黒駄文

□天使カラ松の堕天
2ページ/4ページ



「カラ松、好きだ」

「え……」



 悪魔一松は天使のカラ松に恋をしていた。


 初めは、幼い頃に異母兄弟と共に不慣れな人間界に遊び来て、異母兄弟とはぐれて迷子になったところを、カラ松に助けられたことがきっかけだった。そこから、二人は知り合いになり、異種族同士の友達となった。しかし、カラ松と付き合えば付き合うほど一松はカラ松の優しさに惹かれていき、いつしかその友情は愛おしい想いへと変わっていった。カラ松の存在全てを自分のものにしたくなった。

 そして、二人でいつものように人間の世界を回っていたとき、一松は胸の思いをカラ松に告げた。

 とても賑やかな広場を飛んでいたときだった。
二人の下ではレストランのオープン席が用意されて、食事をする人たちのために音楽の生演奏が行われていた。
 今日は音楽好きなカラ松に誘われて広場の演奏を聴きに来たのだ。
 しかし唐突な一松からの告白のせいで、もはや演奏など全く耳に入っていない。
 カラ松は何も言わない。
 大きく目を見開いて固まってしまっている。



「……ごめん、嘘だよ。お前のこと好きじゃない」



 何で、言ってしまったんだ自分は……。
 別にカラ松を困らせたいわけじゃなかったのに……。
 もしかすると、カラ松に想いを告げて返ってくることを期待してたのかもしれない。……馬鹿だ。僕は馬鹿だ!

 逃げるようにカラ松に背中を向けて、空へと飛ぶ。



「待ってくれ!一松」

「付いて来るな!」



 追い縋ろうとする気配を感じて制止する。事情を飲み込めずに驚いた顔をするカラ松を置いて、一松は飛び立った。






◇◇◇






 広場を見下ろす時計塔の上で一松は泣いた。

 もう、カラ松に会うのはやめよう。
 悪魔が天使に恋をするなんて叶うはずもないのに。

 この町に来ることもないだろう。
 立派な時計塔に美しい広場。
 オープンカフェに広場を盛り上げる演奏家たち。

 猫も多くてとても楽しい町だったのに、不用意に告白をしたせいで、全て台無しにしてしまった。もう、消えたい。

 うつ向いて泣いていると、肩を叩かれた。



「いちまつ」



 優しい声に振り返ると、白い翼を広げたカラ松がいた。



「……あの、さっきはすぐに返事ができなくてすまなかった」

「別にいい。返事はいらない」

「聞いてくれ。俺もお前のことが」

「―――ッ!そんな同情はいらねぇよ!もう放っといてくれ!!」



 カラ松から逃げるように飛び立とうとすると手首を掴まれて、逃げることもできない。



「逃げるな、一松!俺もお前のことが好きだ!」



 強く腕を引かれて、口付けられた。

 合わさった唇は触れるだけのもので、暫く唇を重ね合わせてそっと離される。



「…信じてくれ。俺も、ずっと前から一松のことが好きだったんだ。俺もお前と同じなんだよ」



 林檎のように真っ赤な顔で想いを告げられ、一松はただ頷くことしかできなかった。

 その日から、一松はカラ松の恋人となった。

 一松には、カラ松を堕天させる気はなかった。なので、恋人になっても二人の性的な接触はキス止まりというプラトニックなお付き合いの日々である。

 正直、禁欲的な触れ合いをもどかしく思うこともあったけれど、それでも二人はとても幸せだった。



◆◆◆




 一松には異母兄弟が二人いた。

 それぞれ生みの母は異なるものの、兄弟三人で面白おかしく魔界で暮らしている。

 一松より一つ下の弟・トド松は悪魔と淫魔のハーフとして生まれた。淫魔の魅惑の力で人間や低級魔族達を誘惑しては遊んでいる少々質の悪い弟である。その悪趣味なお遊びがその内とんでもない事態を引き起こさないか、ひそかに兄二人は心配している。

 一松自身は悪魔の父と悪魔に属する魔獣ケット・シーの血を引く母から生まれた。普段は亡き母から受け継いだ魔界の森を管理し、そこで使い魔である多くの猫を世話して暮らしている。

 そして、一松より一つ上の兄・おそ松。

 彼は悪魔族の両親を持つ純血悪魔であった。混血の多い魔界において純血悪魔はとても希少な存在である。純血の悪魔であるが故に強力な魔力を持つおそ松は魔界でもかなり高位の悪魔として知られていた。

 ある時、この長男おそ松は、弟が恋をしていることに気が付いた。

 普段、身だしなみに気を付けない弟が髪をといたり、ジェルを付けたり、人間界の観光案内のパンフレットを読んでいたり、色々と不審な点がいくつもあった。

 どんな人間の娘に恋をしているのかと気になって、からかいのネタにしてやろうと、いそいそと出かける弟の後をこっそり付けてみると、一松は天使の男と密会をしていた。

 時計塔の上で唇を重ね合わせて笑い合う二人を見て、片想いどころかガッツリ両想いの恋仲であることに気が付いた。

 直感的に、これは厄介だなと感じた。

 おそ松は鳩に化けて時計塔の上にいる二人に近付き、会話を盗み聞くことにした。



「カラ松。俺……受肉する」

「え?」



 はぁ!?受肉??お前、受肉って人間になるってことだぞ!意味わかってんのか?!

 翼をはためかせて抗議したい気持ちを、理性で何とか堪えて会話を盗み聞く。



「受肉して、人間に生まれ変わって、たくさん徳を積んで、天使になる。天使になってお前とずっと一緒にいる。だから、俺が人間になってもずっと傍で見守っててくれる?」

「いちまつ……」



 カラ松と呼ばれた天使の目が涙で潤んでいる。一松はカラ松の目を真っ直ぐ見つめて問い掛けた。



「俺のこと、信じて待っててくれる?」



 天使の目から涙がこぼれ落ちた。



「信じる。信じてるよ。ずっと、お前の傍にいる。何百年でもお前の傍にいて待つ」

「……ありがと」



 泣き笑いの笑みを浮かべるカラ松に、一松も優しい笑みを浮かべた。

 おそ松は弟の滅多にない笑顔に驚いた。



(何!?あの闇人形、猫相手以外にもあんな慈愛溢れる顔ができたのか!?)



 一松の知られざる一面にも驚いたが、それよりも重大な問題があった。



(天使になるって……何?お兄ちゃん何にも聞いてないよ!一松)



 どうやら、一松は恋人である天使を堕天させたくなくてプラトニックなお付き合いを続けているようだ。そして、悪魔の自分が少しでも天使と釣り合えるように受肉して人間になって徳を積んで天使になろうとしているのだ。

 根が真面目で優しい弟らしい選択である。

 しかし



(そんなの絶対、お兄ちゃん許しません!!)



 たとえ異母兄弟であろうと、おそ松は兄弟のことをとても愛していた。大事な弟が、誰か一人でも欠けることは許せない。何としても、一松の受肉を思いとどまらせなければならない。

 一松は普段どうでも良いことに関しては諦めが早いわりに一度、自分が決めたことはけして曲げようとはしない。誰が何と言おうと自分の意志を貫こうとする我の強さがある。そんな一松を懐柔したり、力付くで止めることは難しい。

 ならば……。



(あの天使を堕天させちまえば良いんだ。)





◇◇◇







 何度目かの尾行により、弟と天使の密会場所が決まってとある町の時計塔だということがわかった。理由はわからないけれど、もしかすると二人にとってその時計塔が思い入れのある場所なのかもしれない。

 また、弟が時計塔に待ち合わせ時間よりも早く家を出て、美味しいものが好きな恋人のためにわざわざ手土産を用意してから待ち合わせに来るということも知った。ひねくれてはいるものの根っこが真面目な弟らしい心遣いだと思った。

 もしかすると、あの天使を、猫を手懐ける要領で餌付けし続けたのかもしれない。……想像して、まさかそれはないな首を振りつつ、少し笑った。

 いつも通り丹念に身だしなみを整えてから、いそいそと出掛ける弟を見送ると、おそ松は即座に赤く発光する魔方陣を展開し、転移魔法を発動させて、人間界へと移動した。

 転移用の魔方陣を通して、時計塔の上に移動すると、そこには既に天使・カラ松が待っていた。待ち合わせ時間よりもずっと前からいたらしい。



「あ、一松」



 カラ松はおそ松のことを一松だと思って笑顔を浮かべて駆け寄ってきた。これは都合が良いとおそ松は一松のフリをすることにした。



「おい、手を後ろにして背中を向けろ」

「え?」



 開口一番に普段の不機嫌な弟の表情や口調を真似して命じると、笑顔だった天使は困ったように眉を下げる。



「すまない、一松。俺……なにかし」

「良いからとっとと手を後ろに背中を見せやがれえええええ!!」

「ヒッ」



 怒ったときの弟の凶悪な顔を真似して怒鳴ると、カラ松は涙目になって、両手を後ろにくるりと背中を向けた。
 おそ松は懐から手錠を取り出して、後ろ手にまわされた手にカチャリと嵌めて拘束した。
 この赤い手錠は、事前に高名な魔女に作らせた、聖なる力を封じ込める特殊な拘束具である。
 手錠を付けられたカラ松は、身体中の力が抜けたようにガクリと膝を付いた。続いて彼の頭上の光輪と背中の翼も徐々に消えていった。



「え……いちまつ?」



 おそ松は後ろ手にまわされた手錠を掴むと、転移魔法の陣をもう一度、展開する。赤く発光する魔方陣がおそ松を中心に描かれていく。
 赤い光の中で、困惑した天使がおそ松を見上げて、みるみる瞳が見開かれていく。
 
 ようやく気が付いたらしい。

 目の前の相手が一松ではないことに。
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ