泡沫の長夢

□お兄さんと私 6
1ページ/1ページ




「はあぁ……」
「わふ?」
「あ……なんでもないよ、ごめんねフラフ」
「わん!」


朝から思いきり深い溜め息をつくと、ご飯を食べていたフラフが心配そうに顔を見上げてきた。背中を撫でて微笑んであげると、フラフは再びご飯の時間へと戻る。

溜め息の原因は、昨日の出来事。お兄さんが帰る時のほんの少しのやり取りがずっと頭から離れず、夜はほとんど眠ることができなかった。


(お兄さん……)


ふっとよぎる、お兄さんの顔。浮かんだ瞬間に心臓の音は早くなり、顔に熱が集中してくる。気持ちもそわそわしてきて落ち着かなくなる。再度溜め息をついて、私は膝を抱えてそこに顔を埋めた。いったいどうしてしまったんだろう。


「姫、やっぱり来ていたか」
「!!」


そんな時、後ろから今まさに頭に思い浮かべていた人の声が聞こえてきて、私は思わず叫びそうになってしまった。なんとか叫ぶのをこらえ、平常心を自分に言い聞かせながら後ろを振り返る。


「お、お兄さん……」
「おはよう、昨日はありがとうな」
「い、いえ……」


昨日と同じように優しく微笑むお兄さん。どきん、胸が高鳴る。お兄さんの姿を視界に映した途端に心臓はさらに激しく脈を打ち、顔がまともに見られない。昨日までは普通に接していたはずなのに、お兄さんとどのように話していたかがまるで思い出せない。


「……どうした?なんか様子がおかしいぞ」
「!!」


私の隣にお兄さんがしゃがみこみ、顔を覗きこんでくる。急に近くなったお兄さんの顔に、私は顔が沸騰しそうな程熱くなるのを感じていた。


「顔赤いな……熱でもあるのか?」
「っ!!?」
「あ、おい!」


お兄さんが私の額に手を当てようと伸ばしてきて、私はそれに驚いて体を思いきり後ろに引いた。その際、バランスを崩してそのまま後ろに倒れそうになり、お兄さんが私の腕を引き寄せて支えてくれた。


「おい…姫、大丈夫か?」
「……!、!!」


先程よりもぐっと近くなった距離。必然的にお兄さんに抱き締められる形となり、お兄さんの体温とかが直接伝わってきて、私の精神はもう限界を迎えていた。


「……姫?」
「あ、だ、だだ、大丈夫です!!学校いってきまーす!!!」


何も言わない私を心配そうにお兄さんが顔を覗きこんできて、私は突き飛ばすようにお兄さんから離れ、そのまま逃げるように学校へと向かっていった。


そんな私を、お兄さんが悲しげに見つめていたことに気づかないまま……。










(絶対、変に思われたーー!!)


教室に着くなり、私は机に突っ伏して頭を抱えた。あまりにも不自然すぎる行動だったと自分でも思う。だけど、あまりにも混乱しすぎていて自分ではどうしようもできなかった。今もなお、ここに自分一人だったら大声で叫びたい衝動にかられていた。


(私……どうしちゃったんだろ……)


昨日までは何ともなくできていたやり取りも、今ではお兄さんの一つ一つの何気ない仕草まで意識してしまい、とても平常心ではいられない。これではまるで、


(恋、してるみたい……)


恋、という単語を頭に思い浮かべた途端、たちまちに全身が熱くなる。一度落ち着いていたはずの心臓もまたうるさく脈を打ちはじめる。お兄さんのあの微笑みが、頭から離れなくて、


「朝から机に突っ伏してどうしたのよ。風邪引いた?」
「あ、アキちゃん……アキちゃあああん!!」
「うわっ!ちょ、どうしたのよ姫!」


この想いを一人では抱えきれず持て余しそうになった時、ちょうどよく現れた親友に私は助けを求めることにした。







「迷い犬がきっかけで知り合った近所のお兄さんに恋をした、と……。あんた結構やるわね〜」


昼休みになり、私はアキちゃんを連れて屋上にやってきて、そこで全てを打ち明けていた。


「うぅ……私どうしたらいいかな」
「どうするも何も、その人の名前すら知らないんでしょ?知り合ってどれくらい経つのよ」
「えーと……1ヶ月ぐらいかな」
「なんでそんなに美味しい状況を今まであたしに黙ってた」
「美味しい状況って……」


相談する相手を間違えたかもしれない、と一瞬思ってしまったが、彼女以上に信頼できる友人は他にいないので、そこは軽く流すことにした。


「最初は普通にお兄ちゃんみたいに思ってたんだよ。フラフ……その犬もお兄さんにすごくなついていたから、悪い人には思えなくて」
「でも名前教えてくれないって……言っちゃ悪いけど、ちょっと怪しくない?」
「う……」


誰かに指摘されて初めて気づいたけど、確かに怪しく思っても仕方がないと状況だと思う。私も最初は多少の不信感は感じていたけど、お兄さんと接していくうちにだんだんお兄さんの人柄がわかってきて、名前が言えないのも何かの事情があるからなんだって思うようになった。


「…………お兄さんは、悪い人なんかじゃない、絶対に」
「……まぁ、あたしはそのお兄さんに会ったことないから何も言えないけど、あんたがそういうならあたしは信じるよ」
「アキちゃん……」


やっぱり彼女に打ち明けてよかった。アキちゃんはどんなときでも私の味方になってくれる一番の親友だった。持つべきはよき親友だと改めて実感する。少しだけ気持ちが楽になり、私は笑顔を浮かべる。


「ありがとう、話を聞いてくれて」
「いいわよ、これぐらい!何かあったらすぐあたしに話してね!」
「うん!頼りにしてるよ!」
「泣かされようものなら、あたしが蹴り潰してあげるから!」
「う、うん……ありがと…?」


何を、とは恐ろしくてとても聞けない。そんな逞しすぎるところも、彼女の魅力の一つ……だと信じたい。




[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ