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□惚れ薬ぱにっく!
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「惚れ薬ですか………」
 紫の毒々しい色合いの液体をした香水を見つめながら、私は思わずそう呟いていた。これは元々少し前にジョークグッズとしてセントラルタウンに売られていたらしいのだが、予想以上に効果が強力すぎて販売中止になったという曰く付きの代物のようだ。なぜ、それが今私の手元にあるのかと言うと―――――先程、今井さんに面白そうでしょと売られたからだ(彼女はガリバー飴も持っていたのでなぜ所持していたのかはもう気にしない事にする)。
「…………まあ、確かに面白そうですけどどうしましょうかね」
 説明書を読むと、この惚れ薬は香水の匂いを嗅いでから初めて見た人の事を好きになるようだ。それも、どんなクールな人でも相手にベタ惚れでメロメロきゅんきゅんのデレッデレになってしまうらしい。
 …………もしこれを嗅いでしまったら、どのような醜態を晒してしまうのだろうか。思わず身震いする。しかし同時に、もし日向君がそんな状態になったらどうなるんだろうと想像する。
「………めっちゃ馬鹿に出来るじゃないですか!」
 悪意しか無かった。
 そうと決まれば、と私は香水を持って日向君がいるであろう教室を目指して廊下を小走りで駆ける。
 ………浮かれてた私は、前方から来る人影に気付かなかった。
「わっ!?」
 ドンッ、と身体に何かがぶつかり、その衝撃で私は転んでしまった。その拍子に、香水が手元から離れ―――床にガッシャンと叩き付けられてしまう。
「ごっごめん☆☆!大丈夫!?」
 聞き覚えのある声が頭に降りかかって来る。流架君だ。彼は心配そうに転んだ私を起こそうと手を差し伸ばしてくれていた。
「こいつが勝手にぶつかって転んだだけだろ、そんな心配する必要無ェよ流架」
 流架君の少し後ろで、日向君が冷たくそう言い放つ。
「でも、なんか割っちゃったし………」
 流架君はそう言って、悲惨に割れた香水を見つめた。そう。香水はさっき床に叩き付けられた時に割れてしまったのだ。そして―――――。
「流架君」
「あっ、☆☆だいじょ………」
「好きです」
 割れた香水から溢れ出た匂いを近くでモロに嗅いでしまった私は、最初に視界に入った流架君にあっさりと心を奪われた。
「「はっ?」」
 二人の唖然とする声が聞こえて来たが、今の恋する☆☆ちゃんには関係無い!
「流架君、私と付き合っ………いやもう結婚しましょう!一生幸せにします!」
 私は目をハートマークにして流架君に抱き着く。
「なっちょっちょっと!いきなりどうしたんだよ!?」
 流架君は顔を真っ赤にして、困惑する。
「あああああ流架君!流架ぴょん!るーちゃん!流架ちょっぷりん!!!」
 私は勢いのまま流架君を押し倒し、彼の制服に手を忍ばせる。
「わっちょっ!☆☆っ!どっどこ触ってるんだよ!!」
「責任取るから大丈夫です!」
「そっそうじゃなくて………!というかそれ普通俺が言う台詞だし………!!」

「おい、流架に何してんだこの性悪変態女」
「日向君はほっといて下さいっ!アナタみたいなドS鬼畜野郎、お呼びじゃないんですよ!!」
 止めに入って来た日向君にそう威嚇をすると、彼の目がツッ……と鋭くなる。
「………流架から離れろ」
「ぴゃああああああ!!!」
 ボッ、と日向君の炎で軽く髪を焼かれ私は思わず流架君から離れる。
「わっ私と流架君の邪魔をしないで下さいっ………!」
「なっ棗、いくらなんでも髪を燃やすは☆☆かわいそうだよ」
「お前、この性悪変態女に変なコトされそうになってたんだぞ あのままで良かったのかよ」
「そっ……それはその……」
「ほらぁ流架君も満更じゃないんですよ!悔しいでしょうねぇ!!そういう事なんでどっか行ってくれません!?」
「…………本当燃やすぞテメェ」

「あれ……これって………」
 私と日向君が睨み合う中、不意に流架君が床に放置されたままだった香水に視線を配る。

「惚れ薬………?」
 ラベルにご丁寧に"惚れ薬"と書かれていたため、それが何なのか容易く判った。


「なんだよこいつ、惚れ薬でおかしくなってんのか」
 日向君がこの騒動の原因である床に転がっていた香水を手に取り、呆れたように溜息を漏らした。
「うん……そうみたい……何で☆☆、惚れ薬なんて持ってるんだろ」
「大方、今井辺りに売られたんだろ」
 心配そうに眉を垂らす流架君とは正反対に、日向君が心底馬鹿を見るような冷めた視線をこちらに向けて来る。ひどい。

「☆☆、大丈夫?」
「☆☆じゃなくて乃木です」
「なっなに勝手に嫁入りしてるんだよっ!!」
 流架君はますます顔を真っ赤にして突っ込むが、私は構わず言葉を続ける。
「それがダメなら☆☆流架になって下さいっ!」
「そういう問題じゃないから!!」


「おい」
 流架君とそんなやり取りをしていると、不意に日向君にグイッと腕を引っ張られた。不機嫌さを孕んだ彼の深紅の瞳と目が合った―――と思った瞬間、唇に柔らかいモノを押し付けられた。それが日向君の唇で………キスをされたと気付くのに、そう時間は掛からなかった。

「いくら惚れ薬でも、他のヤツ見てんじゃねェよ」

 薬の効果で今は流架君が好きなはずなのに、どくり、と鼓動が速まったような気がした。


惚れ薬ぱにっく!



 この後、暫くして効果が収まり、私は流架君に全力で土下座をするのだった。

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