黒駄文

□Ω一松×αカラ松
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 翌日、僕は昼ご飯を食べ終えると一人で友達の所へ餌やりに行った。餌やりから帰ってくると、いつかの時のように居間でおそ松兄さんとカラ松が声を潜めてボソボソと何かを話している声が聞こえてきた。前回、カラ松が見知らぬオメガに街中で勃起してしまったと相談していた時と同じシチュエーションである。
 足音を立てないように静かに入り口に近付き、二人に気付かれないように身を隠しながら猫耳を立てる。グスグスとカラ松が鼻を鳴らして泣いている声が聴こえてきた。



「やっぱり俺は好かれていないのかもしれない」

「まぁなぁ」

「アイツは発情期の熱に浮かされていただけなんだ」



 悲嘆にくれ、机に突っ伏してワァッと泣き出したカラ松。そのカラ松の背中を面倒くさそうな顔でよしよしと宥めるように撫でるおそ松兄さん。



「こんなことならあの時、一松の項を噛むんじゃなかった!」




 血を吐くような嘆きの言の葉は、鋭いナイフのように僕の心臓を深く抉る。

 嫌だ。

 何で、そんなこと言うんだよ。



「お前さ、マジでアイツのこと好きなんだな」

「……ズビッ……当たり前だろ。アイツは俺のデスティニーだ」

「ふーん。デスティニー、ね。……お前、一松のどこに惚れたワケ?」



 おい、やめろ。



「良かったらさ、お前がアイツを好きになった決定的なきっかけとか理由とかさ、教えてよ」



 やめてくれ。



「別に、ヒートサイクル時に浴びたオメガのフェロモンの後遺症だとか、つがいセックスしてアイツを好きだって勘違いしたとかじゃあないんだろ?」



 二番目の兄が、僕のどこを好きになったのか。

 さらに追撃するように続いた確認事項は、僕が見ないようにしていた可能性をピンポイントで抉るストレートな質問だった。



「お前、ついこの間まではさ、オメガである一松のことをどうこう思ってたワケじゃあなかったよな」

「……あぁ。そのとおりだ」

「その急な心変わりが、お兄ちゃんとしてはちょこ〜っと気になるワケよ」



 飄々としたノリだった兄の面白そうな声に微かに重みが加わった。



「Hmm……おそ松は、アルファの俺がオメガの一松とヒートセックスして、なし崩し的にアイツに惚れたかもしれないと心配してくれているのか?」

「まぁな。俺はお前と一松の兄ちゃんでもあるワケよ」

「そうか」



  カラ松は両腕を組んで思案するように黙り込む。

 僕は断罪を恐れる咎人のように兄の言葉を待った。




「おそ松」

「なに」

「端的に言うと、お前の言うとおりだ。俺はアイツをそういう対象として見たことは一度もなかったし、俺にとっての一松は親愛なるブラザーの一人だったんだ」


 放たれた言葉に、目の奥がカッと焼けるように熱くなった。

  知ってた。

 わかってた。

 神様は運命の恋人を、兄弟同士なんかにしないって。

 覚悟していたことだけれど、いざ現実でカラ松自身に言われてしまうとジクジクと胸が痛んで、心が悲鳴を上げる。残酷な現実にとても耐えられそうになかった。

 しかし



「だが、3日間ずっと愛の言葉を贈られながら自分だけを求められて、相手のことを好きにならない訳がないだろう?」



 続いた言葉は、僕を地獄から天国へといとも簡単に救い上げる。



「何もかもを放り出して愛と本能を剥き出しにしたスリーデイズ。一松は俺に愛を伝えてくれた。その時に初めて俺は、 松野カラ松を求める一人の男としての松野一松を知った。そして、弟だとか男同士だとかオメガだとかを抜きにした、松野一松という一人の人間と初めて向き合った」

「…………」

「そして、オメガのアイツに抱かれた。アルファの俺が、オメガの弟に抱かれたんだ。3日間、ずっと。アイツは俺に真っ直ぐと拙い愛を伝えてくれたんだ」

 
 カラ松は、一人の人間として僕と向き合ったという。


「身も心も求められ、愛してる、お前以外いらない、と求められた。 全身全霊で愛され、何年も前から好きだった、生涯で自分だけなのだと愛を囁かれ、ただひたすら真っ直ぐに激しく請われ、求められたんだ」



 熱く瞳を潤ませたカラ松がふにゃりと笑う。



「好きにならないワケがないだろう。 そんな想いを無下に断ることができるワケがないだろう。……あの時、 同じ顔の筈なのに、飢えた獣ように鋭く俺を射抜く目に見惚れた。同じ体の筈なのに、触れる手の温もりを求めてしまった」



 潤んだ瞳からひと粒涙が零れ落ちた。

 カラ松が泣いている。泣きながら、おそ松兄さんに自分の胸の中に溜めていた想いを吐露している。


「俺はもっとアイツのことを知りたい。だって、俺は知らなかったんだ。何年も前から一松が俺のことを好きでいてくれたことや、何時もアイツが俺のことを見ていてくれたことを、知らなかったんだ……」



 もしかすると、カラ松は本当に僕に惚れているのかもしれない。いま、カラ松が告げた言葉は、つがいによる刷り込みだと誰が言えるだろうか。
 単に、カラ松が僕に惚れただけだって可能性を、どうして否定できる?
 アルファとオメガの遺伝子による刷り込み効果は否定できないけれど、だからと言って肯定も出来ないのでは?
 それは僕にとって都合の良い考えなのかもしれない。けれど、カラ松の想いを聞いてしまった僕からは、想い人の心を諦めて鬱々とした日々を送るという道が消え去った。



「……でも、それも錯覚だったのかもしれない」



 しかし、希望の言葉は哀しみにかき消された。



「一松は俺とつがいになったことを後悔しているんだ」



 涙混じりの声がそう訴えた瞬間、頭の中がカッと熱く沸騰した。湧き上がる感情は怒りだ。ポンコツ脳なカラ松に対する苛立ちと、そんな勘違いをさせてしまった自身への憤りである。スパーンッと音を立てて襖を開いて固まっているカラ松の元へ足音荒く迫り、胸倉を掴み上げて、立たせる。カラ松が「ヒィッ」と情けない声を出して怯えたような涙目で僕を見るので、その目に少し苛ついたけれど、何も言わずにそのまま目の前の唇を少し強めに噛んでやった。至近距離で、驚いたように大きく見開かれる瞳を見つめながら、そっと唇を離す。



「別に、俺は後悔なんてしてませんけど」



 口に出した途端、気恥ずかしくて居たたまれなくなって、ぽかんと開かれた唇に思いっ切り噛み付いて泣かせてやりたくなった。

 僕らの脇で胡座をかいているおそ松兄さんが驚いたように真ん丸に目を見開いている。しかし、そんなもの知ったことではない。大体、このポンコツは僕というつがいがいながら何故、おそ松兄さんに泣きながら相談しているのだろうか。内容が僕のこととはいえ、あまり面白くはない。おそ松兄さん自体はギャンブル狂いで風邪で寝込んでいる弟の金を平然と盗んでいくクズとはいえ、いざという時は頼れるときは頼れるし、困ったことがあれば相談のひとつもしたくなるのはわかる。しかし、やっぱり面白くないものは面白くないのだ。

 カラ松の想いを知った僕は、このポンコツに伝えないといけない。

 頭があまり良くないコイツには、はっきり言わないとわからないのだから。


 ヒート時の興奮や勢いを借りずに、今ここで自分の意志と言葉で想いを伝えなければならない。



「前にも言ったけど、俺はお前のことがずっと前から好きだった。アルファだとか抜きにして、何年も前からカラ松のことが好きだった。アルファだけど、実の兄貴だけど、お前のことが好きで、弟として優しくされる度に、嬉しいけど憎らしくて沢山八つ当たりした。アンタはアルファで僕はオメガなのに全然意識されないのがムカついて、どっかにいるアンタの運命の恋人が疎ましくて、お前のチンコをペンチで引っこ抜いてやりたくもなった。 本当は自分でもわかってんだよッ。神様は運命の恋人を兄弟同士なんかにしないって。 でも何年経ってもお前への想いは消えてくれなかった! なのにッ……」



 ギリッと歯が鳴る。



「お前が見知らぬオメガに勃ったって聞いて、我慢できなくなったんだ」



  目の前の体を思いっ切り抱き締めた。 そうだ。あの時に、僕の抑えていた想いが決壊して、我慢できなくなったんだ。



「カラ松、カラ松カラ松カラ松カラ松! 何処にも行かないでよ。ずっと、傍にいてよ。こちとら何年も前からカラ松のことが好きだったんだ。台本の漢字が読めなくて僕を頼ってくるのが嬉しかった。芝居の読み合わせを頼んできてそれに付き合うのも楽しかった。アンタの描く絵も好きだった。アンタが舞台で主役を演じたり、アンタの作品が賞を取ったりするのが誇らしかった。勉強がからっきしダメで先生に本気で怒られて涙目になってる姿が可哀想だけど可愛くて、好きだった。アンタの綺麗に伸びた背筋が好き。楽しそうにギター鳴らしてる姿も好きだ」



 正直、俺のことなんて眼中になく楽しそうに生きてるのはムカつく。

 けど、

 それでも、

 やっぱり

 好きだ。



「愛してる。カラ松」

「いちまつ……」




 腕の中のカラ松の声は震えていた。グスグスと鼻を鼻を鳴らしながら、笑ってこう言った。



「俺は、もう……とっくに一松BOYSだぜぇ?」



 涙と鼻水で濡れた真っ赤な顔に満面の笑みを浮かべて、強く僕を抱きしめ返してくれた。あぁ、幸せだ。

 温かな多幸感に包まれている僕の耳には、おそ松兄さんの「お兄ちゃんついて行けてないよ〜? 寂しいよ〜?」という訴えは全く届いていなかった。
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