おそ松さん
□カラ松Rat事変
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その後、猫に餌やりに出掛けたという一松を探すために、慌てて家を出た。
途中でコンビニに寄り、猫缶を購入してから一松がいるであろう路地裏に向かう。
優しい一松は、可愛がっていたラットを殺されて落ち込む兄に胸を痛めて敵討ちしてくれた。その事実は「もしかすると、自分は一松からそんなには嫌われてはいないのかもしれない」という強固な自信へと繋がった。
根が単純でポジティブなカラ松は、自分が立てた推測に段々と嬉しくなってきた。
自然と一松を探す足取りもはやくなる。狭い路地を早足で進んでいくと、猫に囲まれている一松の姿が見えた。
「一松!」
大きな声で名前を呼んで駆け寄ると、何とも表情の読みにくい半目がジロリとカラ松を見る。
「……なに、何か用?」
なんの感情も浮かばない淡々とした目を見て、浮かれていた気分が一瞬で萎んでしまった。やはり、自分は嫌われているかもしれないと後ろ向きな思考がチラリと頭を過って、気持ち的にも怯みそうになったが「いやいや」と自分を叱咤してネガティブな思考を切り捨てる。
「いや、……そ、その……色々とありがとな。それで心配かけて、ごめんな」
「………」
カラ松は冷えた眼差しに緊張しながらも、はにかむような笑顔を浮かべて礼を告げる。滅多に自分に向けられない兄の素の笑顔に、一松の目が微かに見開かれる。しかし、カラ松は全く気付いておらず、早口に話を進める。
「あと、これ。お前の友達へのお礼な」
手に持っていた袋を差し出すと一松は何も言わずに大人しく受け取った。袋の中には以前一松がカラ松に投げ付けたのと同じ猫缶が入っていた。それも10缶も…。
カラ松は以前、一松が自分に投げ付けた猫缶の種類を覚えており、それと同じ物を買ってきたのだ。
一松は袋の中の猫缶をじっと見つめていた。
もしかすると、気に入らないのだろうか。品定めされているようかのような居心地の悪い緊張を感じながら、黙って一松の反応を待つ。
ガサリと袋を閉じて、不機嫌そうな半目が向けられる。
「……どーも」
ぼそりと呟くように礼が返ってきた。一松からの素っ気ないお礼にカラ松は大きく目を見開いて、嬉しそうに笑う。
「……あのさ、俺へのお礼はないの?」
「へ?」
唐突な申し出に、カラ松の笑顔がきょとんと間の抜けた顔に変わる。
「こいつらへのお礼はあるのに、俺へのお礼はないんだ。まぁ、ゴミクズにお礼なんてある訳ないよね。当たり前のことですねー」
「え」
皮肉のつもりなのか敬語で自虐的に言われて、カラ松は焦った。慌てて財布を取り出そうする。
「あ、いや……あ、そうだ!肉まん!肉まん奢るぞ!」
「別にいらない」
「え……」
ピシャリと断られてショックを受ける。
前触れもなしにグイッと引き寄せられるように胸倉を掴まれた。そのまま噛み付くように唇が合わさった。生温い舌が咥内に押し入り、縮こまって逃げようとするカラ松の舌に吸い付いた。互いの舌を絡めるように触れ合い、舌の裏側を擦るように舐められてカラ松の腰がビクビクと震えた。
一松の舌が咥内を動く度に体から力がスルスルと抜けていき、紫のパーカーをすがるように掴んでしまう。背筋がゾクゾクとするような興奮が走り、心臓の鼓動が速くなる。脳天から痺れるような快感に頭の中がふわふわとして、何も考えられない。
「ふ、んっん……」
思わず、声が漏れ出る。
与えられる快楽に溺れかけていると、唐突に唇が離れて、ドンッと背後の壁に突き飛ばされた。力の抜けた身体は壁伝いにずるずると地べたに尻餅をついてしまう。唐突なキスの終了に付いていけずに、熱を持った頬と潤んだ視界で一松を見上げると、ギラついた肉食獣のような瞳と目が合った。
まるで捕まえた獲物を食い入るように見つめるような視線に貫かれてカラ松の身体は震えた。何かを期待するように肌が粟立った。
「一松……?」
「なに物足りなそうな顔してんの。これで我慢してやるから、感謝しろよ」
物足りなそうな顔って何だよ。そう疑問に思いながらも、首を傾げて一松を見上げていると、カラ松を見下ろす目が猫のようにすっと細まる。
「もしかして、あんた俺に犯されたいの?」
そう問いかけられて、意地悪くヒヒッと嘲笑われた。
いや、別に犯されたい訳ではない。ただ……
「……キス、すごく気持ち良かった」
「………」
放心したように力の抜けた眉。熱く潤んだ瞳に赤い頬。ふにゃりと笑った口元。
カラ松が気持ちよく感じたことを正直に告げると、獲物を前にした野良猫のような瞳が大きく見開かれていった。そうして、一松の顔がみるみる真っ赤に染まっていき、終いにはとうとうプイッとそっぽ向いてしまった。
End