黒駄文

□魔獣の牙
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 悪魔に属する魔獣ケット・シーの一松は、天使カラ松の恋人としてプラトニックなお付き合いをしている。

 本日もまた、愛する恋人とのデートのために、待ち合わせの場所にいた。手にはカラ松の好きな熱々チーズのパニーニが入った袋を持っている。カラ松が気に入っているオープンカフェの演奏を聴きながら一緒に食べようと買ってきたのだ。待ち合わせ場所で時計台の上に着いたものの、いつも約束の時間よりも早く来て一松を待っているはずのカラ松が来てない。

 いつまで待っても待ち合わせに来ないカラ松に焦れた一松は、あちこち捜して回った。鐘楼、寺院、運河に港、市場、迷路のような通り路。あちこち探しても恋人は見つからず、正午を知らせる鐘が鳴ってもカラ松は来なかった。

 どうしてカラ松は来ないのか。

 天界で何かトラブルが発生したのかもしれないと考えたが、急な用事が入ってしまった場合などは待ち合わせ場所に一松宛の置き手紙やメッセージが何らかの形で残されているのだが、今回はそれもない。

 カラ松の身に何か起きたのかもしれないと不安が胸に巣食い、ジリジリと胸の奥が焼けるような焦燥感がわき上がる。しかし、カラ松の居場所がわからないし、悪魔である一松は天界への行き方もわからない。

 何時間もひたすらカラ松を待ち続けた一松は、日が暮れた頃にようやく冷めきってしまったパニーニの入った袋を手に、魔界に帰って行った。

 転移魔法で魔界に帰ってきた一松は、使い魔達に手付かずのパニーニをあげようと森に向かった。

 森に一歩足を踏み入れた途端にピリピリと張り詰めた空気が一松を迎えた。
 茂みの奥や樹上など至るところから、主の機嫌を窺うような視線や心配そうな眼差しが向けられている。不安や困惑、緊張など挙動不審な猫たちに一松は一体どうしたのかと首を傾げながら、使い魔達に集まるように伝令を出す。



「にゃ〜」



 小さな黒猫が一松の前に歩み出た。

 大きな瞳を不安げに揺らしながら主の顔を見上げて、付いてきてほしいと背中を向けて歩き出す。一松を導くように先を歩く小さな背中に付いて行くと、前方に人が倒れているのが見えてきた。



「…?」



 こんな森に誰かいるなんて珍しいと思ってよく見てみると、漆黒の翼を生やした全裸のカラ松だった。

 どうして、天使のカラ松が魔界にいるのか?

 背中の黒い翼は堕天の証。

 裸のまま放置されている恋人の身に…何が起きたのか、わかってしまった。

 手からパニーニの入ってる紙袋が落ちた。

 乾いた精液が付着している素っ裸のカラ松に近付き、片膝を付いてそっと抱え起こす。
 色濃く残る性の匂いが生々しくて吐き気がした。頭の奥でぐらぐらと熱く煮えたぎる感覚に目眩がする。



「…にゃー」



 不安そうに鳴く仔猫の頭をしゃがみこんで撫でてやると、茂みの向こうやら樹上やらで主の様子を窺っていた使い魔たちがぞろぞろと姿を現して口々にこの森で何が起きたのかを説明する。



「……」



 カラ松を抱えながら黙って話を聞く一松は無表情で、猫たちには主が何を考えているのかわからない。

 ひととおり使い魔達から事情を聞いた一松は、恋人を横抱きにすると、とりあえず森の奥の湖で汚れた身体を清めてやることにした。

 カラ松を抱いたまま、ゆっくりと湖に入る。
 身体を水に浸し、汚れたところを綺麗に洗いながらも、心は怒りと憎悪が入り雑じった暴風雨状態で穏やかではいられなかった。
 カラ松を助けることができなかった自分が情けなくて死んでしまいたいと嘆く自分と、舐めた真似をしてくれやがったクソ兄貴にどう落とし前をつけてもらおうかと復讐を企てる自分がいる。
 さらに、長年片想いをして恋焦がれてきたカラ松の、初めて見る裸――しかも、情事の後が色濃く残る姿――に欲情してしまっている自分もいる。そんな自分に絶望した。もう死んでしまいたい……。

 一松は童貞である。

 欲望に生きる悪魔の血を引きながら、一松は童貞だった。
 快楽が大好きな悪魔にしては珍しい童貞である。
 そんなセックス経験ゼロの童貞坊やに、好きな人の裸は色々と衝撃が強かった。

 今まで、童貞喪失の機会は腐るほどあった。

 純血悪魔の兄や淫魔の弟に連れられてのサバトに参加することも多かったが、一松は頑なに童貞を貫き通したのだ。

 サバトは魔女達が青い炎をあげて燃える蝋燭を純血悪魔のおそ松に捧げ、高位の悪魔である兄の肩にキスするところから始まる。周囲を下級魔族や使い魔達が跳ねたり踊ったりし、参加者は淫らな肉欲の楽しみに耽る。
 サバトでは近親相姦や同性愛がふつうに行われる。
 息子は母を、兄は妹を、父は娘を避けたりしない。また男同士での性交もするし、あちこちでグループセックスが行われたり、目を覆いたくなるような凄まじい淫行が行われる。

 サバトに参加した一松は、おそ松とトド松のセックスを眺めながら、冷えきった頭でひたすら自分の雄をしごいている。
 目の前では、純血悪魔のおそ松に対して淫魔のトド松が女役となり、互いに快楽を貪り合うように交じり合う。
 一松は脳裏にカラ松の姿を思い浮かべながら、ひたすら手を上下に動かすのみ。
 たまに、横から魔女や魔獣達が話し掛けてくるけれど、たいていは無視していると勝手に離れてくれる。

 サバトに参加したての頃は兄弟がよく声を掛けてきたが「僕は見る専だから」と言うと「ゲッ、お前変わってんなぁ」「視姦趣味とかキモいね。一松兄さんってドMなの?」と快楽主義の兄弟から散々なことを言われてドン引かれた。以降、兄弟はあまり誘って来ない。たまに、性的に興奮した兄や弟に誘われると自慰をしながらキスだけする程度には構ってやった。

 別に、カラ松に操を立てているワケではなかった。

 そもそも、貞操観念の薄い悪魔である一松には、そんなことをする意味がわからない。ただ単純にカラ松以外の人間と交じり合う気がしなかっただけである。
 
 恋人になってカラ松と性行為をしなかったのも、カラ松を堕天させたくなかったらである。神の加護を失い、力をなくして堕天した天使の末路は悲惨なものである。
 かつての仲間から追われる身となったり、
 力のある悪魔や魔物に見つかった場合なんかは魔物達の慰み物にされて最後に殺されたり、
 神を冒涜するサバトで見世物にされた末に殺されたり、
 生け贄の羊役として殺されたり、
 玩具として散々弄ばれた末に殺されたり、
 決まって悲惨な最期を迎えることになる。

 一松はカラ松をそんな目には合わせたくなかったし、優しいカラ松を天界の仲間達から引き離すような真似をしたくなかった。
 だから、我慢することにした。

 欲望に素直な悪魔の血を引きながら、一松は忍耐を覚えた。子供の時にカラ松を好きになってから、一松はずっと我慢の子である。かなり年期の入った我慢の子である。

 だから、目の前で、恋人が赤く熟れた胸の飾りを晒けだしていようが、それにしゃぶりつきたい衝動に襲われようが、散り散りになりそうな理性をかき集めてなんとか性衝動を押し止める。

 身体に付着した精液を湖の水で大まかに落とすと、今度はカラ松の上半身を湖の淵に腹這いにして凭れさせる。一松の方を向く漆黒の翼と背骨のライン。そして、無防備に晒されたお尻に思わず息を呑んだ。

 とりあえず、中の精液を掻き出そうと、緊張に震える手で双丘を押し広げるとそこは口を開いてトロリとおそ松の精液を垂らしていた。

 それを見た瞬間、チリチリと腹の奥が焼けるように熱くなった。

 深呼吸をして気持ちを落ち着かせてから、人差し指を蕾にあてがう。指先をゆっくりと中にめり込ませていくとカラ松はいとも容易く迎え入れた。なんの抵抗もなく迎え入れられた蕾に、人差し指を引き抜き、今度は人差し指と中指、薬指の三本の指をを穴の奥に突っ込む。熱くうねりながら根本まで指をくわえ入れた内部は三本の指を締め付け、美味しそうにしゃぶりついてくる。



「ん、…んんっ…」



 小さく漏れでたカラ松の濡れた声に、体が勝手に反応してしまう。

 勃ってしまった。

 しかし、カラ松はおそ松に襲われた直後の被害者であり、今は気絶しているのだ。一松は愛する恋人の寝込みを襲う趣味もなければ、強姦されて傷付いた恋人を痛め付ける趣味もない。

 絡み付く熱い肉壁を押し拡げ、指をくの字に曲げてぬるぬるとしたものを掻き出していくと、何かを搾り取ろうとするようにきゅうとカラ松が一松の指を締め付けてくる。指が内部を前後する度にカラ松の口から小さな喘ぎ声が漏れ、無意識のうちに腰が揺れている。一松は無心で指を動かし、内部に放たれた多量の欲を掻き出す。泉の水に白濁が浮かぶ。根本まで埋め込んだ指をバラバラに動かし、指先が内壁の奥を掠めた時だった。



「んっ、ヒぁあ!!」



 柔らかく蕩けた肉壁が激しい痙攣を起こして、甲高い声が飛び出す。ビクビクとカラ松の背中が跳ね上がり、漆黒の翼越しに一松を振り返る。



「い、…いちまつ?」



 潤んだ瞳が一松を見つめる。凛々しい眉尻を下げて何が起きているのかわからない顔を向けられる。



「ごめん、カラ松。中のを出していただけで、起こすつもりはなかったんだ」



 そんなつもりなかったのに。
 ただ、綺麗にしようとしていただけなのに。

 一松は興奮していた。

 乱れるカラ松に煽られて一松はすっかり完勃ち状態だ。しかし、弱っている恋人に欲情する自分にヘドが出る。浅ましい自分に内心泣きそうだ。



「あと、ちょっとで終わるから我慢して」



 努めて冷静な仮面を被りながら、指を動かした。



「んぁ!……いちまつっ……いちまつ」



 奥のしこりを掠める度にカラ松の吐息が乱して名前を呼んでくる。




――――まるで、一松を求めるかのように。
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