黒駄文

□Ω一松×αカラ松
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 悪名高き6つ子達はみんな揃いも揃って同じ顔。同じ体型。誰が誰でも同じだった。しかし、その性種別は違っていた。

 長男のおそ松兄さん、三男のチョロ松兄さん、末っ子のトド松はベータ(β)。

 五男の十四松と次男のカラ松はアルファ(α)。

 そして、四男の僕だけオメガ(Ω)だった。

 しかし、兄弟の中で誰がどの性種別だろうが僕達には関係なかった。6人揃って悪童で6人揃って屑だった。それは一般的に希少な支配者階級とされるアルファのカラ松や十四松は変わらず泣き虫で優しかったし、カラ松なんかはベータであるおそ松兄さんやトド松にパシられたり、チョロ松兄さんにお説教されてしょげ込んだりしている。オメガである僕が胸倉を掴んで凄むだけで涙目になる始末だ。正直、トリッキーで人外パフォーマンスを繰り広げる十四松がアルファと言われても納得できるが、カラ松がアルファだという事実は検査結果が間違えているのではないかと真剣に疑った。だけど、カラ松はやはりアルファだった。ベータの人間にはわからない僕のフェロモンを感知できるのだ。



「一松はいい匂いがするな!」



 明るい笑顔で無邪気に褒められて、あぁ、コイツは正真正銘のアルファなんだなぁと認識を改めた。

 松野カラ松の性種別はアルファ性である。そして、僕、松野一松の性種別はオメガ性である。その事実は僕にとって不都合なことは何もなかった。

 何故なら、僕は実の兄である松野カラ松のことが好きだったから。

 漢字もろくに書けない阿呆だけど、めっぽう優しいところが好きだった。 
 ヘタレでビビリで脳内ゆるふわの馬鹿ですぐに騙されやすいけど、他人の目を気にせず、自分なりの信念を曲げないところも好きだった。
 格好つけなくせに、ヘタレで泣き虫なところも大好きだった。
 舞台の上で綺麗に背筋を伸ばして台詞を読み上げる姿が好きだった。
 筆を片手に楽しそうに絵を描く姿が好きだった。
 
 ずっと、昔からカラ松のことが好きだった。

 そんな僕の想いにカラ松は全く気付いていない。

 兄は僕のことを恋愛対象どころか、オメガという性の対象として全く意識することもなく、ただの兄弟という目でしか見ていなかった。また、カラ松は僕がふだん発しているフェロモンに興奮することはない。その理由は、アルファとオメガの遺伝子が近親相姦を防ぐために、身内のオメガが発する通常のフェロモンには同じ身内のアルファは反応しないように作られているのだと本で読んだことがある。

 カラ松の態度は兄弟としてごく当たり前のことであり、一卵性の兄に恋愛感情を芽生えさせる僕の方が異常であることは百も承知しているけれど、その事実が腹ただしくて仕方がなかった。

 実の兄を好きになって、自己嫌悪のあまり死にたくて死にたくて堪らなかった十代の頃、僕の想いに気付かずに楽しそうに青春を謳歌するカラ松に八つ当たり混じりの嫌がらせをし始めた。そして、二十歳を過ぎた今もその的外れな八つ当たりは僕の忌むべき片想いとともに続いている。相変わらず、胸倉を掴むたびにカラ松は泣きそうな顔をするし、鏡やサングラスなどの私物を破壊するたびに文句は言ってこない代わりに困惑した顔をする。

 僕は血の繋がった兄に恋をした穢らわしいオメガで、好きな人に八つ当たりする屑である。

 カラ松が馬鹿なせいで僕は苛々する。
 カラ松が鈍感なせいで僕は苛々する。
 カラ松はヘタレなくせに兄貴面して格好つける泣き虫だから、僕は苛々する。
 カラ松のせいで、僕は実の兄に惚れる変態になってしまった。
 カラ松のせいで、僕の学生時代は真っ黒な暗黒期となった。

 僕の青春を返せよ、クソ兄貴。

 八つ当たりと言い訳ばかりの苦く薄汚れた呪わしい恋は、真面目と称されていた僕を後ろ向きで卑屈な闇人間へと変えていった。

 あの頃は実の兄に懸想する自分が気持ち悪くて許せなくて本当に死にたかった。何度も何度も自殺しようとして、その度に十四松が駆けつけて止めてくれた。 繰り返される僕の自殺衝動を、両親は思春期のオメガ性ゆえの不安定さだと思い込んでそっとしてくれたけれど、その実態は明かすことのできない禁忌の想いにのたうち回って苦悩した末の衝動であった。

 カラ松にだけ横柄な態度でキツく当たり、自殺未遂を繰り返す情緒不安定な僕を、家族が一人にしておいてくれる中、十四松だけはいつも僕の傍にいてくれた。自殺しようとすると容赦のないアッパーを食らわせてきたり、首絞めをしてきたりするものの、普段はとても穏やかでニコニコと楽しそうに僕の後を付いてくる。十四松はトド松やチョロ松のように話すのが上手な方ではないけれど、彼は彼なりに僕を心配して傍にいて見守ってくれていた。

 その頃に、両親が僕の為に庭の片隅に小さな小屋を建ててくれた。それは僕に発情期がきたときの為の隔離小屋だった。小屋の鍵は僕にだけ渡され、それを抑制剤の入っているタブレットケースと一緒に持ち歩くようにした。小屋が設置されてからは、学校から帰るといつもそこに引き篭もって一人で鬱々と塞ぎ込んでいた。そういう日々が続いていると、あるとき十四松とおそ松兄さんが他の皆を率いてやってきて、小屋に入れろと押し掛けてきた。根負けした僕は扉を開いた。それぞれお菓子や漫画などを持ち寄って来ていたので皆とワイワイ騒いで遊んだ。それから隔離小屋は6人の遊び部屋になった。

 ある時、とうとう僕は十四松にカラ松への想いを打ち明けた。

 十四松は「難儀ですな〜」と言って僕の頭を撫でてくれた。たった一人だけでも僕の異常な恋を否定せずに受け止めてもらえて、安堵のあまり少しだけ泣いてしまった。

 カラ松への秘めた想いを打ち明けてから数日後、十四松に連れられて近所のデカパン博士のラボに、アルファとオメガの運命値を測定してもらいに行った。

 僕とカラ松の結果は2%だった。

 僕の予想では50%以下、高くても42〜24%くらいで、最低は4%。最悪ゼロの可能性もあるかもなんて思っていた。でも、実際に低い数値を目の当たりにしてショックを受けてしまった。

 2%……。僕の最低予想であった4%の半分。

 十四松は笑顔で「良かったね!ゼロじゃないよ。一松兄さん」と言ってくれた。
 弟の言うとおりだ。そうだ。0ではない。…………0ではないけど、たったの2%だ。これは、ほぼ100%僕とカラ松は運命の相手ではないということではないだろうか。ということは、この世の何処かにカラ松の運命の相手がおり、僕にも運命の相手が別にいる筈だ。

 血の繋がった一卵性の6つ子の兄弟が、つがいになれる筈もなかった。そりゃそうだ。オメガだろうが、アルファだろうが、倫理に反する近親相姦は、けして許されるものではない。そんなこと、とっくの昔にわかっていた筈なのに……。

 ポロポロと泣き始めた僕を、十四松がオロオロと慰めるように頭を撫でてくれた。

 いけないことだとわかっていても、それでも、兄に焦がれる想いは消えてなくならなかった。学生の頃の僕は叶わぬ恋の終わりの見えなさに絶望し、 年々膨れ上がる劣情に恐怖した。

 カラ松の優しさが、疎ましくも愛おしかった。もっと自分を見て、愛して欲しかった。兄の柔らかな笑顔が好きだった。アホみたいに格好つけなところも、ばかなところも、お人好しなところも、綺麗に伸びた背筋も、しなやかな脚も、全部好きだった。誰にもカラ松を渡したくなかった。

 運命値2%の結果を知った日の夜から、僕は眠りこける兄の項を夜な夜な噛むようになった。それは、まるでアルファがオメガの項を噛むように。

 毎晩、毎晩、カラ松の項に噛み付く僕に兄弟達はモノ言いたげな視線を送ってきたけれど、直接言いに来るヤツはいなかった。僕が抱える歪んだ想いを察したのだろう。しかし、それを確信するのが嫌で見てみぬふりをしたのだ。唯一、気付いていないのは当のポンコツ本人ぐらいだ。僕に噛み付かれる度に「俺は肉じゃない」と言ってマジ泣きしやがるのだから、腹が立つ。こちらの気も知らないで、本当にクソ松はクソむかつく野郎だ。

 カラ松への想いを抱えたまま、高校を卒業し、6人仲良くニートになってもカラ松への想いは変わらぬままである。緩く停滞した怠惰な日常の中でも、兄への歪んだ劣情は今も変わらず僕の腹底で燻ぶっていた。

 そして、ーーーカラ松も、今も昔も特に、変わりなく、優しくて鈍感な兄だった。



◇◇◇



 平和なニート生活を送っていた僕らに爆弾が落とされた。その落とし主は十四松である。

 アルファである十四松が運命の相手を見つけたのだ。

 そのつがい相手のために十四松がニートをやめて翌日に家を出て行くと発表してきたのだ。

 今までこっそり金を貯めて株で儲けていたこと。つがいの彼女のいる田舎に行ってそこで暮らそうと思っていること。 色々なことを一気に話された。嘘だろ。十四松、俺、何も聞いてないんだけど……と、ショックのあまりフリーズする僕や兄弟にお構いなしに淡々と弟は話した。隣の部屋から両親がうんうんと涙目で頷いている。親には前々から話を通していたらしいけれど、兄弟である僕らは何も聞かされていなかったのでとてもビックリして、心臓が止まってしまった。しかし、幸せそうに笑う弟の旅立ちを止める気にはなれなかった。けれど、隠し事をされていたことには腹が立っていたので、兄弟全員で色々なプロレス技をかけまくってやった。

 その後、家族みんなで十四松とつがいの彼女の門出を祝った。

 十四松の旅立ちを祝いながら、内心とても複雑だった。

 運命の、つがい。

 カラ松と僕の運命値は2%だった。

 この世のどこかにいるカラ松のつがいが憎かった。
 この世の何処にいる自分のつがいが煩わしかった。
 運命なんて、クソ食らえ!

 酒をかっ食らって酔い潰れて机に突っ伏してふて寝した。

 その夜中にトイレに行きたくて布団の中で目を覚ました。隣にはいつも通りカラ松が眠っていた。酔いつぶれた僕を、カラ松か十四松が負ぶって布団にまで連れて行ってくれたのだろう。

 アホみたいに呑気な寝顔を眺めていると、やるせない想いと苛立ちが込み上げてきたので、カラ松の体を側臥位にして思いっきり項に噛み付いてやった。寝ているところを噛み付かれたカラ松は「ギャッ!」と飛び起きて「な、何をするんだ、お前!」と涙目で胸倉を掴まれたけれど、相手が僕だとわかって気を取り直したのか「フッ、泥酔ボーイか寝呆すけボーイか知らないが……俺は食べ物じゃないぜ〜?」と腹の立つキメ顔で注意してきたのでさらに強く項に噛み付いてやった。

 兄は「何で噛むのぉ!?」と泣いたし、兄弟は布団の中から哀れむような眼差しを僕とカラ松に向けていた。十四松は笑顔だったけれど心配そうに眉を下げて僕を見ていた。僕は逃げるようにトイレに行った。

 翌朝、弟は少ない荷物を手に家を出た。家族みんなで十四松を見送った。

 十四松が家を出てから、チョロ松兄さんは今まで以上に就活に精を出し、トド松は新しくバイトを始めたらしく、最近は家にいない。しかし、僕と怠惰な上二人は変わらずにお気楽なニート暮らし日々を続けていた。

 長男は競馬やパチンコに通っているし、
 カラ松はナンパ待ちをしているし
 僕は猫に会いに行っていた。

 運命の相手を見つけた十四松が松野家を出て行ってから一週間が経った頃。

 居間でカラ松がおそ松兄さんに話をしている声が聞こえてきた。どうやら相談ごとらしく、こそこそと話している。ちょうど僕は猫の餌やりから帰って来たところだったので、そっと二人に気付かれないように気配を殺しながら居間の外で猫耳を立てて二人の会話に耳をすませる。

 相談の内容はアルファであるカラ松が、オメガのフェロモンに当てられて町中で勃起してしまい、死ぬほど困ってしまったというものだった。

 長男はオメガのフェロモンに振り回されるアルファに同情し、哀れみながらも、「俺、ベータで良かったわー」と心底、安堵したように零していた。しかし、カラ松が机に突っ伏してグズグズと鼻を鳴らしながら「死ぬほど恥ずかしかった……。アルファなんてもうやだ……」と泣くと慌てて弟の頭を慰めるように撫でた。



 クソ松が見も知らぬオメガのフェロモンに勃起した、だと?


 僕には信じがたいことだった。


 今まで、発情した兄を見たことがなかったので想像したこともなかった。

 オメガの僕は発情期がくるときには、庭の片隅にある隔離小屋で発情期の3日間を過ごしていたため、アルファのカラ松に発情時のΩフェロモンの影響を与えることもなかった。



(というか、コイツは俺の通常のフェロモンには何でもない顔をして流すくせに、見知らぬオメガのフェロモンにはおっ勃てやがるのか……)



 ムカつく。腹が立つ。許せない。クソ松のクセに……。

 クソ松が、アルファだろうが、兄貴だろうが、そんなことは関係ない。

 コイツが誰かに取られるくらいなら……僕は……。
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