おそ松さん

□カラ松Rat事変
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 松野家にやってきたクソネズミ(長男命名)こと、カラ松Rat(次男命名)は、次男の寵愛を一身に受けとめる存在となっていた。

 はじめは兄弟達からぞんざいに扱われても無抵抗な姿に湧いた同情心だったが、それが愛しさへと変わるのにそう時間はかからなかった。

 カラ松のあげた餌を食べ、カラ松が綺麗にした水槽に暮らし、カラ松の手であげるおやつを食べる。今ではカラ松が水槽に近づくだけで反応して立ち上がり、小さな両手を水槽にくっつけて、つぶらな瞳でカラ松を見上げて全身で意識する。その姿の可愛いのなんの。カラ松はカラ松Ratと命名した飼いネズミにメロメロにされていた。

 毎月オシャレに費やしていたお小遣いは、ラットの為に消費されるようになった。少しでも良い餌を食わせてやろうと、餌も安価なものから高価な国産プレミアムに切り替えたし、おやつも全て国産のものを買うようにしている。毎月の消耗品である消臭スプレーやおがくずも良い品質のものを厳選して買っている。さらに、今から暑い夏が訪れた時のために風通しの良いケージも買ったのだ。

 カラ松Girlを求めて町へ出掛けていた時間も、全てカラ松Ratの為に使われるようになった。

 毎日一緒に遊び、より良い餌やおやつを探しにペットショップを巡り、カラ松は小さなラットに尽くし、大切に愛した。

そんな献身的な飼い主にラットも心を開いて信頼し、とても懐いた。

 カラ松の肩に乗ったり、パーカーのフ―ドの中に入り込んだりして全身でなつき毎日一緒に遊んだ。

 しかし、そんな仲睦まじい一人と一匹に事件が訪れた。

 カラ松が部屋でいつものように、ラットを二階の兄弟の部屋で自由に放し飼いにして、水槽を掃除していた時のこと。



「Hey、カラ松Rat!もういいぜ?」



 掃除が終わって振り返ってみたところ、部屋からラットが消えていた。

 慌てて辺りを見渡してみると入り口の襖が微かに開いていた。きちんと入り口を閉めたつもりが、閉まっていなかったのだ。

 カラ松はラットをとても溺愛していた。しかし、ラットを自由にさせるのは二階の兄弟の部屋だけだった。外に出る時は大抵パーカーのフードの中や自分の肩の上に乗せている。けして一匹で自由にさせることはなかった。

 慌てたカラ松は襖を開けて一歩、外に踏み出した。



「キュッ!!」



 何か、踏んだ。

 いや、踏んだというより、蹴った。

 足元から、くぐもった小さな悲鳴のような声が上がり、恐る恐る下を見てみると、怯えたように身を竦めているカラ松Ratの姿があった。

 どうやら、この小さなお尻を蹴っ飛ばしてしまったらしい。



(嘘だろ。今、俺…!!)



 みるみる真っ青になるカラ松。



「すまない!!カラ松Rat!!俺は許されざる過ちを犯してしまった!あぁ、俺を恨んでくれ!呪ってくれ!俺の罪を糾弾してくれ!」



 怯えて身動きひとつしない小さなラットを胸に閉じ込めて、カラ松は後悔の叫びを上げて、泣いた。

 ちょうど、その時、猫缶を買って、外から猫を連れて帰ってきた一松が、玄関にまで届くカラ松の嘆きの声に舌打ちをした。

 一松の心情を代弁するなら「帰ってきて早々にこれかよ、気分悪いな」である。

 猫を下ろして不機嫌に足音荒く階段を上がる。猫も一松の後ろを慣れたように足取り軽やかに付いて行く。階段を上がりきろうとした先で、目に入ったカラ松の頭に目掛けて、コンビニ袋ごと猫缶を勢い良く投げ付けた。

 松野一松は生粋の猫派である。

 彼は、猫こそがこの世で一番可愛い生き物であると信じている。なので、ネズミを溺愛するカラ松とは何処まで理解し合うことができねぇなと、忌々しくも喜ばしく思っていた。さらに、彼はカラ松が生粋のラット信者であるとも思ってはいなかった。そう、カラ松は自分のペットであるラットを溺愛しているが、特にネズミ自体が好きな訳ではない、と一松は忌々しく思っている。



(てめえはそうやって、物言わぬ無抵抗なネズミに逃げてすがってるだけだろうが!)



 他人との関わり合いを避けて物言わぬ猫を可愛がる臆病な自分も、カラ松とそうたいして変わりない存在であると自覚している。しかし、一松は最近のカラ松を見ていると苛々して仕方ないのである。

 痛々しいナルシズムな厨二に浸って自分を着飾って、現実と向き合おうとしない弱さに腹が立つし、物言わぬネズミに自分の居場所を見出だし始めているのも、とことん気に食わない。特に、ここ最近のカラ松のウザさは異常である。死ね。クソ松!

 豪速球で飛んできた猫缶に頭を打たれ、胸に抱いたラットを離さないようにしつつ頭を抱えて痛みに呻く次男。

 一松は廊下に転がり落ちた猫缶を袋ごと回収し、最後にカラ松を一瞥する。その際に、腕の中のネズミと目があった。くるりとした黒い瞳が一松を見上げて首を傾げている。



(クソ松二号め)



 カラ松に抱えられているネズミを興味深そうに見ている猫に、ソイツに構うなと手招きすると、猫は興味を失せたように一松の足に体をすり寄せてくる。沸き上がる苦々しい思いに舌打ちして、一松は猫を抱えて部屋に入っていった。









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