泡沫の長夢

□お兄さんと私 4
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お兄さんと出会ってから、1ヶ月が経った。この1ヶ月間、お兄さんとは毎日会っているわけではなかった。最初の数日間は連続でやってきてたけど、そのあとは飛び飛びで来たり、3日くらいの間があったりとほぼ不定期だった。どうやら仕事の関係で来れる日と来れない日があるらしい。

今日もまた私はフラフとたっぷり遊んでから家に帰ってきた。お兄さんとは今日は会ってない。ここ一週間ずっと会っていなかった。今は仕事が忙しいのかもしれない。


「あ……なんにもないや」


夕飯の支度をしようと冷蔵庫を開けたら、食材がほとんど入っていなかった。そういえば朝、お母さんが朝食作ってた時にそんなことを言っていたような気がする……。
とりあえず買い物に行かなくてはならなくなり、私は財布とエコバッグを持って再び家を出て近くのスーパーへと向かった。







「今日は何食べようかなー……」


商品をいろいろ見て回りながら今日のメニューを考える。タイムセールをやってたらそれにしようと思っていたのだけど、生憎とセールはもう終わってしまっていた。ちょっと遅かったみたい……。


「……あれ?姫か?」
「へ?」


魚のコーナーに来たところで、私は眼鏡をかけた知らない男性に名前を呼ばれた。突然のことに、私は驚いて固まる。この人はどうして私の名前を知っているのだろう。


「……ど、どちらさまです……??」
「おい……一週間会わなかったからって、さすがに酷くねぇか?」
「へ……?あ……ああっ!お兄さん!?」
「ばか!声が大きい!」
「あ、ご、ごめんなさい!」


よくよく見ると、その人はいつものお兄さんだった。眼鏡をかけていたからいつもと印象が違ってすぐには気づかなかったけど、見覚えのある帽子を被っていた。


「お兄さん、眼鏡かけてたんだ……」
「あぁ……まぁ、外に出る時はな」
「ぜんぜん気づきませんでした」
「みたいだな。さすがにショック受けたぞ」
「う……ごめんなさい」
「……くくっ、冗談だ」


ポンポンとお兄さんがいつものように私の頭を撫でてくれた。久しぶりの感覚になんだか照れくさくなってくる。


「それにしても、こんな時間に買い物か?」
「はい。冷蔵庫空っぽだったんで、夕飯の材料を買いに」
「……ん?お前が作ってるのか?」
「そうですよ。両親は共働きなんで」
「……ちゃんと食べれるのか?」
「なっ、失礼ですよー!私ちゃんと料理できますー!」


お母さんに比べたら、まだまだぜんぜん及ばないけど、人並みのものは作れている……はずだ。私がお兄さんに向かって猛抗議するも、お兄さんは肩を震わせながら笑いを堪えていた。酷い。じーっとお兄さんを睨むと、お兄さんは笑いを噛み締めながら私に謝ってきた。


「悪い、悪い。まさかお前が料理できるとは思ってなかったから」
「……お兄さん、ひどい」
「わ、悪かったって!ほら、なんか買ってやるから!」
「……ハーゲ○ダッツ」
「ちゃっかりしてるな……」


物で私の機嫌を直そうとするお兄さんに乗ってやるものかと思ったけれど、普段滅多に食べれない高級アイスをここぞとばかりにリクエストさせてもらった。思わぬところでデザートをゲットできて、私の機嫌は急上昇。我ながら実に単純である。


「そういえば、お兄さんも買い物ですか?」
「あぁ、夕飯を買いにな」
「料理できるんですか?」
「うっ……できねぇよ」
「私でさえできるのに?」
「……いや、本当に俺が悪かった」


お兄さんと同じことを尋ね返してみると、見事にお兄さんは撃沈した。私の勝ちだ。ちょっとした優越感に浸っていると額を軽く小突かれた。けど、ご機嫌な今の私にはそんなのは些細なことだった。


「……で、お前は今日何作るんだよ」
「んー……ムニエルにしようかなーって考えてます。鮭が美味しそうなので」
「あぁ、鮭のムニエルか……、いいな」
「お兄さんは?……てか、料理できないなら普段どうしてるんですか?」
「大体外食か弁当だな。一人暮らしだし」
「……」


なんとなく予想はしてたけど、すごく健康に悪そうな食生活だった。なんだかお兄さんが不憫に思えてくる。


「……私の家、来ます?夕飯作りますよ」
「いや、悪いからいいよ」
「一人分増えてもぜんぜん手間じゃありませんよ。それに……一人で食べても味気ないですし……」


両親が夜遅いのはいつものことだし、一人での食事もずいぶん慣れたものだ。だけど……一人で食べる食事は、やっぱり寂しかった。
ポン、と頭に手をのせられ、そっと見上げる。優しく、少しだけ苦笑したように微笑むお兄さんと目があった。


「なら……お前んとこにお邪魔させてもらうかな」
「……!」
「ただし、ちゃんと食えるもの作ってくれよ?」
「だ、だから失礼ですよー!お兄さんのばかー!」


お兄さんの意地悪な言葉に怒ってみせるも、私は嬉しくて嬉しくて仕方なかった。早く買い物を終わらせて家に帰ろう。今日は腕によりをかけて作らなくては。誰も待っていない家に帰るのがこんなに楽しみなのは、初めてのことだった。




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