黒駄文

□魔獣の牙
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 悪魔一松と天使カラ松の出会いは人間界だった。

 悪魔の兄と淫魔の弟に連れられて遊びに来たのが始まりである。

 白い壁とレンガでできた家が並ぶ町の中をエメラルドグリーンの運河が流れる海に囲まれた美しい町だった。

 一松たちは自分たちの姿が人間に認知されにくくする魔法を使い、三人で町を探検して回った。この状態では人間には三人の姿は見えているものの、存在感がかなり薄くなり悪魔の姿ままバカ騒ぎをしても気にも止めない存在として認識される。兄弟は聖人が祀られている大聖堂に冷やかしに入ったり、新鮮な市場をのぞきワイワイと見て回った。

 町は小さな路が入り組んだ迷路のような造りになっており、好奇心旺盛な悪魔の子供たちをたちまち夢中にさせた。

 その途中、一松は銅像の前で昼寝をしている猫に見とれて立ち止まり、二人とはぐれてしまった。

 見知らぬ町の中で、道行く人々の中を歩きながら兄弟を探し、なんとなくゴンドラが流れる川沿いを歩いていると、いつの間にか運河沿いの道はなくなって港に行き着いた。行く当てもないので、なんとなく人が行く方へついて行って細い小道を通ったり、石造りの橋を渡ったり、よくわからない銅像が立っている広場に出た。

 似たような道
 似たような橋
 似たような通り
 似たような広場

 一体、自分がどこに居て、どっちへ行ったらいいのかがわからなくなってしまった。
 元々、この町は迷路のような作りになっているので、あらかじめはぐれてしまったときのために、海沿いに面した元処刑場だった小広場を集合場所に決めていた。しかし、今の一松にはどちらに行けば目的の場所に着くのかがわからない。

 迷路に放り込まれたマウスのようにぐるぐると同じ場所を周り続ける一松に、頭上から声がかかった。



「さっきから同じ所を行ったり来たりしているが、もしかして迷子の仔猫ちゃんか?」



 顔をあげて見ると、レンガの屋根の上に白い翼を生やした天使がいた。

 パッと見の年齢は、一松とそう変わりない外見をした少年である。
 白い布のような衣服に、頭の上で輝く輪光。純白の翼。どう見ても天使の少年だ。
 人間に見付からないように掛けた魔法も、天使が相手には効かない。

 翼を広げてふわりと一松の前に降り立つ少年はウインクをして手を差し出してきた。



「困っているなら力を貸すぜ」

「……俺、いちおう悪魔に属する魔物なんですけど」

「魔物だろうが何だろうが偉大なる父の前では関係ないさ。可愛いガッティーノがお困りなら、慈悲深き神の御使いにして、神の愛の伝道師カラ松が迷える仔猫ちゃんに救いの手を差しのべよう!」

「………」



 凛々しい眉に、自信に満ち溢れて爛々と輝く瞳。さらに、仰々しく鬱陶しい物言いとクソみたいに格好つけたムカつく笑顔。つい、苛っとした一松は相手の腹に岩をも砕く猫パンチを食らわせてやった。





◇◇◇





「フッ、元気いっぱいな悪戯ガッティーノ(仔猫くん)だな」



 痛恨の一撃を腹に食らった天使は、右手で腹部を抑えながら、何とかひきつった笑みを浮かべて弱々しく一松に手を差し出す。



「………」



 なんてタフな天使だ。しかも、自分を攻撃した魔物にさらに手を差しのべようとしている。警戒心も薄いし、コイツ頭空っぽか?



「安心してくれ。ここは聖人が眠る聖地で、俺も度々遊びに来ているんだ。故に迷路のようなこの町は俺の庭も同然」

「……」

「お前の行きたいところに連れて行くこともできるし、なんなら観光案内だってできるぜ?」

「……」

「…天上の御使いをも蕩けさせる美味しいドルチェを奢ってやる。どうだ?」

「――!」



 ドルチェ。……お菓子のことか。



「……わかった。付いてったげるよ」

「どんと任せてくれ。ガッティーノ。グルマン(美食家)カラ松オススメのドルチェを紹介してやる。チョコレート入りのフリテッレや砂糖たっぷりガラーニをご馳走するぜ」



 自慢げに笑う天使の馴れ馴れしさに再び苛っとして、別に食べ物に釣られたワケじゃないからと、釘を差すついでに脛を蹴りを入れてやった。

 一松がカラ松に抱いた第一印象は頭が空っぽのおひとよしだった。

 自分に害を与える相手にまで愚鈍な優しさを振る舞うなんて、天使というヤツはとことんおめでたいんだなと呆れたことを覚えている。

 その後、カラ松に集合場所を教えると、わかった!案内するぜ!と腕を引かれて、あちこち連れ回された。

 美味しいお菓子屋やパン屋に連れて行かれて、色々な物を食べた。悪魔の血を引く一松は、人間がするような食事は必要なかったので、こうやってお菓子を食べるのは初めてだった。カラ松の言っていたチョコレート入りのフリテッレも砂糖をたっぷりまぶしたガラ―ニもどちらも甘くてとても美味しかった。

 他にも、色々な店を見て回った。

 カーニバルで使うだろう仮面舞踏会用の仮面を売っている店にも入った。店内には仮面以外にも仮面モチーフのマグネットや小物なんかも売っていた。一松が黒猫の仮面を手にとって見ていると、天使が「それ、イカしてるな」と横から仮面をひょいと取って一松に買ってくれた。嬉しかった。「ありがと」とボソリとぶっきらぼうにお礼を告げるとカラ松は「どういたしまして」と嬉しそうに笑い返してくれた。

 こいつ、本当にお人好し過ぎる。優しさアンジェロ級!!マジ天使かよ!あ…天使だったー!

 猫の仮面を手に、カラ松の砂糖のように甘い優しさに身を震わせている一松の傍らで、当のカラ松は自分に似合うカッコ良さそうな仮面を探していた。

 次にカラ松は地元でも有名な特産物であるガラス工芸品が売られている店を紹介してくれた。どれも職人が自らの手で作っている一点ものばかりである。人間が作り出した色とりどりの美しさに、天使と魔獣は暫くの間うっとりと見惚れていた。

 その後、ひんやりとした甘いジェラートを食べながら、この町の過去の聖人達についての逸話や町の歴史についてあれこれ説明するカラ松の話を聴いた。

 ジェラートを食べ終わると、最後に集合場所である海沿いに面した目的の小広場に案内された。



「ここでお別れだ」



 悪魔の兄弟に見つかると厄介なことになるので、ここでお別れである。
 広場に足を踏み入れずに、カラ松は海の方角を指差した。



「あそこに行けば元処刑場だ。二本の円柱の柱があるから、すぐにわかるはずだ」

「……今日一日、ありがと」

「こちらこそ、ありがとな。可愛いガッティーノとあちこち回れてとても楽しかったぜ」

「…一松」

「え?」

「俺の名前」

「いちまつ……。いい名前だな!」



 嬉しそうに顔を綻ばせて一松の頭を撫でる。一松の癖っ毛を撫でる手つきは大切なものを慈しむように優しくて、撫でられている方は少し照れくさい。

 正直、ちょっとムカついたりもする。

 見た目は一松と変わらないくせに、魔獣の一松をガッティーノ(仔猫ちゃん)呼ばわりして、何かと子供扱いする。
 けれど、一松は今度は手も足も出さずに、甘んじてカラ松の手を受け入れた。



「……お前」

「ん?」

「この町は俺の庭も同然だってたけど、よくここに来んの?」

「あぁ。しょっちゅう来てるぞ」

「……ふーん。俺もまた遊びに来ていい?」

「あぁ、この町は喜んで一松を受け入れてくれるぞ」

「その時にはまた……」

「また?」

「また……」



 また

『お前と町を回りたい』

 なんて

 言えなーい!言えるわけなーい!!

 今まで兄弟や使い魔としか関わって来なかった引きこもりぼっち少年に、自分からお誘いするなんてできるわけなーい!!できたら、猫以外の友達だってとっくの昔にできてるし!!もう、恥ずかしさのあまり心臓が爆発して死ぬー!!耐えられない!!!



「……やっぱ、なんでもない。じゃあね」



 じゃあね、じゃねーだろうが!!と内心、意気地無しな自分に失望しつつ泣く泣くカラ松に背を向けて、広場の向こうに足を踏み出す。


「一松ッ!」


 自分を呼ぶ声に足を止める。



「良かったら、いつでも遊びに来てくれ。そしたら、またこの町を案内してやるからな!」



 背後から聞こえる元気のいい声に振り返ると、カラ松が「またジェラート食べような!」と手を振ってくれていた。

 一松はカラ松に告げることはなかったけれど、お別れの時点でもう大分カラ松というお人好しポンコツ天使のことが好きになっていた。

 そして、ここから天使と魔獣の二人だけの秘密の交流が始まった。
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