泡沫の長夢

□お兄さんと私 5
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「適当に座っててくださいね。すぐに作りますから」
「あぁ、悪いな」


家に着くなりお兄さんをリビングに案内して、私はキッチンへと向かう。エプロンを着けて、買い物袋から使う分だけ取り出し、残りを冷蔵庫にしまう。あと、お兄さんに買ってもらったアイスも忘れずに冷凍庫にしまって。
何か飲み物出した方がいいかな。お兄さんの方を見ると、少し居心地悪そうに食卓の椅子に座っていた。そしてあることに気づいた。


「お兄さん、帽子取らないんですか?」


お兄さんは部屋の中だというのに帽子を被ったままだった。そのことを不思議に思い率直に尋ねてみると、お兄さんは珍しく慌ててるように見えた。


「あ、あぁ……その、ないと落ち着かなくてな」
「…………もしかしてお兄さん、ハゲてるんじゃ…」
「ハゲてねぇよ!!それじゃ仕事にならなくなるだろうが!」
「え?そうなんですか?」
「あっ…いや、と、とにかく、帽子がないと落ち着かないんだ!」
「はぁ……」


どんな仕事をしているのか気になったけど、夕飯の支度をするためにその話題は一旦中断することにした。……だけど、


「お兄さんがハゲてたらどうしよう……」
「だから、ハゲてねぇって!!」


どうでもいい心配事がしばらく頭から離れなくなってしまった。










「よし、できた!」
「おお、すげぇな……」


焼き上がったムニエルをサラダと一緒にお皿に乗せて、今日の夕飯が出来上がった。ちょうどご飯も炊きあがり、タイミングもバッチリだ。お母さん達の分はラップをかけておいて、私とお兄さんの分を食卓に並べる。


「お兄さん、ご飯どれくらい食べます?」
「あぁ、普通盛りで」
「これぐらいですか?」
「あー……もう少しもらえるか?」


お茶碗に少し山になるくらいに盛ったのだが、これでは足りないようだ。普段どれくらい食べてるんだろう。お兄さんの普通がわからない。念のためとご飯を多めに炊いといてよかった。


「はい、どうぞ」
「ありがとな。いただきます」
「はい、召し上がれ」


お兄さんは早速ムニエルに手をつける。一口サイズに切り分けて口へと運び、咀嚼する。私はそれをじっと見つめながら、お兄さんの反応を待っていた。ちゃんと味見はしたから大丈夫だとは思うけど、口にあうだろうか。


「……うまい」


お兄さんが少しだけ驚き、顔を綻ばせてそう小さく呟いた。


「わ!ほ、本当ですか?」
「あぁ、うまいよ」
「よかったぁ……!」


家族以外に料理を作るのは初めてだったから、自分で思っていた以上に緊張していたらしく、一気に体の力が抜けた。
お兄さんがどんどん食べ進めていくのを見て、私も食べ始める。下味はしっかりついてて、オリーブオイルの風味もちょうどいい具合にきいている。今日もなかなかの上出来である。


「お前、いつもこんなの作ってるのか?」
「レパートリーはまだそんなにはないですけど、だいたいのものは作れますよ」
「まじか……すげぇな、姫」
「ふふ、もう料理できそうにないなんて言わせませんからね」
「あぁ、恐れ入ったよ」


お兄さんはそう言いながらニカッと笑い、私もそれにつられて笑う。こんなに楽しい夕飯はいつぶりだろう。二人で他愛ない会話を弾ませながら和やかな時間を過ごす。食事を終えた後は、お兄さんが片付けも手伝ってくれた。……お兄さんがお皿を割りそうになったのは、ご愛敬。

そして時計の針は、いつの間にか夜の9時を指していた。


「わ、もうこんな時間……」
「結構長居しちまったな……悪いな」
「いいえ、楽しかったですよ」


だからこそ、あっという間に時間が過ぎ去ってしまっていたことが、とても寂しく思う。……もっと、お兄さんといたい。私は無意識にそう思っていたが、これ以上お兄さんを引き止めることなどできるはずもなく、それに早ければもうすぐ親も帰ってくる時間だった。


「……そんな顔すんなよ」


玄関まで見送りにきた私の顔を見て、お兄さんが苦笑しながら私の頭を撫でる。一人の時間は慣れているはずなのに、お兄さんが帰ってしまうことがこのうえなく寂しく感じた。


「まったく……まだまだ子どもだな」
「……どうせ子どもだもん」
「やれやれ…困ったお子さまだ」


そんな意地悪なことを言いながらも、私の頭を撫でる手はとても優しくて、なんだか胸がきゅっと締めつけられて落ち着かない。視線をあげると、優しく微笑むお兄さんと目があう。ドキリ、と音が鳴った。


「じゃあ、俺はもう帰るからな」
「は、はい……」
「また明日な」


ポンポンと最後に私の頭に優しく手を乗せて、お兄さんは帰っていった。私はその場に立ち尽くしたまま、そっとお兄さんが触れていた部分に手を添える。


(なんだろ……)


なんだか、顔が熱い。心臓の音がいつもより早くて、うるさく響く。お兄さんのあの微笑みが、頭に焼きついて離れない。私はしばらくその場から動くことができなかった。




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