おそ松さん

□カラ松Rat事変
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 その頃、チョロ松、十四松、トド松の三人は二階の子供部屋で、ソファーの前で三人向かい合わせになってラット殺しの犯人について話し合っていた。



「やっぱり、絶対に一松兄さんしかいないでしょ」

「それは無いよ」



 猫に食い殺させたと怒って主張するトド松に、十四松が首を振って否定する。



「だって俺、一松兄さんが、このネズミに手出すなよって猫に注意してるとこ見たもん。そんな一松兄さんがカラ松兄さんのネズミを殺すとは思えない」

「え……」



 十四松からの思わぬ証言にトド松は狼狽えた。しかし、すぐに眉を吊り上げて兄に詰め寄る。



「じゃ、じゃあさ!何であの時に言わなかったんだよ!」



 あの時とは、つい先程トド松が一松に疑惑をぶつけた時のことである。

 チョロ松は、十四松とトド松を交互に見てトド松のただならぬ形相に「え?何々? さっきやっぱり何かあったの?!」と狼狽えた。しかし、余計な口は挟まない。何たって、向かい合っているのは口達者なドライモンスタ―と松野家の核弾頭である。事情も知らないのに仲裁を気取って下手に口を挟んでしまうとこちらが噛み付かれて痛い目を見るのだ。とりあえず、チョロ松は様子見をすることにした。



「だって、あの時はトド松が一松兄さん、怒らせてヤバかったし」



 十四松が先ほどあの場でその事を話さなかったのは、トド松のため。

 詰め寄るトド松に顔色を変えることなく笑顔であっさり言う。

 あの時、トド松も一松もあまり冷静ではない状態だった。そんな中で一松に助け船を出して弟を追い詰めるような真似をしたくなかったのだ。

 自分のことを想ってくれる優しい兄に、トド松は何も言えず、下を向くことしかできなかった。



「………」



 俯いたトド松の頭が撫でられる。



「今は一松兄さんも頭が冷えた頃だろうから、さっきのこと、謝っておいでよ」

「……わかった」



 トド松は素直に頷いた。




◇◇◇





 トド松が一松を探して一階の廊下に出ると、そこにはちょうど玄関から入ってきた一松に遭遇した。



「一松兄さん」

「……何?」



 トド松が声を掛けると、靴を脱いでいた一松が、何とも表情の読みにくい半目を向ける。トド松は一瞬怯みかけたが、キッと眉に力を入れてえぇいと勢いのまま頭を下げた。



「さっきは、ごめんなさい!」

「………」



 ペコリと頭を下げて謝ってきたトド松に、一松が驚いて思わず凝視する。どうやら、居間で思い込みだけであらぬ疑惑を吹っ掛けた非礼を詫びているらしい。



(一体、コイツに何があったんだ……)



 腹黒い性悪で五人の兄達を見下しているドライモンスタ―・末っ子トド松。

 さっきも居間で一松のことを睨んできていたというのに…。手の平を返したような態度に一松は困惑した。しかし、今のトド松からは何らかの腹黒い意図は感じられない。素直に頭を下げて謝ってきているように見える。



「……やっぱり、怒ってるよね」



 なかなか答えない一松に焦れたのか、トド松が頭を上げて不安そうな上目遣いで兄の様子を伺う。



「いや……もういいよ」



 一松はあっさりとトド松を許した。心の中で日頃の行いが行いだし、トド松が自分を疑うのも無理はないと思っていたのだ。



「本当?ありがとー!闇松兄さん!」

「…………」



 不安げな顔からパアッと明るい笑顔に切り替わるトド松。彼もまた気持ちの切り換えの速さに定評のある六つ子の一人であった。さっそく兄の隣に並んで一緒に二階へと向かう。



「やっぱり、闇松兄さんって優しいよね」

「………」

「パッと見、どっかの人殺しみたいに陰気で卑屈で怖そうだけど実は超普通だし、見かけによらず優しいっていうか、ダウナー気取ってるだけの一般人っていうか。もう本ッ当に闇ッ気ゼロ!猫好きだし、フツーに優しいよね〜」

「………」



 もしかして、これはおだてているつもりなのだろうか。

 トド松は一松の後ろに並んで階段を上がりつつ、一松を馬鹿にしているのか、褒めているのか、貶しているのか、よくわからないことを言っては、うんうんと一人で納得して頷いている。

 とりあえず、ペラペラとよく回る口がうるさかったし、イラッときたので後ろを振り返ってトド松の脳天に軽くチョップを落としておいた。




◇◇◇





「お帰り。トッティ、一松兄さん」

「二人ともお帰り」



 一松がトド松と共に二階の子供部屋に戻ると、ソファーの前で向かい合わせに腰かけていたチョロ松と十四松が笑顔で迎えてくれた。



「ただいま」

「……ただいま」



 トド松が十四松の隣に座り、一松はトド松に続くようにチョロ松とトド松の間に腰をおろす。



「結局、カラ松兄さんのネズミはナニに殺されたんだろう?」



 トド松がポツリと疑問を漏らした。それは、誰にもわからない疑問だった。うーんと皆で頭を捻る。



「いくら俺達が知恵を絞ってもわからないものはわからないんだ。こういう時は母さんに聞いてみよう」



 チョロ松が提案する。困った時はお袋の知恵。チョロ松の提案にのって四人でぞろぞろと母がいるであろう台所に向かうことになった。

 台所にはちょうど、買い物から帰ってきて食材を冷蔵庫に移動している母の姿があった。



「母さん、今ちょっと良い?」



 この場にいる兄弟を代表して三男のチョロ松が台所に入って母親に話し掛ける。



「あら、どうしたのニート達」

「今朝起きたら、カラ松のネズミが何かに殺されちゃっててさ……」

「あらぁ、それは可哀想ねぇ……」

「それで、何か知ってることはないかなぁと思って聞きに来たんだ」

「う〜ん…何か知ってることって言われてもねぇ…」

「母さんは誰がカラ松のネズミを殺したと思う?」

「……ネズミじゃないかしら」



 チョロ松の質問にあっさりと答えを返す母。

 さらに



「この家も古いし、最近夜になるとネズミが天井裏を走ってうるさいのよねぇ」



と続けた。




◇◇◇




 母親に礼を告げて、再びぞろぞろと列に並んで子供部屋に戻っていった。



「この家にネズミなんか居たんだね」

「………」

「ウチにはさ猫松兄さんが居るし、よく猫を連れて来てたからこの家にネズミが居着いている可能性なんて全く考えてなかったなぁ」

「………」



 チラリとトド松が横目で一松を見る。何か物言いたげな視線に、一松が不快そうに顔を顰めて舌打ちしたが、トド松は全く気にすることなく溜め息を吐いた。



「はぁ…そうだよ。そうなんだよ。猫松兄さんと言っても所詮ただの人間。ふっつーぅの一般人。猫松兄さんが猫を家に連れて来ても、ちょ〜っと遊びに連れて来ただけで飼い猫として飼ってるわけじゃないし、すぐ元の場所に返すし、ネズミの脅威にはならないんだよね」

「………」

「……あ〜、トド松。さっきから一松がすっごい物騒な目でお前を見てるから、その辺で口閉じてろ」

「は?」



 チョロ松の注意に首を傾げるトド松。どうやら、悪気もなく無自覚に兄弟を煽っているらしい。何それコイツ怖い。末っ子特有の甘えた気質というやつは悪意なく兄弟を挑発したり、煽ったり、自らを地雷源に躊躇なく踏み入れさせたりするものなのだろうか……。

 基本的に松野家の末っ子・松野トド松はドライモンスターである。

 はっきり言ってしまうと、彼……松野トド松は自分以外の兄弟を下に見ている。しかし、その兄弟を舐めているが故の驕りは自分に対しての甘さに繋がり、兄弟全員を敵に回す程の喧嘩を引き起こしては意外と自滅しやすいのがこの末っ子であった。

 とりあえず、トド松は口が過ぎるし、いつも一言多いのである。

 チョロ松は額を押さえて溜め息は吐いた。



「はいはーい!チョロ松兄さん、ネズミってネズミを襲うんすか?」

「……ん?ンなこと、俺に聞かれてもなぁ」

「ラットは共食いしないけど、野生のドブネズミはネズミを食べるんじゃないの?」



 トド松がスマホでドブネズミがペットを襲うかどうかを検索してみると、ドブネズミがペットを襲う事例がザクザクと出てきた。さらにドブネズミは肉食でラットやハツカネズミ、小鳥や金魚などの小型の愛玩動物を襲って食べるのだと記されているサイトも見つかった。



「あー……母さんの言う通りだったね」

「……これで、カラ松のネズミ殺しの犯人はネズミで決定だな」



 トド松の言葉にチョロ松が頷いた。

 スマホを見ているトド松の隣から十四松がスマホを覗き込んでくる。そして、笑顔のまま黙り込んでしまった。

 カラ松のネズミ殺しの犯人はわかった。しかし、わかったところで、自分達にはどうしようもない。死んだネズミは生き返らない。今のカラ松に何かしてやることも、できることもないのだ。せいぜい、ドブネズミへの報復措置としてネズミ取りを仕掛けるくらいしか出来ない……。

 一松はスッと立ち上がると黙って部屋から退室した。

 チョロ松は「あ、コイツ猫に会いに行く気だな」と気付いた。本当にいつだって自分のしたいことを好きにやるマイペースな弟である。

 トド松はラットをくれた女の子にネズミが死んだことを連絡するのが億劫だ…と愚痴こぼしながら、憂鬱そうにスマホで通信用アプリを起動していた。


 十四松は開けっ放しになっている押し入れの中のラットの餌やケージを、笑顔で黙って見つめていた。チョロ松にはその黄色い背中が何となく怖かった。十四松も十四松なりにあのネズミを可愛がっていたことをチョロ松は知っていた。だから、可哀想だなと思う。しかし、普段から一体何を考えているのか読めない五男のその背中が、ラットの道具を黙って見つめる物言わぬ姿が何だか不気味だった。



(悲しいなら、カラ松みたいに泣けば良いのに)



 それとも、悲しみよりもラットを食い殺したであろうドブネズミに怒っているのだろうか?



(コイツのことは、よくわからん)



 チョロ松はラットを可愛がっていた次男のことも五男のことも気の毒に思いながらも、自分にできることは特になさそうだと判断して、本棚から求人雑誌を取り出してとソファーの上に腰掛けて広げる。

 彼らのいつもの日常が始まった。
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