おそ松さん
□ホムンクルスは愛を歌う
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ホムンクルスと妖精たち カラ松は十四松とともに黒い森を出て、とある草原に連れて来られた。
十四松は狼の姿から人へと戻り、くるりと辺りを見回す。
空から降り注ぐ優しい日差しに気持ちのよい風が吹き、十四松の毛皮の外套やカラ松の青い服を靡かせる。
「おーい!トド松ー!」
十四松が呼んだ名前に、カラ松は驚いた。
(トド松って誰だ?……トッティじゃないのか?)
もしかすると、トッティとは愛称のことだろうか……。ふと、疑問が湧いたけれど、その内わかるだろうとカラ松は敢えて十四松に何も聞かなかった。
十四松が空を見上げて「トド松ー!」と大きく名前を呼ぶと、突然二人の回りにくるくると小さな竜巻が発生し、竜巻の中から一人の小さな妖精が現れた。
「なあに。今日は一体何の用ですか。狼さん」
桃色のふんわりとしたローブ。くるりとした瞳に笑顔の可愛い若者だった。彼の背中にはうっすらと淡い桃色の燐光を放つ硝子のように綺麗な羽が付いている。
「トッティ、前に自分がもう一人居たらなぁって言ってたよね。だから、今日雑用係に使えそうな人を連れてきたよ」
「……もしかして、その頭に乗せてる人?」
「そうだよ。前にトド松が教えてくれたマヌケな妖精!……じゃなくて、ほるむくろろさんだよ!」
「……はぁ?」
みるみるシルフの顔が強張って、愛らしい瞳が剣呑な色を帯びる。
「悪いんだけどさ、ソイツはちょっと要らないかなぁ〜。狼さんも早くソイツ捨てた方が良いよ」
「え?」
十四松とカラ松は目の前の桃色の彼が何を言っているのかわからなかった。
「ソイツから悪魔の気配がプンプンする」
「えっ!?」
「……悪魔?」
困惑する十四松に、首を傾げるカラ松。
「元人間の狼さんにはわからないだろうけど、ソイツ、悪魔に唾付けられてて関わると絶対に録なことにならないよ」
トド松と呼ばれたシルフは、ふわっと十四松の頭の上にまで飛んできて、十四松の頭にしがみついていたカラ松の腕を掴んだ。
「ちょっと立って」
「え……」
「ほら、さっさと立って」
「あ、あぁ……」
突き刺さるような刺々しい視線を向けられて、腕を引っ張られるまま、カラ松は立ち上がる。
「それでさ、悪いんだけど服脱いでくんない?」
「え?」
「確認したいことあるから」
困惑するカラ松を睨み付けて威圧的に脅し、気圧されたカラ松は命じられるまま、大人しく青いローブを脱いだ。そうして、靴下を履いているだけの裸になった。
自分の裸を検分するように裸つめられて、カラ松は石像のように体が強張る。
「ん〜……あ、あった!」
何かを見付けたらしいトド松が、カラ松の左脇腹辺りに手をのばす。
「ヒィッ!」
突然、脇腹に触れられたカラ松はゾワッと肌が粟立つようなくすぐったい感覚に驚いて、反射的に身をよじってトド松から逃げる。しかし、カラ松の居た場所は足場が不安定な十四松の頭の上。逃げた先で、ツルッと足を滑らせて落ちてしまった。
「うわっ」
「危ない!」
すかさず、十四松が落ちたカラ松を両手で受け止め、何とか助かった。ついでに一緒に滑り落ちたカラ松の服も受け止めてくれた。
トド松は落下したカラ松を追いかけて、フワリと十四松の手の近くまで降りて浮遊する。
彼の、カラ松を見下ろす愛らしい瞳は冷えきっていた。
「アンタさ、悪魔に触られたでしょ」
「……あ、あぁ」
断定口調で聞かれて、困惑しながら頷いた。
その通りである。確かに、おそ松に触られた。腰を抱かれたり、腕を引っ張られて抱きしめられたりもした。
「左脇腹のとこに悪魔の所有印を付けられてるよ」
「えっ!?」
指摘されて慌てて見てみると、脇腹に小さな黒いほくろのようなものがあった。
「トッティ、悪魔の所有印って何?」
「悪魔が自分の獲物を自分より、下位の悪魔に取られないように自分のモノだって獲物に目印を付けることだよ。つまり、コイツが死んだら、魂を取りに来ますよっていう印だよ。コイツはもう悪魔のモノだから、コイツの居場所や生存なんかは悪魔に筒抜けなワケ」
十四松の質問に、笑顔で答えるトド松。
「……これ、ただのほくろじゃないのか?」
カラ松に話し掛けられたトド松の顔が、スッと明るい笑顔から冷たい笑顔へと切り替わる。
「アンタみたいに何の力もないフッツーのヤツにはただのほくろにしか見えないだろうね」
「……う……」
「この胸糞悪い魔力の気配は間違いなく悪魔の野郎だね。しかも、コイツ……かなり強い力を持ってるよ」
「………」
なんとなく、おそ松が凄い悪魔だということは気付いていた。
しかし、一体、いつ所有印なんて付けられたのか。
やはり
『お前のことムリヤリ連れて逝くな』
あのとき、だろうか?
「……気が付かなかった」
「そりゃそーだよ。こういうのは獲物に気付かれないように付けるモンだし、悪魔はそういうコソコソしたセコいことは得意だからね」
忌々しそうにトド松が言う。
(おそ松のヤツ、俺を地獄に連れて行かないって言ったのに、何故……。)
もしかすると、いつか地獄に連れて行く気なのだろうか……?
そうだとしたら、それは困る。カラ松は死んでも地獄に行く気などサラサラないのだ。
「あのさ、狼さん。コイツに関わるのはやめといた方が良いよ」
「えー、でも、ほるむくろろさんは悪魔じゃないよ?」
「でももなにもダメなものはダメなの!彼女が大切なんでしょ?!だったら、悪魔絡みには一切関わらないの!!」
「……」
悪魔は悪魔でも、カラ松はおそ松がそこまで悪い悪魔だと思えなかった。
しかし、おそ松は言った。
『悪魔ってヤツはさぁ、誰にでも優しい訳じゃあないんだぜ』
その通りである。
一応、一般的な悪魔の知識はイヤミの刷り込み教育で知っている。悪魔は、人間を誘惑し、不道徳な行為を唆し、時には人間の魂を奪ってしまうこともある。そして、カラ松はおそ松がイヤミを地獄に連れ去るのを見た。
あの時のカラ松は、おそ松の気まぐれな優しさによって助かっただけである。
「おれはほるむくろろさんと一緒にいまーっス。そんで、赤頭巾はおれがお守りしマッスル。悪魔が来たらやっつけマッスル!ハッスル!最強ー!ぼく最強ー!うぉおおお!!」
「はぁ〜?自分が何言ってるかわかってるの?」
「だって、おれも赤頭巾もほるむくろろさんが好きだもん。それに今此所でほるむくろろさんを放り出したら多分、赤頭巾は激おこプンプン丸になりマッスル!」
思いもよらない言葉にカラ松は十四松を見上げる。
「だから、おれと帰ろ?これからのことは家に帰って赤頭巾と一緒に決めマッスル!」
「十四松……でもな、俺は……」
「でもなもおれはも聞きマセーン!この話はこれ以上、受け付けられまセーン!ハイ、おしまい!」
十四松はカラ松を頭の上に乗せて、トド松の方を向いた。
「というワケで、トッティ。心配してくれてありが特大さよならホームラン!」
十四松はあっさり別れを告げてクルリと背を向けて歩き出す。
カラ松は十四松の頭の上から、トド松を振り返った。
トド松は呆気に取られた顔をしていたが、カラ松と目が合って我に返ると、瞳に苛烈な苛立ちを滲ませてキッと睨み付ける。
狼と赤頭巾の平穏を乱すカラ松を許さない。トド松の瞳が雄弁にそう語っていた。
そして、ギリッと歯を鳴らして大きく吸って口を開く。
「狼さん待って!……ソイツ!ソイツ、雇うから!」
トド松の渾身の呼び掛けに、十四松が足を止めて振り返る。
「雇う?」
「……雇うっていうか……ソイツに仕事を紹介してあげるよ」
「え、ほんと?」
「ホントホント。シルフ、嘘、吐カナイ」
「じゃあ、ぼくも付いて行く!」
「……いいよ」
トド松は十四松に返事をすると、ふわりと羽を羽ばたかせて先に進む。十四松もトド松に続くように草原の中を歩いていった。