黒駄文

□Ω一松×αカラ松
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 僕の発情期が過ぎてオメガフェロモンの加護を失ったカラ松は3日間の荒淫が祟って熱を出した。そして、カラ松は二階の風邪を引いた時の隔離部屋に寝かされた。



「なぁに浮かない顔してんの〜。一松くーん」



 二階の隔離部屋で寝ているカラ松を付きっきりで看病していると、おそ松兄さんが部屋にやってきた。



「大丈夫だって、コイツ頑丈だからさ。いやー、ヒートサイクル時のオメガの性欲は凄まじいっていうけど アルファが寝込むほどとはなぁ」



 僕は今回の発情期にカラ松と一緒に過ごしたことを家族の誰にも言っていない。
 それどころか僕の予想どおりカラ松の3日間の不在には誰も気付いていなかった。カラ松の高熱についても母さんは「水を取りに雪山にでも行ってきたんでしょ。この子は」と呆れ、父さんは「いやいや、また川に落ちたのかもしれん」とやっぱり呆れていた。

 しかし、同じ六つ子の長男様はやはり勘付いたらしく、全てバレていたようだ。コイツにバレているということは、他の奴らにもバレているかもしれない。

 にやにやと面白そうに笑う兄が、パーカーのポケットから何か取り出して「ほら、やるよ」と小さな縦長の箱を手渡してきた。

 渡されるまま受け取って見てみるとボラギノールだった。



「発情中とはいえ、オメガのお前も大変だっただろ。なんたって受け入れる側は辛いって言うからな!」

「いや、別にそうでもない」

 「アイツが受け入れる側だから」と正直に告げると、おそ松兄さんはぽかんと口を開けたまま目を見開いて「は? マジで?」と驚いたように固まっていた。しかし、すぐに「マジか〜!」と腹を抱えてヒーヒー爆笑し、「そっか。まぁ、オメガとはいえお前もチンコ付いてるもんな」と納得したように笑った。


 丸二日寝込んだカラ松は、三日目の朝には皆と一緒に食卓を囲んで朝ご飯を食べていた。カラ松は目が覚めて、隣でうたた寝をしていた僕に「看病ありがとうな。一松」と言って頭を撫でて、僕の額に唇をくっつけてきた。そして、僕はカラ松の運命をねじ曲げてしまったんだなぁと改めて実感させられた。そんな自分に『元々、お前はカラ松の意志などお構いなしだっただろうが』と心の奥のもう一人の僕が嘲るように告げてくる。

 そうだ。僕はカラ松の意志など関係なしに、アイツを手に入れようとしていた。そして、思惑通りにカラ松は僕のモノになった。

 僕は己の遺伝子に宿る性種別の運命を呪っていた。忌まわしいDNAの呪いにより、僕はカラ松以外のアルファに恋い焦がれるようになるという。そんな僕の長年の想いや意志を無視した運命などクソ食らえである。しかし、その当の僕は想い人の意志を無視して運命を手に入れているのだから、我ながら自分勝手な棚上げクズ野郎だなとつくづく実感する。

 カラ松は僕とつがいになったことで心を遺伝子レベルで狂わされ、実の弟に恋をしてしまった。


 自分の本懐を遂げた筈なのに何故か嬉しくはなかった。素直に喜ぶことができなかった。

 けれども、カラ松を見知らぬオメガに奪われる可能性がなくなっと思えば安心してしまうのだから、やっぱり僕はクズである。




◇◇◇




 カラ松が回復してから二週間が経った頃。




「一松、明後日ふたりで映画に行かないか?」



 二階で友達に煮干しをあげていたら、カラ松に声を掛けられた。



「映画?」

「この間、CMで面白そうな猫の映画がやってただろう。それを観に行こうと思うんだ」

「…………」

「一松?」


 最近のカラ松は、僕とデートに行く為に単発のバイトに行くようになった。

 僕と恋人になった兄は僕をデートに誘ってくるようになった。動物園や猫カフェ、泣ける動物映画など僕好みのデート。
 カラ松はデート代を全部自分で払う。映画や動物園のチケット代も食事代も全部。 おまけに、デートの度に花束を渡してくる。まるで、女扱いだ。



「デート代、俺にも出させてくれるなら、別にいいよ」

「え、いや……別に、お前は」

「出させてよ」



『俺も、お前の恋人なんだから』という言葉は恥ずかしくて言えなかった。結局、「大事なブラザーに金を出させるわけには行かない」と渋るカラ松に「いいから割り勘だって言ってンだろうがぁ!」と半ギレで怒鳴りつけて、涙目になったカラ松に無理やり承諾をもらうという結果になってしまった。

 二日後、駅前でカラ松と待ち合わせをして映画を観に行った。その日のカラ松も花束を片手に僕を待っていた。それから、映画館に行って動物ものの映画を観た。めっぽう優しく泣き虫なカラ松は後半あたりからは嗚咽を漏らしながらポロポロ涙を流していた。僕は隣でボロ泣きしているカラ松が気になって途中からの内容をあまり覚えていなかった。

 映画を観終わった後は駅前の牛丼屋に行った。僕はオサレなカフェやレストランが苦手なのでデートの時にもそういう店では食事はしない。二人で牛丼の並を注文して腹を満たしながら、映画の感想を言い合った。言い合ったと言っても、カラ松が「あのシーンが良かった」だの「このシーンで感動した」だの話すのに「うんうん」「へ〜」「ぽいわ〜」と相槌をうっているだけである。途中からカラ松に気を取られて映画の内容を全て把握していない僕には映画の感想を伝えることができず、カラ松に共感してやることができなかった。それでも、カラ松は僕の相槌に嬉しそうに笑い、楽しそうに映画の感動を伝えてくれた。


 その後、二人でいつもの路地裏に行って友達に餌をあげた。

 餌をあげ終えて路地裏から出て駅前通りを歩く。通りにラブホテルが並んでいる。カラ松が足を止め、不意にサングラスをかける。




「なぁ、一松」

「なに」

「俺達、あの日、つがいになってから……その……愛の営み、というか……メイク・ラブをしていないだろ?」

「…………」




 こんなところで、いきなり何を言い出しやがる。このポンコツは……。



「その、お前さえ良ければ……また、メイク・ラブをしようじゃないか」



 グラサンを付けて口元に不敵な笑みを浮かべながら、カラ松は僕をラブホテルへと誘ってきた。



「断る。そんな気分じゃない」



 切り捨てるように告げると、カラ松に背中を向けてさっさとホテルを通り過ぎる。

 発情期以降、僕はカラ松とセックスしていない。たまにカラ松から僕の忍耐を試すようなセックスアピール(露出の多い服を着ていたり、キスを仕掛けられたり)されることもあったけれど、それらは全て受け流し、躱していた。

 怖かった。

 カラ松にどうして自分を好きになったのか理由を聞くのが怖い。「俺とお前はつがいだからな」と、はっきり自分の罪を突きつけられるのが怖かった。体だけ手に入ってもそこにカラ松の意志がなければ虚しいだけだった。


 ホテルの前で立ち尽くすカラ松を置いて一人歩きだした僕は、残された兄がサングラスの下でどんな顔をしていたのか全く知らないまま、足速に家路を辿った。
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