泡沫の長夢

□お兄さんと私 3
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「姫ーーーーー!!!みてみてー!買っちゃったー!!!」
「アキちゃん、朝から元気だねぇ」


教室に着くなりタックルよろしく抱きついてきたのは、親友のアキちゃん。昔からミーハーな子で、今はモデルにハマっていた。そんなアキちゃんは今日発売されたばかりの雑誌をバッと私に突き出して見せてくれた。表紙を飾るのは、燃えるような赤い髪に澄んだ青紫の瞳が印象的な男性だった。


「いやーもう!アヴィ様かっこいいわー!今回も表紙よ表紙!!あたし的にはユリウス様が一番なんだけど、アヴィ様もやっぱいいわー!!」
「へぇー……って、誰だっけ?」
「ア・ン・タ・はもう〜〜!!少しは芸能人に興味持ちなさいよ!!」
「あははー……」


対する私は芸能人にまったくもって興味がなく、時々アキちゃんが雑誌とかいろいろ見せてくれるけど、かっこいいなーと思うだけで彼女ほどのめり込むようなことはなかった。そのことにアキちゃんにとやかく言われるけど、私はいつものごとく右から左へと聞き流してやり過ごしていた。










「……ということが、今日あったんですよ」
「………………そうか」


いつものようにフラフと戯れる時間。お兄さんと出会ってからは3人で過ごすようになった。そこで私は今日学校であった出来事を思い出し、何気なくお兄さんに話していた。


「確かにモデルさんはかっこいいなーとは思うんですけど、なんていうか現実感がないっていうか、雑誌の中の世界の人みたいな感覚があって……」
「……お前、よく鈍いって言われるだろ」
「え?どうしてわかったんですか!?」
「見てればわかる」


はぁ、とお兄さんに溜め息をつかれた。何故だろう、ものすごく呆れられている気がする。そんなに私は鈍そうに見えるのだろうか。フラフに尋ねてみても、フラフは首を傾げて尻尾を振るだけだった。


「お前って本当に芸能人に興味ないんだな。お前ぐらいの年頃だとキャーキャー騒ぐもんだろ」
「うーん……アキちゃんは確かにそうですけど……私はそこまで思えないんですよね」
「なんでだ?」
「かっこいいとは思いますけど、さっきも言ったように現実感がないっていうか……」


ふ、とお兄さんと目が合う。そういえばお兄さんの瞳も、綺麗な青紫色だった。雑誌のモデルさんよりも、ずっと透明のように思えてなんだか惹き込まれそうに感じて……、


「……遠い世界の人より、私はお兄さんの方がいいです」
「……は?」
「知らないモデルさんよりも、お兄さんの方がずっとかっこいいです」
「……な、何言ってんだよ、お前は…」


お兄さんは顔をほんのりと赤らめて、それを手で隠すようにして私から反らす。そこで私はまるで告白紛いなことを言っていたことに気づいた。


「あ、え、えと!その、ふ、深い意味はないですよ!い、一緒にいて楽しいっていいますか、し、知らない人といたって、つまらないじゃないですか!」
「……いや、それを言うなら俺もほとんど知らない人だろう」
「お兄さんはお兄さんです!知らない人じゃありません!」
「姫……俺は時々、お前が物凄く心配になるよ」


テンパる私を宥めるように、お兄さんはポンポンと私の頭を撫でる。……なんていうか、私はお兄さんによく子供扱いをされている気がする。お兄さんからしたら私は子供なのかもしれないけれど……


「そういえば、お兄さんっていくつなんですか?」
「俺?今年で23だが」
「じゃあ6歳差か……」
「ってことは、高2か……。学校楽しめよ。俺はあんまり行けなかったから」
「え……そうだったんですか?」


意外な言葉に思わず尋ねると、お兄さんは一瞬だけハッとしたように表情を変えた。


「……お兄さん…?」
「……いや、まぁ……いろいろあってな。俺が選んだ道だから後悔はしてねぇよ」
「…………」


私は、お兄さんのことを何も知らない。そのことをあまり気にも止めていなかったけど、時々私には分からないことを言われるとどうしても気になってしまう。けれど、あまり深くは聞くことができなかった。お兄さんがそれを望まないだろうし、知ったことによって今のこの楽しい時間がなくなってしまうことを何よりも恐れたからだ。


「そう……ですか」


だから私は、心に浮かんだ疑問にそっと蓋をして閉ざした。お兄さんのことを知りたい気持ちもあるけれど、今はまだこの関係を続けていきたいから……。




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