは彼が忍術学園にいた頃からそうだったし、伊作が学園を卒業した後も続いていた。彼に気取られないように遠くからずっと見守り続けていたのだ。

どうして、善法寺伊作の存在がこんなにも気になってしまうのかは雑渡自身にもわからなかった。

タソガレドキの部下に「そんなに善法寺伊作が気になるのなら、こちらに就職するように勧誘してみてはどうですか」と言われたこともある。

しかし、それは無駄なことである。

そもそも雑渡は善法寺伊作が忍に向いていないと常々思っていた。

伊作の性質上、彼が誰かを殺めるどころか傷付けたりすることには全く向いていなかった。逆に彼は誰かを積極的に助ける側の人間であった。

彼の心には忍として必要なはずの刃がなかった。万が一、伊作が忍の道を歩んでいたとしても、恐らく彼は自分に与えられた役目や忍務よりも、誰かを助けることを優先してしまうだろう。

そして、忍務に失敗して死ぬか、敵に殺されるか、はたまた非情な忍の世界に染まることもできずに抜け忍として仲間達に追われることになるか。

そのうちのどれかの運命を辿っていただろう。

忍者に向いていない伊作が、戦好きで悪名高いタソガレドキに来るとは考えられないし、彼にはこの城は相応しくないだろう。


今回のタソガレドキととある村での戦において、善法寺伊作が関わってくることはわかっていた。
事前に伊作の居場所を察知していたので予想はしていたのだ。

卒業してからの伊作の情報は定期的に部下に探らせていたので、彼についてある程度のことは把握していたつもりであったが、実際に生きて動いている彼を視界にいれたのは随分と久しぶりである。


初めて善法寺伊作と出会った時のようなゆったりとした法衣。すっぽりと頭に被さっている白い頭襟。

動かぬ死体を検分する彼の姿は、初めて戦場で彼を見かけた時と重なってしまう。



(あぁ、伊作君。君は全く変わっていないね)



これから先、タソガレドキが他所の城と戦うこともあるだろうし、何処かの村を攻めいることもあるだろう。

その度に、恐らく善法寺伊作は姿を現すだろう。

そして、敵味方問わずに助けていくのだ。

善法寺伊作は死にかけている者がいたら救おうとするし、怪我人がいたら手当てをする。

戦場にいる怪我人全てを、各陣営の旗や誰かの履いていた褌すらも包帯に変えて、使えるもの全てを使って救おうとする。

善法寺伊作は変わらない。

心に刃を持たない彼は、今も昔も変わらず、誰かを助ける為に戦場を駆け回っている。

.
 

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ