おそ松さん

□ホムンクルスは愛を歌う
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 人間の子供に見つかって捕まってしまったカラ松は、素っ裸のまま虫籠に放り込まれて少年の部屋のベッドの下に隠された。

 そして、殆ど室内に監禁された。

 たまに、昼間に外へ運ばれて子供達の間だけの秘密の見世物となった。

 カラ松を拾った少年は奇妙な子供だった。

 カエルや虫を捕まえてきては頭や尻に旗を突き刺したり、背中に旗を立てて串刺しにして遊ぶおかしな子供だった。

 カラ松は彼を「フラッグboy」と勝手に名付けた。

 カラ松はこの世に滅多にない珍しい生き物であるが故に、生きたまま串刺しにされないものの、フラッグboyの気まぐれな慈悲に一日一日を生き延びる日々だった。フラッグboyは毎日パンの欠片と水を欠かさずに用意し、体も拭いてくれるけれど、カラ松はいつ自分も彼に生きながら残酷に遊び殺されるのかビクビクしながら過ごしていた。

 フラッグboyが犬や猫の頭に旗のような杭を突き刺したり、虫を串刺しにして遊ぶのを見る度に、自分もいつか虫けらのように旗を突き立てられて串刺しにされるのだと覚悟をさせられた。

 そんなカラ松は己が少しでも生き残るためにある考えを思い付いた。

 夜、フラッグboyが寝る前のこと。

 彼のベッドの脇にある机の上にカラ松は置かれていた。フラッグboyはカラ松の存在が家族に見つからないように、いつものようにカラ松の入っている虫籠をベッドの下に戻そうとしていた。

 そんなフラッグboyにカラ松は声を掛ける。



「なぁ、フラッグboy。今から寝物語を聞かせてやろう」

「ねものがたり?なんだジョー?」

「フフフ。お前に摩訶不思議な物語を教えてやるよ」



 普段は滅多に口を開かず、虫籠の中で膝を抱えているカラ松が珍しく話し掛けてきた。いつもなら大人しく身を縮こまらせているカラ松が、意外とフレンドリーに話し掛けてきたことに驚きつつも、少年は目を輝かせる。



「これから話すことは本当にあった話だからな。心して聞けよ」

「わかったジョー」

「これは悪魔と契約した悪名高き黒魔術師の話だ」



 カラ松の読み通り、フラッグboyはカラ松の語る物語に夢中になった。

 翌日の夜に今度は少年の方からカラ松に寝物語をねだってきた。

 カラ松は夜毎に一つずつフラッグboyに物語を語った。それらは刷り込み教育で得た魔術の知識や世界中の神話や伝承を元にしたお伽噺だった。予め用意された台本を読み上げるように語りながら、カラ松はいつも心の中でイヤミの刷り込み教育に感謝していた。

 毎晩、少年が眠る前に刷り込み教育で得た知識を元にお伽噺を語って、子供を飽きさせない作戦さ……いわゆる「千一夜物語作戦」に出たカラ松だったが、そんな子供騙しのような陳腐な作戦はすぐに終わってしまった。



「あ、もうお話はいらないのだジョー」



 就寝しようとする子供にいつものように物語を語ろうとしたところ、断られてしまった。

 飽き性な子供は、希少な生き物としてのカラ松に飽きてしまったし、カラ松の語る奇想天外な物語にも興味を失ってしまったのだった。

 その日の夜、カラ松は一睡もできなかった。

 外で犬が騒がしく吼えており、煩い鳴き声のせいで眠れないのだと自分に言い聞かせていたが、本当は明日以降の自分の行く末が不安でたまらずに眠れなかった……。何度、目を瞑ろうと張り詰めた緊張のあまり頭と目が冴えてしまい、頭と尻から旗を生やして死んでいる自分の姿を想像してしまう。結局、少しも眠らないまま夜が明けてしまった。

 翌日、フラッグboyは朝からカラ松の体を念入りに洗った。普段、彼がこのようなことをしたことがなかったのでカラ松は嫌な予感がした。洗面器の中でカラ松の体を洗い終え、タオルで水を拭き取ると、再びカラ松を勉強机の上に置いている虫籠の中へと戻した。

 カラ松は虫籠の中から見ていた。

 フラッグboyが楽しそうに歌いながら、机の上に色々な道具を並べていく様子を見ていた。


 そして、カラ松は並べられたそれらの道具を知識として知っていた。

 展足板。頭に旗が付いた大きな黒い昆虫針。頭に旗が付いた留め針。ピンセット。脱脂綿。接着剤。カッターナイフ。虫眼鏡。青緑に着色された防腐剤。殺虫剤。そして、毒が入っているだろう注射器。

 いわゆる昆虫採集セットである。

 しかも、それらは一度も使われた形跡がない。まるで、新品そのものである。もしかすると、自分のためにわざわざ親にねだって買ってもらったのだろうか…。思い至った考えに、これから己の身に何が起こるのかを理解してゾッとした。



(殺される)



 基本的に標本にするためには虫を殺さなければならないということを知識としてカラ松は知っていた。毒液を注射して殺すのである。そのまま標本にすると腐ってしまうので、メスやカッターで昆虫体の腹を切り開き、ピンセットなどで内臓を引っ張り出して取り除き、脱脂綿を中に詰めて、接着剤で切り口を固定するのだ。



(俺、虫みたいに標本にされるのか!?)



 毒殺されて、お腹を裂かれて、内臓を引っ張り出されて、綿を詰められて、接着剤でくっ付けられて、展足板に昆虫針でお腹を串刺しにされて、針で固定されて…。

 想像しただけで血の気が引いた。やっぱり、幼い子供というのは無邪気でありながら悪魔のように残酷である。恐怖に体を震わせながらカラ松は思った。



(ここで殺されて標本にされるくらいなら、あの時、あの悪魔と一緒に地獄に行けば良かった!)



 今さら後悔しても遅いけれど……。



「そろそろ出るんだジョー。こっち来てジョー」

「い、いやだぁ!!」



 フラッグboyが虫籠を開けて、カラ松を取り出そうとする。カラ松は狭い籠の隅に身をくっ付けて逃げるが、抵抗も虚しく体を掴まれて籠から取り出される。



「や、やめてくれ!フラッグboy!そんなものを向けないでくれ!ひぃっ、嫌だぁっ!誰か!誰か助けてくれ!殺される!嫌だあああぁ!!」



 大きな人間の子供に捕らえられたカラ松は手足を動かして暴れた。しかし、机に押し潰すように抑え付けられてしまい、思うように抵抗できない。フラッグboyの片手にキラリと光る注射器。カラ松は死の恐怖に泣いて叫んだ。注射針を見上げる瞳は絶望に染まっていた。

 悪魔に無理やり地獄に連れて行くと言われた時も怖かったが、その時は命を取られる緊迫感や胸を黒く塗り潰すような絶望感は感じなかった。おそ松がカラ松に優しかったおかげだろう。おそ松は目の前の子供のように問答無用にカラ松を殺そうとしたりはしなかった。カラ松の話を聞いてくれたし、力付くで地獄に連れて行くこともしなかった。



「殺さないでくれ……死にたくない……」



 カラ松の願いはフラッグboyには届かない。ただ、不思議そうに「ジョ?」と首を傾げている。そのまま注射器の針がカラ松のお腹を刺そうしたときだった。

 部屋の窓硝子が割れ、何かが部屋に入ってきた。

 窓ガラスを突き破って入ってきたのは一匹の狼だった。

 狼といっても、ソイツはカラ松の知識として植え付けられた狼よりもずっと大きく、高さは優に2mを超える狼の姿をした巨獣だった。

 割れた硝子とともに部屋に入ってきた狼は、子供を睨み付けるように見て唸った。フラッグboyはすっかり恐れをなして、「狼だジョー!」と机の上にカラ松を置いて慌てて部屋から逃げ出していった。

 残されたカラ松は狼を見て震えた。



「お……俺は、食っても、ぜんぜん美味しくないぞ」



 涙目で腰を抜かせて、ずりずりとお尻をついた体勢で狼から遠ざかるように後ろに下がり、空っぽの虫籠に背中をぶつけた。



「………」



 狼は机に近付き、カラ松を見下ろす。そして、口を大きく開いた。



「ヒイッ」



 恐怖のあまり、カラ松は気絶した。




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